あと2回(【31】で最終回☆)で終わる予定なので、もう本編に関してはあとがきに書くことしかないもので……ここの前文に何も書くことがなかったりします(^^;)
なので、SF的な作品は収録されてないようには思うものの(『キャベツ畑の遺産相続人』はちょっとだけSF風かな?)、『この娘うります!』を読んだので、そのことについて少し、なんて思いました
ええとですね、6編収録されている漫画のうち、自分的な一番の収穫が実は、最後の『ミーア』という作品の最後のページの1コマに>>「KYORYOKU TAKEMIYA KEIKO」といったようにあったことでしょうかたぶん、収録された物語群としては「萩尾望都の主力漫画作品には属さない」系のものとして分類されるとおっしゃる方もおられるかもしれません。まあ、でも一度萩尾信者になってしまうと、あんましそーゆーことって関係なくなっちゃうとはいえ……それはさておき、『ミーア』。
主人公の女の子トレミィ・トレポットはサマーキャンプへ友達と出かけてゆきますが、名前がトレミィという男の子の名前なもので、間違って男子キャンプのほうへ振り分けられてしまいます。
まあ、今では少女漫画の定番のひとつ(?)として珍しくもなんともない設定かもしれませんが、萩尾先生の偉大なところは、大体遡っていくとそうしたことはすでに萩尾先生が先に描いておられる……系の作品がとても多いことではないでしょうか(言わずもがな☆)
それはさておき、男子ばかりの合宿所で都合上、トレミィは女の子であることを隠してどうにか「オリャア男だぞっ!」といった振りをして通すことになるわけですが――これも定番ながら、同室になった男の子、ロバートのことが好きになってしまい……という、そんなドタバタ☆ラブコメディ
んで、最後のコマに「(19)72,7,27」とあることから……この頃はまだ竹宮先生との関係というのは良好だったということなのでしょうか。というのも、『竹宮惠子SF短篇集1―告白―』の巻末にある永井豪先生の解説によると――竹宮先生は同人誌の自己紹介文に>>「趣味は漫画、海外文通、エスペラント語、日本舞踊少々」と書いておられて、「一体どんな女子高校生なんだろう~ッ!?」と(永井豪先生は)話していた……ということなんですよね。
それで、普通「協力」というと、ベタ塗りを手伝ってくれたとか、トーン貼りを手伝ってくれた……ということを想像してしまうのですが、話の中にトレミィがエスペラント語を訳すエピソードがあって、自分的に「KYORYOKU」というのはたぶん、この部分のことなのかな……なんて思ったりしたわけです。
たとえばネームを切ってる時に、お互いさらさら原稿にペンを走らせつつ、何かの拍子に竹宮先生がエスペラント語について教えてくれて、萩尾先生がそのことに興味を持ち、それで漫画の中に自然とそのエピソードが紛れこむことになったとか(エスペラント語というのは、英語とは別の国際共通語のことだったと思います)
まあ、こうしたこともすべてわたしの妄想ですが、ただ、『11月のギムナジウム』の描かれているのがこの前年のことなので(発表が別冊少女コミックの1971年11月号)、翌年のこの頃くらいというのはすでに……竹宮先生の嫉妬の苦しみがすでにはじまっていたのではないかと想像されるんですよね(ちなみに、例のヨーロッパ旅行が1972年9月)。
また、『3月ウサギが集団で』は、主人公の女の子の名前が「のんの」だったりして、この少女の人物造形はなんとなく、竹宮先生の『ガラスの迷路』における増山さんがモデルの少女を思わせるところがあったり(増山さんの愛称は「のんたん」だった)。
『キャベツ畑の遺産相続人』のポージィおばさんのモデルがたぶん佐藤史生先生ということなのかな……と思うのですが、キャベツ畑自体大泉サロンのそばにあった畑だったことを思うと――なかなか複雑なものがあるように思わなくもありません。。。
やっぱり、この作品描いていた頃は大泉にてあーだったとかこーだったとか、萩尾先生も記憶を遡って思いだそうとすれば色々なエピソードが思いだされるものの、大泉解散後にあった盗作疑惑に関する件によって、この良き時代について全肯定するわけにもいかず、記憶を凍結させることになった……ということですよね、たぶん。
