兄弟、親子、おじさん、おばさん達 みぃんな身内。だから、話し合えば何でも分かりあえる
ほんとに、そうでしょうか たとえば、遺産相続 この土地、誰誰のものだけど、どこで判断するの 自分が某から聞いたなんて、誰も言わない。みんな、また聞きだった。それなら、自分に責任ないものね。だって、噂になるもの。
法務局で調べるしかない。
相続の調停。五年も十年もほったらかし。銀行など預かっている側は相続の資格保有者に何度も手続きをうながす。
そこで、わたしが調停の申請をする。亡き人の通帳を隠した資格保有者は知らん顔 他の人も、出席しても何も云わず。かげで、身内だから話せば分かる 調停(当人は裁判と勘違いしていた)なんか、みっともないとぼやいていたそうな。
確かに、うちうちで話せば何かが決まるだろう。でも、話し合うと提案しても、そのうちでいいだろうを繰り返す。そして、どんどん月日が経って、うやむやになってしまう。
そして、みんな死に絶えた 噂が独り歩きしだす。登記簿や戸籍謄本 いろいろ調べて(誰が頼むの) そんなこと、引き受ける素人がいるのかなぁ わたしは出来ないし、イヤだ゛なぁ。
いま、わたしは直面しそうです。血縁を辿り辿り わが子が巻き込まれるのは避けたい。 わたしは実感しています。結局、ほんとうのところは誰も分らないのだと。それなら、法律にのっとって遣った方が一番いい そしたら、自分の考えと違っても納得できるでしょう。家族だから、身内だから、法律通りにしたらサッパリし跡を残さないのではないでしょうか