教科書にも掲載されていて多くの方も読んでいるのであらすじはともかく、読んで気分がよくなる話ではない、というより、額に汗して働き、苦労しながら子どもを育てる、などという人生の基本となる部分が欠落しているようでならない。主人公の実家も先生の実家でも実はその後ろには生活があって、収入を得るために働いている人がいるはず、そして子育てに苦労する両親がいるはずであるが、その話は表面化していない。問題はこの「先生」であろう。明治天皇と乃木大将の殉死のタイミングで自分も死ぬのだ、というが、奥さんが頼りにしているのは先生しかいないことを理解していたので、それまでは死ぬこともできなかったのが、殉死であれば死ねるというよくわからない理由なのである。
収入を得る苦労がない、子どもを育てる苦労がない、大学に行かせてもらっていたのに感謝も感じられない、友人との恋の悩みだけが浮かび上がっている、というのが不自然に感じるのは私だけであろうか。「普段は善人の顔をしていても、金の話で切羽詰ると急に悪人の顔をのぞかせることがあるのだ」と先生は主人公に説話をするのだが、自分の世間知らずを棚に上げている。先生を騙したという叔父にはどのような人生の苦悩や、金銭的な苦悩と苦しみがあったのかがわからないではないか。
「こころ」を支えている生活や暮らしが分からない、明治の終わりが自分の終わりという価値観がわからない、欧米で漱石が評価されない理由がわかる。「明暗」の主人公である津田とこの先生の共通項はなんであろうか、と考えてしまう。優柔不断で世間知らず、親への精神的依存、妻との距離感、世の中からの距離感と世間への不信感、女性への憧憬と本当の労りの心がないこと、漱石そのものだったのではないかと考えてしまう。
こころ (新潮文庫)
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