宇宙(そら)は家

宇宙(そら)へ還ろう! 
五井先生は、両手を
広げて待って
いらっしゃいます。
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神にむすぶいのち

2011-05-31 12:53:58 | 祈り
   ──序──  
             五井 昌久

私どものいのちは
神につらなっている
それは
いのちが
神から分けられてきた
ものだからである
人は
神にかえってゆく存在なのだ
神にかえるとき
神にむすばれたいのちであることを
しるとき
私達は
真に自在身となってゆくのである
        平成2年3月4日


祈ってゆくと
私たちのいのちは
神につながっていることが
わかる
頭ではなく
からだでわかるのだ
そのとき
私たちは
心から
すなおになって
今ここに
生きていることを
よろこぶことができる

      平成2年3月6日


役に立つ人間になりたい
役に立つ人間でありたい
というのが
自然な
私たちの
心のながれなのです

誰のためにか
世界人類のために
人類一人びとりの
天命が完うされるために
役に立つ人間になりたいのです
役に立つ人間でありたいのです
そのために
私たちは
消えてゆく姿で
世界平和の祈りを
祈るのです
りきむことも
気負うこともいらない
ただ
世界人類が平和でありますように

唱えるとき
私達は
みんな
光となって
人類一人びとりの
生命(いのち)のなかに
ながれ込んでいるのです
それぞれの
本心の光を
かがやかせてゆくのです

ねていても
歩いていても
食べていても
話していても
いつも
私達は
平和の祈りのなかにあって
この世界を光にするための働きを
しているのであります
それは
私達が
神の大愛からわかれてきた
分生命(わけいのち)であり
分霊(わけみたま)だからです
私たちのなかに
本心があり
神の心が
神の智慧の光が宿っているのであります
世界平和の祈りをとおして
私達は私達の本心へとつながり
人類すべての本心のなかに
とけ込むのであります
そして
私たちが
たしかに
神に愛されていることを
わからせていただくのであります

       平成2年3月6日 夜


いっぽんの
祈りの道
世界平和の祈りの道が
私たちの本心から
ずっと
神へとつづいているのです

そして
神の愛が
私たちの
祈りをたすけて
いるのです
       平成2年3月7日


愛と祈りを心によびおこし・・・

2011-05-30 10:50:13 | 祈り
   〇
サウロは
サウロの闇のなかで
キリストの光を
撲滅しようと
おもっていた
けれど
キリストに
出会って
真実に
イエスが
キリスト(真理)
であることを
知った時
サウロは
自らを
パウロ(いと小さき者)
と名のって
神のいのち
光となって
働いたのだ
神様は
不思議な
ことを
なさる
けれど
人間の眼からみれば
不思議でも
神からみれば
一人のこらず
光を
しらしめたいという
愛の
はかりごとなのだ
だから
どんな時にも
自分を責め
人を責めては
いけないよ
どんな時にも
愛と祈りを
心によびおこし
愛して
愛して
愛し抜いて
ゆこう
それが
人間なのだから
神の愛を受けて
生きる
人間の
真実の
姿なのだから
       昭和62年2月14日 昼

        愛について 稿了

誰一人 責めてはいけないよ

2011-05-29 12:30:29 | 祈り
  〇
器用に
世の中を
渡ろうとする
よりも
不器用でもいいから
懸命に
誠実に
生きている人を
私は
ありがたいと
おもう

  〇
みんな
神様の
いのち
誰一人
責めては
いけないよ
いつどこで
誰が
お世話になるかも知れない
こんな人が
と思っているが
立派になって
神様の
御用に
立つということが
あるのだ

私は明るいんだということを信じて・・・

2011-05-27 12:18:07 | 祈り
人間の
真実の
すがたが
どれ程
愛深くなれるものか
かがやいているものか
ということを
私はいってきたんです
神からきている
人間の真実のすがたを
知らなければ
一番
みじめになるのは
人間自身です

世の中
ちっとも
よくなりゃしない
災難も起こるし
病気にもなる
目に見えるところだけを
追えば
そのとおり
先生
平和になるっていうけど
いつ
世界が平和になるんですかって
ききにくる人もいる
そうじゃないんですよ
あらわれの世界ってのは
おもいの世界なんですよ
想念(業想念)の世界
その世界にとらわれている限り
光はでにくいんです
想念
おもいぐせってものが
全部
悪いわけじゃありませんよ
そのおもいを光でみたしてゆけば
いいんです

じゃあ先生
この貧乏は
病気はって
みんないう
だから
それを預かるって
いってるんですよ
何でもかんでも
苦しいもの
いやなものは
私に下さいっていってるわけなんです

世界人類が平和でありますようにって
やってる内に
自然によくなってく
明るくなってゆくんです
それはこの祈りのなかには
神様が
神霊たちが
神づまりにつまってるから
よくなるんです
生きて働いているから
それでも
人間の情として
呼べない時が
ありまさあね
そういう時は
五井先生でいい
おんなじなんだから

それもいえない時は
私が代わって祈ってる
っていうんです

まず
どんな小さな
ことでもいいから
自分を
明るくしてゆくことです
まっくらになってきているのに
電気をつけない
家なんて
ありませんよね
みんな
明りを
つけるでしょう
それで
はじめて
ほっとしますよね

以前私は
先生八方ふさがりですって
いってきた人に
天があいてるよって
いったけれど
そのとおりなんです
神様がいつも
あいてる
神様
明るくして下さいって
いえば
ぱーっと
光がくるんです
だから
かなしくて
かなしくて
たまらない時には
神様をよんで
平和の祈りをしてれば
想念が
光でいっぱいになって
みんなのなかにある
奥にある
光のエネルギーが
出てきて
守護霊
守護神と
一つになって
神様と
一つになって
人を光にかえてゆくんです

先ず
明るい自分があるんだ
ということ
そして
私は明るいんだ
ということを信じて
そして
祈って祈って
生活して下さい
世界人類が平和でありますように

      昭和62年2月14日 昼