現場の帰りに立ち寄ったここ
http://www.t-kannon.jp/
ちょっと調べてみると
戦争体験者である宇佐美政衛氏は、昭和20年3月の
東京大空襲の時、町会長と消防団長を兼務していた為、
東京に居ました。下町は一面火の海となり避難しながら
逃げ歩き、命だけ助かりましたが、下町に戻って
みると犠牲者が山のようになり、その光景やうろたえる
人々を見て「どうにかせねば」と奮い立ち、戦後、
建設委員長として下町の富岡八幡宮を支援し、
戦没者慰霊から改めて世界平和を唱えるべき大きな
願いである東京湾観音の建立に繋がりました。
戦争は嫌ですね
なんでも当時最高の建築技術で
建てられたらしいです
館山の母の養母が元気な頃私は小学生で夏に
なると遊びにいってました
電車の窓からこの像を眺めて
「なんだろう?」
と毎年、養母のところへ遊びに
いくたびに思ってました
結構メジャーな存在と思ってましたが
平日でもあり入場者は私を含めて
4人でしょうか
国道に目立った案内は無く
偶然通った県道でくたびれた看板を
見てきがつきました
展望デッキ?みたいなとこのベンチは
朽ち果てていましたwww
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