世界に存在する民族や小さなグループが持っている神話や言い伝えには人類が原初の昔から大切にしている物語が入っている。本書によればそれは「ヒトのこころ」の現われでもあり、様々な神話や神の話を聞いて比べることで、人類共通の「ヒトのこころ」をあぶりだしたい。筆者は人類学のフィールドワークを進める文化人類学者。トナカイ遊牧民であるカナダインデアン、極北ロシアのトナカイ遊牧民コリヤーク、北海道のアイヌ、モンゴルの遊牧民、インド北西部のラダック王国、チベットなどのフィールドワークを通してヒアリングし調査してきた多様な文化的逸話を集約してきた。そこに含まれるのは宗教とそのもとになる神話、文化的源泉、死生観、自然と自分たちとの関係性など、文化文明と人類生活との関係性を追求した。
カナダインデアンでは動物は人間の言葉を話し、自然と人間は元は同じもの。トナカイは人が飢えているとき自分からやってくると考える。狩猟採集社会では、収穫物や狩猟物は狩猟した本人を中心に単純な平等ではなく重みを付けて、しかし全員に分配される。そうした考えがコミュニティ内での協力体制を強化するという。
アイヌではカムイと呼ばれる自然はアイヌの世界観を現わし、熊祭はアイヌとカムイの饗宴の場でもある。熊祭には決められた席次があり、アイヌ社会での序列と平等の原理を現わす。熊祭では神の肉である熊肉を共に喰らい共有する。
コリヤークではトナカイが神であり、トナカイ遊牧の始まりを想起させる。トナカイの移動と巡り合ったコリアークが共存する季節にだけ互恵的関係を気付いたことを原初に、トナカイとともに人も移動し始めた、これが遊牧の始まりである。トナカイ橇レースはそうした遊牧生活を象徴するお祭りのイベントである。
モンゴルの遊牧は羊、その生息数制御は数が多すぎて不可能であり、自然の増減に任せる遊牧となる。天と地、地下世界その中間に自分たちがいるという世界観。シャーマンは天からの声をヒトに伝え、人の願いを天に伝える。
ヒトのこころの起源は自然の中にある人類の進化とも重なる。心の始まりには自然への感謝があり狩猟の論理はその世界観を反映する。利他のこころの起源に自然への崇拝と感謝がある。利他を越えたところにある自然、すべての民族に共通する世界観でもある。本書内容は以上。