その~、自分的に、萩尾先生的にショックだったのがたぶん、「漫画という大好きなジャンルに関わる事柄については、誰も傷つけないし、自分も傷つくことはない」という幻想のバリヤーが割と早い段階で壊されたということではないかと思っていて。漫画に関してご両親から厳しく止められたこと+その他故郷には置いていきたいことなんかがあったりもして、そこで一念発起して東京へ行く……とかって、基本的に二十歳前後&大学卒業後の若人には今も珍しいことではないような気がします(何か夢があって都会へ出ていくということ自体はよくあるという意味で)。でも、東京へ出てきて同じ漫画好きの仲間たちと楽しい交流がある一方、『ポーの一族』という大ヒット作が出るまでは、萩尾先生にとっても「漫画で食べていけるかどうかわからない」という不安定な状態が続き……例の竹宮先生から盗作疑惑をかけられた件というのは、故郷に置いてきたはずの<何か>にもう一度捕まるのにも似た、本当に名状しがたい心の傷となることだったのではないか……そんなふうにも想像します(「だからおまえは漫画を描いてはいけないんだよ」という無意識内に幾重にも刷り込まれたものが体の症状として現れたのかもしれません)
なんにしても、大泉で暮らした後半の1年間はあまり話をしないような関係性になっていたらしいのに、お互い締切を抱えていて忙しかった&竹宮先生は歩いて30秒の増山さんのお宅へ入り浸っていたということで……萩尾先生は竹宮先生の複雑な心理に気づくことはなかったわけですよね。
わたしも、『扉はひらく、いくたびも~時代の証言者~』にある、大泉サロンの見取り図みたいのを見て、「こんなに狭い場所で暮らしていて、気づかないなんてあるだろうか?」と初めて思いましたが、萩尾先生がご自身で「鈍い」とおっしゃっておられること以上に――その後、萩尾先生がお仕事されてる姿をテレビで見たりして、気づいことがありました。
どういうことかというと、萩尾先生の原稿に向かっている時の集中力って……周りの何も見えてないくらい集中してるというか、ある種の異空間バリヤーを張ってるようなところがあって、ずっと漫画の締切に追われていたり、あるいは次の作品の構想を練るのにずっと全集中していたら、確かに萩尾先生の場合は気づかないかもしれない――ということに、初めて気づいたのでした(^^;)
他に、竹宮先生のほうは竹宮先生のほうで、ヒット作を出せないことに対する焦りであるとか、そうしたことは周囲に見せないように隠していたんだろうな……と、そう思ったりするわけです
その~、わたしは萩尾信者なんですけど、このあたりの竹宮先生の苦しい心理っていうのはすごくわかるような気がしていて。何がどうあっても漫画を仕事にし続けたい必死さから、萩尾先生はとにかくひたすら漫画のことだけを第一に考え、あれだけたくさん人の出入りがあったらしいのに、両親から反対されているという背水の陣ということもあって……もともとのご性格ということもあるでしょうけれども、自分と誰かを比較するなど論外で、むしろ竹宮先生のことを羨ましく思っている部分さえあったのではないでしょうか。編集部に期待され、黙っていてもとにかく仕事の依頼がくるという意味合いにおいて。
けれど、竹宮先生にしてみれば、萩尾先生と折半しているとはいえ、大泉の家主にも似た大泉サロンにおける責任者でもあり、その自分よりも萩尾先生を訪ねてくるファンの方のほうが多かったりとか、何か色々焦りますよね。しかも、そうしたことを誰かに話すことも出来ないし、せいぜいのところを言ってどうにか平気なふりでもする以外にない――とか、ここに『11月のギムナジウム』ショックといったことも加えた場合、萩尾先生と出来るだけ穏便に別れたいとすれば、大泉は解散するしかなかった……のではないかと、一読者的には想像します
いえ、竹宮先生のこの頃の心中というのは、相当に苦しくてしんどいものだと思う、というか。しかも、萩尾先生と住まいを別にしたとはいえ、割と近くに住んでいて、他の大泉の仲間たちも訪ねてくるといった状況。そして『小鳥の巣』ショックがあったことで、完全に別離するに至った……わたしは萩尾信者なんですけど、萩尾先生と似た感じの天然系の方と一緒にいて、理性派のテキパキさんが損をする――という図式についてはすごくわかる気がするんですよね(あ、萩尾先生がなんらかの形で悪かったとか言ってるわけではありません)。
なんというか、周囲の人に色々気を配って采配して成功もするし、周囲から評価も受けるんだけれども、結局一番美味しいところは何故か天然星人が持っていってしまうという……こうした星まわりにある人というのはいるし、こうした方同士っていうのは、同じ職場にいてうまくいくとか、あんまり見かけない気がします(大体、仲のいいグループをお互い作って、相手のいない時に悪口を言うとか、そんなのが普通です)。
なので、萩尾先生と竹宮先生が大御所級の漫画家先生だったから、『一度きりの大泉の話』と『少年の名はジルベール』は色々な方に与える影響が大きかったのと同時に――「形を少し変えれば、似たようなことは一般社会でいくらもある」という部分ですよね。そうしたところでわたしも@ぐるぐる色々考えることになったのかなという気がします。。。
それではまた~!!
