続きます。
あの世とネットが似ているなと考えたのはまずもって見えないものだということです。昔、未完成ながら“mail love”って唄を書いたんだけど、その中に、『電話線からノイズの中にしまい込んだ僕の想いを』という一節を唄ったけど、結局何か電気的な信号が電波なり回線なりを経由してあなたの今見ているコンピュータ上の画面に私の心の琴線を赤裸々に映し出しているわけです。ここに感情が移動してるわけ。一瞬に、電話ラジオしかり。ある時は勇気ずけられたり、ある時は腹が立ったり、でも実態は電話線や電波の変化。しかも繋いでアクセスしなけりゃ無と同値、もっともこーいう風に考えれば、日常の大半は色即是空なんだよな。
どれだけ身近にいても自分じゃない存在とどんだけ遠い距離にあっても心が共有してる存在、深いなぁたぶん、そして私の取り留めない思考は収束に向かいます。
あの世とネットが似ているなと考えたのはまずもって見えないものだということです。昔、未完成ながら“mail love”って唄を書いたんだけど、その中に、『電話線からノイズの中にしまい込んだ僕の想いを』という一節を唄ったけど、結局何か電気的な信号が電波なり回線なりを経由してあなたの今見ているコンピュータ上の画面に私の心の琴線を赤裸々に映し出しているわけです。ここに感情が移動してるわけ。一瞬に、電話ラジオしかり。ある時は勇気ずけられたり、ある時は腹が立ったり、でも実態は電話線や電波の変化。しかも繋いでアクセスしなけりゃ無と同値、もっともこーいう風に考えれば、日常の大半は色即是空なんだよな。
どれだけ身近にいても自分じゃない存在とどんだけ遠い距離にあっても心が共有してる存在、深いなぁたぶん、そして私の取り留めない思考は収束に向かいます。
おそらく普通は記憶のかたすみにも残らないであろう
とある日のひらめきや思い出、時には妄想なんか(^^;も
blogに書くことで残っちゃうつうのはおもしろい。
しかも第三者に見える形でね。←これがおおきい