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意思による楽観のための読書日記

小屋を燃す 南木佳士 ***

「ダイヤモンドダスト」で芥川賞を受賞した作者は、佐久総合病院に勤める医師だったが、定年退職しその後も嘱託医として勤めながらエッセイを書いてきたという。本書は、72歳になってしたためた「畦を歩く」「小屋を造る」「四股を踏む」「小屋を燃す」という4編の小品連作。多くの時間を定年後、佐久平の地で過ごす我が身と重なり、染み入るように読んだ。

作者は群馬の嬬恋で生まれ育ったというが、高校からは東京に出て、秋田大学卒業後は佐久にある総合病院勤務のかたわら小説を書いた。幼い日の群馬の山で暮らしたときの思い出は、育てられた祖母の思い出に重なっている。しかし職を佐久に得た後に、長く過ごした病院や佐久平の生活は、体に染み付いているようだ。定年退職後は、佐久平で友人たちと山に登ったり、小屋を立てたりして過ごす、その中で、時として蘇る思い出と物理的な体の前にある現実を往復するさまが小品となる。庭に植えたヤマボウシ、ハナミズキ、思わず生えてくる山椒、何を見ても思い出とつながる。

4人の友人たちと定年後小屋を立てた。山から切り出してきた間伐材で、長さやデザインを適当に見当をつけて、壁を打ち付け、屋根をかけると、そこは5人のオヤジたちにとっては神聖な場所とも言える遊び場所になった。集まっては酒を飲む。川で取れたイワナをストーブで焼く。一緒に食べるのは味噌味のタラの芽、コシアブラ、自宅で作ったぶどう酒、山で泣いているのは春ゼミ。雨が急に降ってきて、トタン屋根を打つ音が激しくて、誰が言ったのかわからないが「こりゃあ、棺桶だな」。

年をとって急に熱が出る。男性の場合には泌尿器系、女性なら腎盂炎を疑うべしという。症状改善の努力には、歩行、股関節を使うこと、スクワットなどがあるが、四股を踏むのが一番だという。四股を踏むというのはテレビで見るお相撲取りの四股であり、自分でやってみるとけっこう大変な運動になる。病院の診察室、家の庭、風呂の脱衣所などで繰り返す。医師の実践する四股踏み。

小屋を立てて6年が経ち、一緒に作業した5人のうち、二人が旅立った。残る三人で小屋を取り壊すことになった。今度、このあたりに老人介護施設ができるとのこと。自分たちもそこにお世話になる日が近いことを話しながら、小屋を取り壊し、美味しい純米吟醸酒を買ってきて飲みながら、材木を薪にして燃やしていると、冥界から2人の友人たちも酒盛りに参加してきた。もっと味をこうしたほうが良いのだよ、とか言いながら5人の酒盛りの夜は更けていく。本書内容は以上。

標高700mの佐久平、夏は過ごしやすいが11月から3月は冷える。梅雨時の雨なら、7月でもストーブを焚くこともある。4月の長野マラソンの20日にも20cmほども積もる雪が降ることもある。だから、レタスやキャベツが美味しく育つし、季節のメリハリがある。空気が乾く冬は特に火事を出さないように気をつけないといけない。老後を過ごす場所、他に行くところが思いつかない。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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