太平洋戦争は避けられなかったのか、誰も関東軍、陸軍の暴走を止められなかったのだろうか、この疑問に答えてくれた本だ。統帥権干犯問題、1930年ロンドン軍縮会議で英米対日本の軍艦建造比率が5:3になり、そのことを政府代表が交渉して浜口首相が合意したことに海軍が政府が海軍の統帥権を侵したとして天皇への上奏を行った。この統帥権問題は明治時代の憲法成立、それに先立つ建軍の歴史から振り返る必要がある。
1889年、伊藤博文らによって策定された明治憲法の第11条が統帥権の条項と栄誉権と呼ばれた爵位や勲章などの授与権は大臣の補弼が不要であると規定していた。これが統帥権は天皇に直結しており、国務大臣の承認を経ずして行使できるとした根拠である。しかし明治憲法制定時には参謀本部独立は既得権だったという。憲法解釈を補足したのが1907年の軍令、この件に関して、伊藤博文と山県有朋が激論を交わしたという話であるが、日露戦争での勝利で軍部が押し切ったともいわれている。
明治維新の時、すでに日本に進出していた諸外国は幕府と新政府の勢力争いを局外者としてみていた。鳥羽伏見の戦いから会津、函館にいたる戊辰戦争の行方を見定めていたのだ。その背景には幕府を押していたフランスと新政府を押していたイギリスの勢力争いがあった。列強の属国にならなかったのは、新政府も幕府にも国家統一、民族独立の強い意志があったからだといわれる。アーノルドトインビーは「欧米帝国主義の向かうところトルコ以東のすべての国々は黙々と毛を刈り取られる羊となった。しかし一番はずれにあった島国日本だけは例外であった」と書いている。徳川慶喜が途中から徹底して新政府に恭順に意を表し、諸外国につけいる隙を与えなかったのが評価されるべきだとした。
1894年、日清戦争で日本は勝利する。そこで手に入れたのは次の通りと参謀本部は記している。
1. 朝鮮問題の解決
2. 新領土の獲得
3, 国民精神の高揚
4. 軍事技術の進歩
5. 国際的地位向上
日清戦争での軍人・軍属の死者は13000人、現代の自殺者3万人の半分以下である。
参謀本部は明治11年、1878年陸軍省から独立した。陸軍卿山県有朋の意向が強く働いた。この理由を筆者は五つ挙げている。
① 西南戦争などでの教訓
佐賀の乱、西南戦争で、現場の指揮命令権が弱いと戦争遂行に支障が出ることを痛感。
② プロシア軍制の模倣
フランス、オーストリアを打ち破ったプロシアの制度が当時最高だと考えられた。ちなみに、統帥権が皇帝や天皇に直結するのはプロシアと日本だけ。そのプロシアはカイゼルの暴走で第一次大戦で大敗している。フランス、ロシア、イギリス、アメリカでは参謀総長は陸軍大臣に隷属する。
③ 日本的伝統の影響
楠木正成は文官の言うことを聞いて戦死した、こんなことがあってはいけない、という意見が大勢を占めていた。
④ 天皇親政と民権対策
竹橋騒動があり、自由民権運動が盛んになった時、天皇親政により民権運動を押さえ込むことが考えられた。
⑤ 山県有朋の野望
奇兵隊員から身を起こした山県有朋は伊藤博文の死後は政界にひろく勢力を持った。明治維新の元勲たちがいなくなり、山県有朋はその勢力を維持するため、自らが参謀総長となり、陸軍省からも独立した力を誇示したかった。
陸軍の暴走を許した統帥権、それをを補強するものに、次のものがある。帷握上奏権、軍部大臣現役武官制、そして明治憲法を補強したといわれた軍令である。
大正デモクラシーの時代には、参謀本部、帷幄上奏権、軍部大臣現役武官制廃止論が多く唱えられた。尾崎行雄や原敬、高橋是清だけではなく、三浦悟楼や松下芳雄などという軍人からも提言されたのである。これに反発して出てきたのがロンドン軍縮会議での統帥権干犯問題である。
陸軍大学校の教科書である統帥参考書には次のような記述があった。「統帥権の本質は力にしてその作用は超法規的である。議会は軍の統帥・指揮ならびにこれの結果に関し質問を提起し弁明を求める権利を有せず。」司馬遼太郎はこれを読んで衝撃を受け、統帥権問題を「この国のかたち」で大きく取り上げた。
こうして育っていった「統帥権」という化け物は、張作霖爆死事件、満州事変、上海事変と関東軍と陸軍の暴走を許し、対中国、太平洋戦争へととつながっていく。もちろん、これ以外にも徳冨蘇峰などマスコミの責任や大学の責任などもあるだろうが、直接には明治憲法の欠陥ともいえる統帥権独立が重要なキーワードであったことには間違いない。明治生まれの昭和の妖怪「統帥権」は1878年に生まれ1945年まで生き延びて、敗戦によって滅ぼされた。後に昭和天皇は「暴走する軍と参謀本部は全面的な敗戦でしか葬れなかった」
と回顧したという。
統帥権と帝国陸海軍の時代 (平凡社新書)
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