昨年2022年、ノーベル物理学賞に、「量子力学」の分野で、「量子もつれ」という特殊な現象が起きることを理論や実験を通して示し、
量子情報科学という新しい分野の開拓につながる大きな貢献をした3人が選ばれた・・・、ということが理由のひとつなのか
Youtube動画では、『量子力学と仏教』・・・というテーマの優れた動画がますます増え、それらを見た私の妄想は好き放題に『遊戯三昧』し
基本、科学的素養『0』であるのに、滅茶直感とそれら『科学用語』が持つ雰囲気を自分ながらの深読みで解釈、古来から伝わる仏教用語を
現代風に解明して行こうという、我が研究所の大目標である『科学による仏教解明』の目論見である。
先日そのあたりのことをチラリと書いたが、 2023年3月20日のブログ記事〜悟りは『観』、科学も『観』
その後、私は『科学が量子力学で『観』に目覚め始めた』・・・との思いを一層強くしている。
ただ私もつい勘違いしてしまうのが、科学の最先端である『量子力学』ということで、『AIやIT技術』などと混同して
そのどちらも『デジタル』・・・と思ってしまうが、どっこい『量子力学』こそ『アナログの極致』であることを見落としてはならない。
先に、科学が『観』に目覚めた・・・と書いたが、その先駆者は『仏陀』であることは間違いない。
故に、アインシュタインを始め数々の著名な科学者が『仏教』に一目置いているのだ。
しかし、これら西洋の科学者達は般若心経の『Avalokiteshvara』を中国人が『観自在x観世音』菩薩・・・と翻訳したことを知らないであろう。
ここに、量子力学で問題になっている量子の『重ね合わせ』、つまり『アナログ極致』が『観自在=収縮状の粒子』、『観世音=波動状』であることを
約1600年前の仏陀等は直『観』していたのではないか。
同じように『量子もつれ』も『観自在菩薩が行深般若波羅蜜多時』の時、時空を超えて過去から見れば現在という未来に回答を得る確約を『観』せ、
今ここの現在の私が過去の私の『問』の意味に行き当たる…という『自在』の観が『悟りもつれ』なのではないだろうか?
たぶん私は相当、滅茶滅茶なことを言っていると思うが、そこがブログの悪意のない無責任ということで御勘弁を。
兎に角、『観』というのは相当大事で、摩訶般若波羅蜜多心経を『摩観般若波羅蜜多心経』に、
『考えるな、漢字ろ!』を『考えるな、観字ろ!』・・・にしようかな?
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