これは、わたしの父の話です。
何年になるでしょうか? まだらボケの父がお世話になっている某施設を訪ねたときの思い出です。
ちょうど、昼食時でした。何しろ数年ぶりだったので、ハテ父はどれかとわたしは記憶を手繰り寄せつつ、見当をつけ声をかけました。そしたら、相手はどちらさまでしょうかと聞き返すではありませんか。とうとう、娘を忘れてしまった。でも、心の通い合いの薄い父と娘だったからと、あまりショックを感じませんでした。
そう、わたしは両親に心をひらいたことのない親不孝の娘だったのです。ここへ来たのも、父をこちらの特養へ移したい相談もあって、重い腰をあげたのが真相でした。
食事もおわり、わたしは父と一緒に彼の部屋に入りました。そして、椅子に腰かけたり立って窓の外を見たりしながら、ふたりでお喋りしていました。
なんか、父の様子が変です。そわそわし、入り口の壁の方が気になるようです。それでも、わたしは気がつきませんでした。そちらを指さして、父が何か言った? わたしは、やっと気がつきました。
入所者たちで競技があったらしく、父の表彰状が張ってあったのです。それを説明する父の表情が、とっても誇らしげでした。幼児みたいに、得意そうでした。まるで、母親に褒めてもらいたくて堪らない園児みたいに見えました。
運動会か何だったのか忘れましたが、わたしは年取ると子供に返るという言葉を思い出していました。お父ちゃん、良かったねと言いながら、ニコニコしている父が微笑ましく見えたのを覚えています。
そして、わたしも年齢を重ねながら何時の日か父みたいに子供がえりするのかもなんて思ったりしています。
生命は海から生まれたとか~~~ 命がおわるとき、人の魂は海に帰って行くのでしょうか?