3月25日(日)
13:50 宮古市の姉吉キャンプ場をあとにして、釜石に向かった。
釜石までは入り江の市街地と、山を交互に超えて行く。
このあたりに来ると、山道は少しおとなしくなるが、
それでも富山で言うと、二上山を登っては下りる、という感じの繰り返しだ。
地震直後に、「道路が不通で、集落の被害状況がわからない」と、報道されたが、
その意味を実感した。
入り江には、震災で全てなくなったという養殖イカダが、復活してきているようだった。
現地を見て、復旧が進んでいるのは、道路と電柱だ。
その道路にも、まだまだ震災のつめあとが残る。
堤防の道が突然行き止まりになり、少し左に迂回する。
舗装の下の土を、津波が持ち去って、道が崩れたようだ。
市街地の建物は、見渡すがぎりなくなって、土台のコンクリートだけが残る。
ガレキは撤去されているが、崩れなかった建物はそのまま残っている。
撤去したガレキはどこへ行ったのか?。
その答えは釜石で知ることになった。。
カーナビのルートガイドが
「300メートル先、左方向です。出光が、目印です」、と言う。
その言葉で、この先にガソリンスタンドがあったことを知り、ため息がもれた。
道路脇の真新しい自動販売機が目を引く。
砂漠の中のオアシスのように思えた。
缶コーヒーを買って、飲んだ。
釜石市の市街地に入って、釜石大観音が見えてきた。
今回の、最後の目的地だ。
釜石大観音は、1970年にできた、高さ48.5メートル、鉄筋コンクリートの観音様だ。
正面は海を向いて、釜石市街には背中を向けている。
市内に向かって立っていたら、今回の被害はなかったのではないか・・・ふと妄想がわいた。
15:45 入場料を払って、敷地内に入った。
西に傾いた太陽は、観音様の背中を照らしている。
中に入ると、原型となった本尊魚藍観音をまつってある。
中には螺旋階段があって、観音様の胸のあたりまで登り、外に出ることができた。
外に出て、釜石市内を振り返る。
写真の真ん中にある、台形のものは何だろうとズームにしたら・・・
ガレキの山のようだ。
釜石製鉄所で使用する燃料(石炭)だそうだ。
反対側の港を見ると、シートで覆った巨大なガレキの山がいくつもあった。
右の建物を拡大すると、壊れた自動車がたくさん置いてある。
これらのガレキをどう処分するかが、今、問題になっているのだろう。
16:10 カーナビに自宅をセットして、帰路につく。
途中、釜石市内で、3階建てのアパートがあった。
一番上の部屋からは、ガレキが顔を出していた。
崩れた建物は片づけられているが、壊れなかった建物は、これからのようだ。
もしかしたら、持ち主が不明になって、手が着かないのかもしれない。
やるせない気持ちのまま、釜石市を後に、富山に走った。
東北道から磐越道にはいった。
時間があれば、会津若松で下道に下りて、北方ラーメンを食べるつもりだったが、
時刻はすでに夜の10時。
そのまま、会津若松インターをやり過ごす。
このあたりから、雪が降ってきた。
新潟から北陸道へ入ると、吹雪になった。。
3月も終わりだというのに、春はまだ遠いらしい。。
3月26日(月)
03:00 家に到着。
釜石から11時間ハンドルをにぎって、ちょっとくたびれた。
メータ読みでは。
1788キロ 24.6キロ/リットル
入れたガソリンの量で計算すると、
74.53リットル 24.0キロ/リットル
プリウス君、今回も頑張りました。
いろいろ思うことの多い旅だった。
何年かして、岩手が復興したら、また行って見たい。
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ありがとうございます。
>釜石製鉄所で使用する燃料(石炭)です。
そうなんですか!。
遠目で見たら、ガレキに見えました。
勉強になりました。
そうすると、あの車は、鉄くずとして使うのでしょうか?
余談ですが私の車は未だに見つかっておりません。また釜石においでください。必ず復興しますから!
釜石市内の283号線にある電柱にあった、
「かならず復興します」というような立て看板が印象に残っています。
何年かしたら、また釜石にお邪魔したいと思います。