惑星パルミラ。-【29】-
ゼンディラが一言「ベッド」と言っただけで、第一研究所のAI<フェリシティ>は、ベッドを即座に組み立て、寝具類も三十秒ほどでセットされていたものである。
「どうもありがとう」
『いいえ、どういたしまして。ゼンディラさま』
ゼンディラは頭を枕に着けたあとも――自身の中でこれまでに蓄えた神学論といったものを戦わせ、頭の中で発展させ続けた。そして最終的にやはり、『神は善であり、愛である』という極めて単純な真理を信じることが出来たことで……ティファナに感謝しながら静かな眠りへ落ちていったのである。
部屋の室内は闇の微妙な濃淡まで調節することが出来たため、ゼンディラは真っ暗闇というよりは、薄暗がりといった程度の中で就寝していたわけだが――それでも、眠ってから五時間ほどして目が覚めた時、一瞬自分がどこにいるのかわからなかったものである。
もし彼が「フェリシティ、明かりを……」と一言いいさえすれば、室内にはおそらく、眩しいばかりの光が降り注いだことだろう。けれど、ゼンディラは半ば寝ぼけていたせいもあり、(ここは、一体どこだ……?)などと思っていたわけである。それでいて、今自分がいる暗闇は、どこか親しみを覚えるところのある闇でもあった。
(この闇は……アストラシェス僧院の、<祈りと瞑想の間>の暗闇ではないか?では、わたしはもしや、祈っているうちに眠ってしまったのだろうか……?)
こうしてはいられないと思い、ゼンディラが上体を起こした時のことだった。暗闇の彼方からザザァッ……!!と海の漣の音、あるいは野原や樹木を風が揺らすのにも似た音がゼンディラの耳朶を打ったのである。
(そうだ。わたしは一体何を……ここは……わたしは故郷のメトシェラを出て、遠く旅をし、わたしが今いるのは、惑星パルミラではないか……!!)
ゼンディラが額に手を置きつつ、そんな当たり前のことを思い出すのを待っていたかのように、つんつん、と彼の肩を叩く者の手があった。そして、ゼンディラは次の瞬間、ギョッとするあまり、一気に意識が冴え渡っていったのである。
「あ……あの、あ、あなたは……!!」
暗い闇の中だというのに、満月の夜、大体のところものの輪郭くらいははっきりわかるように――ゼンディラにはそのビッグリスの姿が細かいところまで見えていた。そのふわふわとして、それでいて触れたらきっと硬質な手触りなのだろう白と黒と茶の毛並み……そして、<彼>(もしかしたら雌かもしれなかったが)の後ろで少し恥かしそうにしているジャンボうさぎの姿は、毛並みが白いせいでもっとはっきり見えた。
<彼女>(もしかしたら雄かもしれなかったが)は、片耳に黄色い花輪をかけていた。それは、ゼンディラが第四研究所にて、花畑で編んだものをかけてあげたものだった。けれど、あれから随分時間が経っていることを思いだし(軽く一週間は経過していたろう)、何故今も枯れていないのか、ゼンディラは少し不思議だったものである(さらに言うなら、第四研究所にいたジャンボうさぎが何故遠く離れた第一研究所にいるのかという謎もあったろう)。
「君は、もしかして第四研究所の中庭に遊びに来ていた……?」
うさぎはこくこく頷くと、再びビッグリスの後ろに恥かしそうに隠れてしまった。その後、ビッグリスのほうでは口を開いたかと思うと――口の奥(パルミラのリスは冬に食糧を蓄える必要がないため、頬袋はあまり発達していない)からいくつものひまわりの種を飛び出させていた。正確にはそれは、ベッドの上に吐き出されたため、ゼンディラは(やれやれ。まいったな……)と思った。確かに彼は第四研究所にいた頃、リスたちにもくるみやひまわりの種、とうもろこしなどをあげていたという記憶がある。
「お返しをしに来てくれたのかい?それは嬉しいけれど……」
(ここに何か、彼らの食べられそうなものがあったろうか?)
