意思による楽観のための読書日記

オレンジの壺 宮本輝 ****

祖父の日記を読む、というところから発展する物語。 語り手は田沼佐和子、25歳。結婚したが1年で離婚、元亭主にいわれた言葉「おまえは石のような女だ」に傷ついている。父は田沼商事の社長、祖父の祐介がイギリスのスコッチやマーマレードの日本販売権を獲得したことを基礎に会社を発展させてきた。祖父は亡くなる際に子や孫に遺産として家や絵を遺したが、佐和子には若いときにつけた日記を残した。佐和子は今までその日記を見てみようとは思わなかったが、離婚をきっかけにして読んでみる気になった。日記には若き日の祖父が仏英の製品買い付け交渉に出航する1922年4月から11月までのことが記されていた。第一次大戦を終えたばかりの仏蘭西パリではまだまだ戦争の傷跡が残り、東洋人である祖父はパリで受けた人種差別にも言及している。そのような歴史や欧州事情に全く疎い佐和子は日記の背景について学んでみようと思った。日記にはパリで知り合ったアスリーヌ夫人とその娘ローリーヌのこと、そしてローリーヌと恋に落ちて結婚、子供までいたことがかかれている。日記はローリーヌのお腹の中の赤ちゃんを残して祖父が日本に帰国するところまでしか書かれていないが、そんな話は佐和子は聞いたことがない。姉が、ローリーヌから来たと思われるフランス語の郵便物を祖父から預かっていたことがわかり、その翻訳を知人の弟、滝井に依頼する。手紙からローリーヌの娘はマリーというが、母子ともに出産時に死んだことを知る。しかし納得できない気持ちから滝井と共にパリに赴く。物語はパリからエジプトまで展開、実は裏の日記もあることが判明、その裏日記の持ち主がパリでの祖父のもう一人のパートナーであったことがわかる。いったい、祖父はパリで何をしていたのか、どういう人間だったのか、日記に出てきた「オレンジの壺」とは何なのか。結局マリーはスイスで生きていることがわかり、エジプトの裏日記の持ち主はパリでの祖父のスパイとしての役割を果たしていたことがわかるが、全貌は解明できないままである。しかし佐和子は満足感を持つ。

日記を読む前に比べると人生を客観視し、パリでの協力者滝井への好意も確かなものになる。佐和子は女性として人間として成長する。雑誌「Classy」に92-93年に連載された小説であり、20代で結婚に失敗した女性を励ますような内容である。この時25歳だった女性なら今は40歳、アラフォーであり、二度目の結婚をしていなければアラフォーシングル、「お一人様の老後」予備軍である。今のシングル化の芽は90年代前半に既にあったことが読みとれる。それにしても佐和子は無防備に滝井という独身男とパリやエジプトに旅行し、滝井もどうにかしたい気持ちをなかなか口にしない。二人はホテルの部屋で度々お酒を飲む、チャンスはあるのだが一線を越えることがない。現実にはいくら社長令嬢でもここまでおくての女性はいないのかもしれないが、Classyだからこれでもいいのかもしれない。アラフォーシングル女性が読んだら欲求不満になるだろう。宮本 輝の物語力は凄いものがあると感じる。この小説がサスペンスなら謎はほとんど未解決であり読者は不満だらけであるが、この小説ではそうではない。佐和子のせりふ「もうこれでいいの、終わりにする」ということで区切りがついた気になる。そして、佐和子の父の科白「敗軍の将、兵を語らず、勝軍の将、己を語らずだ」という言葉に納得してしまう。第二次大戦を十数年後にひかえるフランスからドイツのヒットラーの勢力増大やロシアと欧州の関係、日本の中国進出への欧州からみた意味づけなど作者の欧州史観や戦争観をかいま見せている。人間は進歩しているはずであり、日記は過去の人の成功や失敗を知る手がかりとなる。「勝軍の将も己を語れるのは日記」ということがわかり、祖父がなぜ日記を佐和子に残したのかも「語っておきたいことがあった」と思える。この後、日米欧は第二次大戦に突入するが、1922年時点でも敗戦復興のドイツ、資源獲得に血眼の日本が見えていて、経済的困窮や資源エネルギーが国を戦争に駆り立てること、肝に銘じる必要がある。資源エネルギー問題は現在は「環境問題」へと看板を掛け替えているが、根本は同じとみるべきである。今年のCOP15、ポスト京都議定書の国際合意でロシア、中国がどう動くか、米国、インドはどう変わるか、そして日本はどう考えるか、重要な歴史の局面である。
オレンジの壺〈上〉 (講談社文庫)
オレンジの壺〈下〉 (講談社文庫)

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