第一次世界大戦は欧州中心に戦いが展開されたため、日本からは遠い戦争であるかのように思われているかもしれないが、戦死者は軍関係で850万人、民間人も含めると1600万人が亡くなった大変な戦争であった。原因としては、イギリスの3C政策とドイツの3B政策の対立だとか、三国同盟と三国協商との対立があったともいわれるが、いずれも戦争の直接の原因とはできない。1917年に発刊されたレーニンの「帝国主義論」では、帝国主国家同士が海外市場や植民地を求めて外側に進出すると、帝国同士が衝突して戦争になるという説が唱えられた。これは第二次世界大戦の原因をよく説明できるため、1940年代以降、その説が遡って第一次世界大戦にも適用されたという。確かに第一次大戦以前にも列強の間での対立はあったが、いずれも外交的な解決が行われ成功している。
しかしレーニンが唱えたように、第一次大戦に先立つ四半世紀は人類史上初のグローバル化の時代だったことが背景であることは確かである。貿易振興は経済繁栄をもたらすと同時に、国際分業が進み、いずれの国でも繁栄の中での苦難が始まっていた。こうした中で自国民が享受できるはずの利益を他国が得ているというナショナリズムが、大きなうねりとして欧州各国で巻き起こった。このうねりは当時社会主義運動として盛り上がっていた「労働者の国際連帯による平和主義」とは対立し、社会主義者側からは「繁栄の中の苦難」の本質を見誤った資本主義者の虚偽の意識形態だとされた。この両者が多くの民衆の支持をもとめて競争する状況下に発生したのがサラエボ事件。ナショナリズムを排外主義的主張に取り込んだメディアや右翼的政治家が、民衆心理に働きかけた結果が、統制不可能な大きさで盛り上がったのが、第一次大戦の原因であったという。国際連帯を訴えていたはずの社会主義者たちでさえ、戦争協力に鞍替えして保身を図り、終戦直後には再び戦争反対へと態度を転換させ欧州民衆の信頼を失う。
現在の日本でも中国の軍事的圧力からナショナリズムの盛り上がりがある。しかし、アメリカとの安保条約と地位協定から軍事的にも政治的にもアメリカの支配下にある状況で、歴代政権も右翼政治家さえアメリカからの自立を主張できないのが実態。ロシアとは平和条約が締結できず、韓国とは徴用と従軍慰安婦問題解決についての双方の国民的納得が得られていない。第二次大戦の戦後処理が終了できていない中でのナショナリズムは、一方向の主張では収まらない歪がある。欧州でのナショナリズムは、自国民が享受すべき利益が得られていない被害者意識と、敵国に内通する裏切り者がいるという猜疑心が複合した言説。こうした現在の状況は第一次世界大戦前夜と似ていて、グローバル化が進むと被害者意識と猜疑心からナショナリズムに火をつけることにつながる。
米国や欧州への移民問題は、欧州人やアメリカ人とムスリム、アジア人、アフリカ人という宗教、人種対立を背景とした政治的経済的対立から生じた問題へと発展し、世界的対立の火種になる可能性もある。各国での国内には多くの矛盾があり、そうした矛盾点、問題点から目をそらせる手段としてナショナリズムが煽られると、それは戦争の引き金になる可能性を秘めている。「繁栄の中の苦難」があらたな戦いとならないように外交的コミュニケーションが重要となる。
本書ではこうした議論のほか、第一次大戦での兵器の変遷、フロイト、ユング、アドラーが戦争に影響を受けたこと、戦争により社会への女性進出が進んだこと、ロシア革命の衝撃、という切り口から第一次大戦を分析する。