ゼンディラがそう思い、立ち上がりかけた時のことだった。ビッグリスが『こっちへ来い』というように、器用そうな黒い五本指で自分の背後の闇を指し示す。ジャンボうさぎはリスより先に進んではいたが、それでもゼンディラがついて来ているかどうか心配そうに、後ろを振り返ってこちらをじっと見ていた。
そして次の瞬間、ゼンディラはギクリとした。何故といって、ゼンディラは今はもうすっかり意識のほうが目覚めており、そもそも自分がいた部屋がそんなに広くないということは――いかに薄闇の中とはいえ、はっきりわかっていたからである。
(そもそも、彼らは一体どこから入ってきたんだ……?それに、ここは標高の高い山の中腹のはずだ。それに入って来れたとしても、研究所の警備員たちが通すようにはとても……)
だがこののち、ビッグリスとジャンボうさぎのあとについていって、ゼンディラにはその謎が解けた。何故といって、リスとうさぎのあとについて行ってみると、そこはあっという間に地上階だったからである。本星エフェメラの時間軸に照らし合わせてみれば、今は真夜中のはずだった。だが、当然パルミラはいつでも昼間のような明るさである。ゼンディラは陽の光に眼が慣れるのに少しばかり時間がかかったが、それでも片手を額のところで庇のようにしながら、窓から差す太陽光のせいでより現実感覚がしっかりしてくるのを感じた。
だが、やはり人ほどにも大きいリスの姿も白いうさぎの姿も視界から消えてなくなるということはなく、ふたりは窓辺で日向ぼっこでもするように、鼻をひくひくさせながらゼンディラが追いつくのを待っていたのである。
と、この時――電子ロックのかかった扉の向こうから、研究員がひとり出てきた。だが、彼は馬鹿でかいリスやうさぎの姿がまるで見えていないかのように、普通に二匹の獣の横を通りすぎていく。とはいえ、ゼンディラの姿は見えていたようで、その若い男の研究員は(一体誰だろう?)といったように首を傾げながらも、ゼンディラに軽く礼をしてみせていた。
また、何故ここでうさぎとリスが自分を待っていたのかもゼンディラにはすぐわかった。うさぎは相変わらず恥かしそうにするばかりだったが、リスのほうでは生体認証システムのほうをしきりと指差している。
(ああ、そうだった。わたしも、一階の比較的オープンな施設のあたりでは大体顔パスできるようにと、入所時に顔や眼の虹彩などを登録させられたんだっけ……)
その後、大体同タイプの扉をふたつ、ゼンディラとリスとうさぎは通過し、その際何人かの研究職員とすれ違ったものの、やはり彼らもリスとうさぎの姿がまったく見えてないかのような態度だったものである。
(もしかして、彼らは第一研究所で飼われている実験動物か何かなのだろうか……?)
だが、迷路のような第一研究所の目立たぬ裏口から出ると、ビッグリスもジャンボうさぎも「こんな場所にもう用はない」とばかり、一目散に駆け出していったのには、ゼンディラも驚いた。(もしかして自分は、実験動物とされるのが嫌になった彼らに利用されただけなのだろうか?)と、そのような疑問を一瞬持ってしまったほどだ。
ビッグリスとジャンボうさぎは、第一研究所の裏手に広がる小さな森にずかずか入りこんでいくと――そこで、ゼンディラが追いつくのを再び待つことにしたようである。ゼンディラが、思った以上に足の速い彼らに苦労して追いつく間……彼ら二匹は輝く緑の葉っぱをもぐもぐしたり、あるいは樹の根元で瘤のように地面から盛り上がるアメジストのような鉱物をキャンディよろしくなめたりしていた。
「ハァッ、ハァッ……!」と息さえ切らし、ゼンディラが額の汗を拭っているのも構わず、うさぎとリスはゼンディラが追いつくと、またしてもずかずか森の奥へ進んでいこうとする。だが、彼らは先ほどよりも遥かに速度を落としていたため、ゼンディラも息を整えつつ大股で歩く程度で十分、この二匹に追いつくことが出来ていた。
(「これからどこへ行くのですか……?」なんて聞いても、きっと答えてはもらえないでしょうしね。ただ、黙ってついていくしか……)
