意思による楽観のための読書日記

「子供へのまなざし」

自分の子供を虐待する、無視する、その結果死に至るような事件が報道されると、本当に悲しい気持ちになります。いつの日からかこうした事件が増えてきたような気がしてなりません。日本だけの現象なのか、何かが変わってしまったのか、昔はなかったのでしょうか。

グリム童話などを読むと、お話しの多くに子捨て、子殺し、継子いじめなどが登場します。欧州でも農民階層では貧困と過酷な労働があり、戦争や飢饉などで夫婦の一方が欠けると再婚することになり、継子いじめの物語ができたのではないかと思います。米国では1946年に、ある放射線専門医が子どもの骨折レントゲン像で虐待の疑いを発見、これが初めて報告された医学的見地からの虐待の例だといわれています。その後、欧米では幼児虐待への理解が進みました。1960年代には、米国各州で虐待防止の州法制定が進み、米国連邦としては1974年「児童虐待の予防と治療に関する法律」が公布されました。欧米でも結構事件はあった、だから法制面の整備も必要だったのだと思います。

日本では昔はどうだったのでしょうか。「日本紀行」の著者イザベラ・バード(1831-1904)は“日本は子供天国だ”として次のように記述しています。「私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときは手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうである」「英国の母親達が、子供達を脅したり手練手管を使って騙したりして、いやいやながら服従させるような光景は日本には見られない」親と子供達のスキンシップが深く、子供達も親孝行を教えられ、それに従う様子がうかがえます。
イザベラ・バードの日本紀行 (上) (講談社学術文庫 1871)
イザベラ・バードの日本紀行 (下) (講談社学術文庫 1872)

大森貝塚を発見したE・S・モース(1838-1925)は「日本その日その日」で次のように記述しています。「世界中で日本ほど、子供が親切に扱われ、そして子供のために深い注意が払われている国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい。彼らは朝早くから学校へ行くか家庭にいて両親を、その家の家内的仕事で手伝うか、父親と一緒に職業をしたり、店番をしたりしている。彼らは満足して幸福そうに働き、私は今までにすねている子や身体的な刑罰は見たことがない。日本人は確かに児童問題を解決している」
日本その日その日 (1) (東洋文庫 (171))
日本その日その日 (2) (東洋文庫 (172))
日本その日その日 (3) (東洋文庫 (179))

日本文学者のドナルド・キーン(1922-)が「果てしなく美しい日本」で書いているのは日本の母親が子供と離れようとしないことです。「生まれて最初の何年間を子供はほとんど母親の身体の一部として暮らす。母親はどこへ行くにも子供を連れて行く。彼女はしばしば子供を背中に背負い、特にそのために作られた衣服を着ける。日本の母親は息子を独立させることに関心がなく、いつどこでも好き勝手が許されるわけではないことを子供に教えようともしない。彼女の努力は子供の幸福な幼年時代を長くすることに費やされるようだ」
果てしなく美しい日本 (講談社学術文庫)

子育ての方法はずいぶん今と違っているように思えます。いつから変わったのでしょうか。太平洋戦争後、アメリカから輸入されたジョン・デューイの教育思想やスポック博士の育児論が、現代日本の子育てを変えてしまったのではないかという説があります。『スポック博士の育児書』の日本語版が出たのは、1966年でした。『スポック博士の育児書』では、次のように記述されています。

・親だって人間、育児にばかり集中はできない。

・常識のある親なら、自分を犠牲にしてまで子供につき合おうとは思わない。

・子供が3ヶ月になったら、やさしく、しかしはっきりと、もう寝なければいけない、お母さんはそばにいられない、ということをわからせ、すこしぐらい泣いていても、放っておきます。

・泣き癖をつけないように泣いてもすぐに抱かない。
最新版 スポック博士の育児書

どうでしょう、こういう育児をしたという方もおられるかもしれません。その後の育児はどう変わってきたのでしょうか。児童精神科医の佐々木正美さんは、育児理論で高く評価されている「子どもへのまなざし」で次のように述べています。「子どものありのままを受け止めることが大切。十分な受容や承認を受けた子どもは、安心して社会に出ることができる。子どもにとって、最大のサポーターであり、理解者であるのが親なのだ」「乳児期に人を信頼できると子どもは順調に育つ。子どもの望んだことを満たしてあげることが大切であり、幼児期は自立へのステップの時期」
子どもへのまなざし

江戸から明治にかけて日本を訪れた西欧人達が見た日本の子ども達は、上記のようにいつも幸福なわけではなく、ひどい皮膚病にかかり、公衆衛生も未発達な中、感染症などで多くの命が失われていたことも分かっています。貧困な農村では間引きや丁稚奉公などが当たり前のように行われていました。しかし、親子の関係ではモースが言うように、ある意味で「日本人は確かに児童問題を解決している」という面もあったのだと思います。

心理学者のJ・ピアスは、赤ちゃんが母親から遠ざけられた場合の心理を次のように記述しています。「子どもにとって、母親との『きずな』は、成長において不可欠な条件である。しかし、不幸にも母親と子供が引き離されると、深刻な問題が生ずる。まず、そのような子供は、見捨てられたと感じ、絶望的な孤独感にさいなまれ、この世界を危険で非情な場所として体験する。子供の最初の世界体験は否定的なものになる」ピアスの主張によるとすれば、否定的な世界体験をした子どもが親になったときに、自分の子どもをどのように扱うか、これが現代起きているさまざま事件の病巣ではないかとも考えてしまいます。ピアスに言わせれば、3歳以下の乳幼児を保育園に預けるということは、母子を分離して、子どもから見ると「見捨てられた」と感ずる子供を作ることになる、と主張するかもしれません。

できるだけ早く復職したいというニーズと、子どもと一緒にいられる時間をできるだけ多く取りながら復職をしたいというニーズ、どちらも大切な女性としての要請だと思います。待機児童が多い、というニュースがあり、託児施設の充実が必要、少子化への対応が後手にまわっているなどとの指摘もありますが、子供たちの視点からもこの問題を考える必要があると思います。様々な考え方を持つ人間が、自分の価値観にあった働き方を選べること、世の中の状況に合わせられること、これも重要だと思います。

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