このブログは「中年おじさんの散策」3の継続版です
この企画は 私が引率します sosamu@ya2.so-net.ne.jp
参加したい方はご連絡ください。090-3436-8532 ネットでカルチャー(散策・グルメ) https://blog.goo.ne.jp/sosamu25
東京・霞ヶ関の建物
霞が関(かすみがせき)は、東京都千代田区の地名。旧麹町区に当たる麹町地域内である。現行行政地名は霞が関一丁目から霞が関三丁目。郵便番号は100-0013[2]。日本の行政機関の庁舎が建ち並んでいることで知られる。
中世から東国の名所として広く知られており、1364年(貞治3年)の『新拾遺和歌集』にも「徒らに名をのみとめてあづま路の霞の関も春ぞくれぬる」として詠まれている[4]が、これが現在の千代田区霞が関にあたるかどうかについては異論もあり、具体的には新宿区霞岳町、狭山市下広瀬、多摩市関戸などが候補として挙がっている。
江戸時代には大名屋敷が建ち並ぶ地域であった。江戸城本丸に近いにもかかわらず、上杉家や浅野家などの外様大名の屋敷もある[5]点が丸の内との違いである。明治時代になり、福岡藩屋敷に外務省が置かれたことをきっかけに、井上馨外務大臣を中心として「官庁集中計画」が持ち上がりドイツから建築家を招いて大規模な都市計画が立てられた。しかし大審院と司法省が完成した時点で予算不足のため計画は大幅に縮小された。その後、大手町から内務省と大蔵省が移転するなど、少しずつ中央官庁街の体裁が整っていった。
戦後は米軍の業務、住宅施設が存在していた時期もあった。1967年4月1日に住居表示が実施され[6]、一部が永田町に編入された。1968年に日本初の超高層オフィスビルである霞が関ビルディングが完成している。近年では中央官庁が東京に集中していることの弊害が議論されるようになり、文化庁が京都市に移転することが決定した。
「霞が関」という語は、「日本の中央官界」の代名詞としても使われている。また、中でも最も古くから霞が関にある「外務省」の代名詞として、「官邸外交」に対する「霞が関外交」のように用いられることもある。
カルチャーセンター「建築散策と東京散策」
第4木曜日実施
「新旧の街を比較しながらの建築観察・東京歴史散策⑫」
今回は特徴のある建築散策をしてみましょう 午前中2時間、午後2時間(目安)を散策・食事に当てて、のんびり散策をしてみたいと思います。昼食(ランチ)は可能な限り、魅力的な物を考え、参加者が満足できる内容の場所を探してみたいと思います。 原則、散策しながら、「建築物」を入れ込み、見学等を実施しながら、その建物・関連することを平易に説明し、移動しながら、町歩きをたのしみます。 食事場所等はご参加者、施設の状況で変更になる場合あり。
第3回霞ヶ関見学① 国会ゆかりの施設の旅「35」
平成31年6月27日(木) 10時30分
東京駅丸の内南口改札出口(郵便局側)集合 15時 赤坂解散・新橋駅
東京-(丸の内線)-国会議事堂前-➀参議院見学+②衆議院見学-食事-憲政会館-法政会館-有楽町or東京
アイリス/都市センターホテル 東京の中心地、永田町駅・麹町駅・赤坂見附駅の3駅徒歩圏内というアクセス至便なホテルにある「レストラン アイリス」。高い天井と大きな窓の開放感あふれる空間でいただけるのは、カジュアルなランチコースと本格的なフレンチディナー。ディナー時は完全予約制(10名様より)なので、大切な人と特別な時間をお過ごしいただけます。
「新旧の街を比較しながらの建築観察・東京歴史散策⑫」 カルチャーセンター「建築散策と東京散策」 修正
「新旧の街を比較しながらの建築観察・東京歴史散策⑪」 カルチャーセンター「建築散策と東京散策」
「新旧の街を比較しながらの建築観察・東京歴史散策⑩」 カルチャーセンター「建築散策と東京散策」
「新旧の街を比較しながらの建築観察・東京歴史散策⑨」 カルチャーセンター「建築散策と東京散策」 第4木曜日実施
「新旧の街を比較しながらの建築観察・東京歴史散策⑧」 カルチャーセンター「建築散策と東京散策」 第4木曜日実施
カルチャーセンター「建築散策と東京散策」 「新旧の街を比較しながらの建築観察・東京歴史散策⑦⑧修正20171201」
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