ゼンディラはその後、かなり険しい山道をリスとうさぎに導かれて進んでいったが、実はゼンディラは知らない。この二匹は裏のルートとして、これでもまだ近道をしているほうだったのである。通常、第一研究所に所属する人々は、宇宙船<ピルグリム号>の時代から長く伝わるただひとつのルートを、二時間半ほどもかけて苦労しながら危険な岩肌を登っていくことになる。この点、ESP能力者の子供たちは、テレポーテーションしたり、あるいは瞬間移動能力のない子のことは一緒にテレポートさせて難所を乗り越えるわけだが、それ以外の人々は能力者が同伴していない場合、命綱をつけるのみならず、前もって山登りの訓練を十分積んでのちに――例の聖なる祠へと苦心惨憺登攀していかねばならないのだった。
だが、リスとうさぎはゼンディラのことを特別な近道できるルートによって導いていたのである。ほとんど人が通ったことがないゆえに、鬱蒼と生い茂る草木の間を二匹の獣はなんのためらいもなくかき分けていったが、ゼンディラはその間も周囲の美しい自然に目を奪われそうになっていたものだ。棘のない金色の薔薇や銀色の薔薇や青銅色の薔薇……それに、ここパルミラの研究員たちが海色の薔薇と呼ぶ、特別に美しい青色の薔薇などが、そこら中に雑草のようにいくらでも生えている。けれど、ゼンディラはきらめく瑠璃色の羽の蝶が通りすぎたり、輝く青色の蜂が唸るでもなくゆきすぎても――そちらに意識を奪われないようよくよく注意していた。何故なら、足を止めずにうさぎとリスの真後ろについていくのが、丈の高い草花を自分でかき分けずに済む、唯一の方法のように思われたからである。
どことなく野性味あふれる土や草の匂いは、ゼンディラの魂の奥深くを癒してさえくれたが、それでいてやはり、人間の手が一切入っていない自然というものは、やはり彼の手には負えないところがあったに違いない。というのも、その緑の小さな森の、道なき道をようやく出て、開けた場所へ出てみると――ゼンディラの衣服には様々な宝石虫がいっぱいくっついており、彼は何かのブローチのようにさえ見えるそれらの昆虫を、一匹一匹取り除かねばならなかったからである。
この時、驚いたことには、ゼンディラが宝石虫を取りたがっていると察したジャンボうさぎが、彼の手の届かない背中あたりの虫をすべて手で除き去ってくれたことだったろうか。
「あ、ありがとう……」
ゼンディラがそうお礼を言うと、うさぎのほうでは妙にはにかむような仕種をしてみせ、またすぐリスの後ろのほうへ隠れてしまう。
(これで、小さなうさぎ程度の知能しかないだなんて、本当なのだろうか……)
そんな疑問をゼンディラが抱いたのも、ほんの束の間のことだった。というのも、ビッグリスもジャンボうさぎもなんのためらいもなく――切り立った崖の、道とも呼べないような場所を器用に横歩きしていったが、その下は目もくらむような谷底へと通じていたからだ。
ゼンディラはごくりと喉の奥を鳴らしつつ、彼ら二匹のあとに従った。下を見ないようにしながら、ゼンディラがかなり長いこと同じ反復動作を繰り返していると、ザアアッ……!!という、今度は大量の水が流れるような音がずっと向こうから聞こえてくる。
ゼンディラが崖の上、ビッグリスが岩に片足をかけている横に並ぶと、そこは落差が四十メートルばかりもある滝だった。と言っても、水流のほうはそれほどでもなく、細い流れの透明な滝がいくつも――その後ろの藍色の岩塊の鉱物やまばらに生える緑を反射させて、眩しいばかりにキラキラ輝いている。
(やはり、わたしには眼鏡かコンタクトがないと、正視するのはつらいな……)
そうゼンディラは思いもしたが、それでもその光景が圧倒的に美しいものであり、コンタクトさえしていれば、いついつまでも眺めていたいような場所であるとは感じていた。
と、この時――「ズィーヤ、ズィーヤ、ゼンズィーヤ……!!」と囀りながら、地味な鶯色の鳥が滝の前を横切っていった。第四研究所にいた頃、マイケル・クローリーが『君の名前によく似た鳴き方をする鳥がいるよ』と言って、紹介してくれた鳥であった。『もしディーラ、ディーラ、ゼンディーラ!って鳴いてくれたら、完璧君の鳥ってことだったろうけどね』と、そう言って。
ゼンディラはその鳥が惑星パルミラにあって、珍しく輝くばかりの極彩色をまとっておらず、妙に地味な色合いであることが気に入っていたものである。その鳥が、滝をまわってやって来て、ゼンディラの肩の上に止まる。すると、リスがまるでそのことを合図にでもするように、ゼンディラに手振り・身振りによって、ここからのルートを説明しだしたのである。
「ええと、大体、わかることにはわかりますが……」
すると、まるで『もう少しだ、ガンバレ』とでも言うように、ビッグリスがゼンディラの肩を叩き、『人間って不便ね、可哀想に』と慰めるように、ジャンボうさぎが彼の背中をさするように撫でた。
リスとうさぎは実に器用に切り立った崖の岩場を、ある場所は這うようにして、ある場所は大胆にぴょーんと飛び越えるようにして進んでいった。二匹はまるで『これで見本はみせた』というように、滝の裏側へ通じる岩棚へ到着すると、今度はゼンディラに『来い!』といように手振りによってしきりと示している。
「来いと言われましても……」
ゼンディラにしても、滝や岩から放出されるマイナスイオンを感じているせいではなく――額や背中から涼しい汗が流れそうになるのを感じるほどだった。
すると、『がんばって、ゼンディラちゃん……!』とでも言うように、ゼンディラの周囲で鳥が何度も繰り返し舞いはじめる。
「ええと、とりあえずやるしかないようですね……」
ゼンディラは額から流れる汗をぬぐうと、かなり苦労して崖に張りつきながら進んでいったが、かなり距離のある岩と岩の間を飛び越そうとして失敗し――あやうくそのまま崖下まで墜落するところであった。けれど、すぐに都合よく足がかりとなる岩場が真下に出現し、彼はそのまま上まで難なく這い登っていくことが出来た。そうなのである。先ほどまでなかった手でつかむのにちょうどいい岩のコブが次々出現し、ゼンディラは突き出た石を交互に掴む形で、その後は問題なく岩塊の頂上まで達することが出来たわけであった。
怪我のほうは手や足をすり剥く程度で済んだのだが、その後滝の裏側へ通じる岩棚まで到着してみると、ビッグリスやジャンボうさぎがパニックになって落ち込んでいるのには驚いた。彼らがストレスに弱いというのは聞いていたが、もしやこういうことなのだろうかと、ゼンディラにしても初めて理解したほどである。
「ああ、大丈夫ですよ。このくらい、痛いうちにもなんにも入りませんから……」
それでもゼンディラは二匹が非常に落ち込んだオーラを出しているのをはっきりと感じた。まるで、彼に怪我をさせたのは自分たちだとばかり――毛皮に覆われているのでわからないというだけで、人間的に言えば二匹はゼンディラが岩場から落ちた瞬間、顔の皮膚を青くさせていたに違いない。
「い、いいんですよ。あなたたちが悪いわけじゃないんですから、そんなに心臓をドキドキさせなくても……」
そのふかふかの毛に覆われた胸のあたりに顔を埋めたわけではなかったにせよ、二匹の心拍数が上がっている音が聞こえる気さえしたもので、ゼンディラはリスとうさぎがそれぞれ落ち着くよう、その毛並みを暫く撫で続けてあげたほどである。
そして、二匹の心拍数がようやく正常に戻り、落ち着きを取り戻したのを見届けると――鶯色の地味な鳥は去っていった。ゼンディラはこの時にはすぐ気づかなかったが、あの、本来ならばそのまま墜落していたところを、都合よく足場となる岩が出現したり、あるいは手がかりが現れたりしたことと、ゼンズィーヤ鳥の存在は無縁でなかったのだろうということに、あとからはっきり気づくことになる。
滝の流れのちょうど裏側に入ると、そこに少し奥まったような形で洞窟の入口があり、大きな岩によって封がしてあった。とても自然な形でそうなったとは思えず、普通に考えた場合、人間の手が加わっていると考えるべきであったろう。だが、パルミラの自然というのはそもそも、人間がそのように計算して形作ったとしか思えない景観というのがいくつもあるため――ゼンディラはもしそうであったとしても不思議ではないと感じてはいた。
ビッグリスとジャンボうさぎは、岩の封印の前に無造作に転がっている小さな鉱石をいくつも拾い集めると、ちょうど第一研究所の電子ロックでも解除するように、その宝石を岩の封の横にある小さな突起へ順に当てはめ始めた。この時、初めて二匹は競うような様子をして見せ、十二個ある石をそれぞれ、いかにも得意げに岩壁の窪みに嵌めていったものである。
そして、一匹六個ずつ宝石を当てはめると……ゴゴゴゴ!という、地鳴りにも似た音とともに、岩壁が横へずれていった。すると、二匹は今度は自分たちの共同作業を喜び祝うように漆黒の穴の前でぴょんぴょんしたり、あるいは踊るような仕種でくるくる回ってみせたりしたものである。
その後、まるで自分たち本来の仕事を思いだしたとでもいうように、ゼンディラのほうを振り返ってハッ!とすると、ビッグリスとジャンボうさぎはずかずか洞窟の奥へ進んでいった。そして、ゼンディラが彼らのあとについていこうとした時……最初はどす黒いような闇しかなかった空間に、橙色とも黄色ともつかぬ光が次々と燈りはじめた。
「明かり石……」
等間隔で壁にはまっている光を発する石を見て、ゼンディラは思わずそうつぶやいた。第五研究所でも第四研究所でも、ゼンディラはここパルミラにある数え切れぬほどの種類の石を数十種類ほど紹介してもらっていたのだ。
『ほら、これは明かり石という奴さ』
いくつもの石の標本を前に、シャトナー博士はそのオレンジ色の石を手に取ってみせた。
『昼しかないこの惑星では、本当に目立たない石だし、最初はただの地味な石として、石学者たちの興味をあまり惹かなかった石でもあるね。それに似た系統のオレンジっぽい石がいくつもあるから、見分けが難しくもあるし……でも、これを研究所の地下で使う研究員たちはとても多いんだ。ほんのちょっと明かりが欲しいってな時にも役立つし、この惑星の石としては珍しいことに、目にも優しい。あと、これはレッドウォーム石。こすると強い熱量を発する石で、見つかると大抵、第三研究所へ送られることが多い石だね。逆にブルーコールドストーンなんてのもある。ここの研究所でも第四研究所でもよく使われてるものだ。第三研究所のある北欧でしか採掘されないものだが、比較的見つけやすい石でもあるね』
ゼンディラは他にもいくつもの効能のある石を教えてもらっていたが、とても覚えきれるものではなかったし、しかもそれぞれ、この石を好む動物は、鳥は、蛇は、昆虫は……といったように、話のほうは細かく枝分かれしていくわけである。その上、惑星パルミラが発見されて六千年にもなるというのに、今も新種の石は見つかるということであったから、どんな分類狂にも気も狂いそうになるほどの世界だったに違いない。
ゼンディラは明かり石の放つあたたかな光に、頭の芯がぼんやりしそうになったが、二三度頭を振って、今目の前で起きている事態に目を凝らし、しっかり集中しようとした。ここ惑星パルミラでは、例の空気中に瀰漫する多幸成分、あるいはただ何かの石を手にしているだけでも、その石の影響によって――頭の芯のあたりがぼんやりして、何もかもがどうでもいいような気分になってきたり、あるいは周囲の自然の美しさに見とれ、そのひとつひとつと同化したいような気持ちに見舞われてくるのである。特に肉体的・精神的に疲労している時に、その魅力に抗するのが難しくなることがあるため、注意が必要なのであった。
この時、ゼンディラはビッグリスやジャンボうさぎのあとについていくだけで良かったのでよかったが、洞窟の中は相当入り組んでおり、おそらく彼らの案内、あるいは石の導きがなければ、誰しもどこかで迷ってしまったことだろう。しかも、ゼンディラにしても結構な長い距離歩いたことで、かなりのところ疲れてもいたわけだが、洞窟のあちこちに当たり前のようにオパールのような岩石が飛び出ていたり、スターサファイアやスタールビーに似た、驚くほど大きな宝石の塊が、惜しげもなくそこここに点在するのを見て……(ここに人が来たことがない、などということが本当にあるだろうか?)と、彼は疑問に感じはじめていた。
そして、最後――ありえないほど一面が鉱石類に覆われた岩の大きな窪みに遭遇したのである。ゼンディラは一瞬そこを何気なく通りすぎそうになって、次の瞬間ギクリとした。触れれば間違いなく硬質なのだが、見た目はゼリー状にしか見えないラベンダーの鉱物類の中に、人が横たわっているのがはっきりわかったからである。
「こ……これは………」
この時、ゼンディラは不意に、アンドレとセリーナが言っていた言葉を思いだしていた。
『列石されるのが怖くないかって?』
アンドレはこの時、(随分馬鹿なことを聞くなあ、このゼンディラさんも)といったような顔をしていたのが印象的だった。
『アンドレ、ゼンディラはまだ、パルミラの石に直接会ってないのよ。だから、わからなくても無理はないわ』
『あ、そっかあ。まあ、確かにある特定の神さまを信じている人には難しいことでもあるのかな。列石されるっていうのは、自分が信じてる神さまの提供する天国じゃなく、パルミラの石と同化するにも等しいことだもんねえ』
この瞬間、ゼンディラは胸に強い動悸を覚えはじめた。さらに、次の通路のある場所を通りかかった時――リスとうさぎは、もっとずっと先へ進んでいっている――ゼンディラはやはり、そこで足を止めずにはいられなかった。
そこでは、大抵の人々がお腹のあたりで両手を組み合わせた状態で、薄いピンクやブルーや水色、暗紫色など、閉じ込められている鉱石類はそれぞれ違ったものの、まるで人柱のように何体もズラリと並んでいたからである。
(これが、列石されるということなのか……)
ある意味、生きたミイラと言えなくもないこれらの人々は、その全員が目を閉じており、顔の表情のほうは安らかで、幾人かは唇のあたりに微笑みを浮かべているようですらあった。
ゼンディラが微かに震えつつ、これら老若男女の列石された人々から目を離せずにいると、彼の肩をつんつん、とつつくものが背後にいた。ビッグリスは親指を後ろに向けてみせ、『こっちへ来てくれ』といったような仕種をしている。
「す、すみません。何かこう、ついどうしても……目を離せなくなってしまって……」
その後、ゼンディラは自然に出来たものか、それとも人の手の加えられたものなのかもわからない、岩の階段を上ったり下がったりということを何度となく繰り返した。だが、その途中でもやはり、魂の奥底がギクリとするような列石された人々の部屋の前を通りかかっていたのである。
(確かにこれは、山を噴火させないというパルミラの石の約束は本当だということなのだろう。もしこのパルミシア山が噴火でもしようものなら……ここに眠る人々は死んでしまうのではないだろうか。いや、違うのだろうか。その時こそこれらの人々は本当の意味で魂を天に託されるという、そうしたことになるのかどうか……)
ビッグリスやジャンボうさぎについていく間も、ゼンディラは忙しく頭を働かせ続けた。ハリエット・ヴーレは、パルミラの魂があなたを離さないだろうと予言し、ティファナ・レーゼンはそれが何故かという幻視を彼に見せた。そして、故郷の惑星メトシェラを出、その対極にあるような、もっとも文明の進んだ本星エフェメラへやって来た時、そこに住む人々が不死にも近い状態にあると聞いて以降も――ゼンディラの死生観はまったく変わらなかった。彼らと同じように記憶データを保存し、肉体を替えて出来るだけ長く生き続けたいとはまったく思わなかったし、むしろ(人は自然な形で死ぬのが一番だ……)との思いを強めたという、ただそれだけのことでしかなかった。
(だが、あれらの列石された人々は、今どういったことになっているのだろうか?『パルミラの魂が提供する精神世界で幸せに暮らしている』……だが、それが本当なのかどうかは立証できないという話だった。けれど、超能力者の子供たちがああも簡単に石の言うことを受け容れているということは……)
やがて、ビッグリスとジャンボうさぎの消えた角の暗がりから――離れた場所から見ていてさえ、強い光の洩れてくる場所があった。そして、ゼンディラがその内部へ足を踏み入れていってみると、そこにはエメラルド・グリーンに燦然と輝く岩塊が、十メートル以上もある天井いっぱいまでを満たしていたのである。
その緑の岩塊は、ある部分は黄緑、エメラルド・グリーン、暗緑色と、微妙に色合いが違ってはいたが、放つ色は緑ではなく、黄金色の光によって強く輝いていた。ビッグリスとジャンボうさぎはこの驚くべき大きな緑の岩塊の前で、それぞれの好物とする鉱物を与えられ、貪るようにしゃぶっている。その様子はどう見ても知性のない動物のそれとしか思われなかったが、ゼンディラは同時にこう思いだしてもいた。体だけ普通のリスやうさぎより何倍も大きくても、彼らの知能が発達しないのが何故なのかという、マイケル・クローリーの話してくれた仮説について……。
>>続く。