日記を読む前に比べると人生を客観視し、パリでの協力者滝井への好意も確かなものになる。佐和子は女性として人間として成長する。雑誌「Classy」に92-93年に連載された小説であり、20代で結婚に失敗した女性を励ますような内容である。この時25歳だった女性なら今は40歳、アラフォーであり、二度目の結婚をしていなければアラフォーシングル、「お一人様の老後」予備軍である。今のシングル化の芽は90年代前半に既にあったことが読みとれる。それにしても佐和子は無防備に滝井という独身男とパリやエジプトに旅行し、滝井もどうにかしたい気持ちをなかなか口にしない。二人はホテルの部屋で度々お酒を飲む、チャンスはあるのだが一線を越えることがない。現実にはいくら社長令嬢でもここまでおくての女性はいないのかもしれないが、Classyだからこれでもいいのかもしれない。アラフォーシングル女性が読んだら欲求不満になるだろう。宮本 輝の物語力は凄いものがあると感じる。この小説がサスペンスなら謎はほとんど未解決であり読者は不満だらけであるが、この小説ではそうではない。佐和子のせりふ「もうこれでいいの、終わりにする」ということで区切りがついた気になる。そして、佐和子の父の科白「敗軍の将、兵を語らず、勝軍の将、己を語らずだ」という言葉に納得してしまう。第二次大戦を十数年後にひかえるフランスからドイツのヒットラーの勢力増大やロシアと欧州の関係、日本の中国進出への欧州からみた意味づけなど作者の欧州史観や戦争観をかいま見せている。人間は進歩しているはずであり、日記は過去の人の成功や失敗を知る手がかりとなる。「勝軍の将も己を語れるのは日記」ということがわかり、祖父がなぜ日記を佐和子に残したのかも「語っておきたいことがあった」と思える。この後、日米欧は第二次大戦に突入するが、1922年時点でも敗戦復興のドイツ、資源獲得に血眼の日本が見えていて、経済的困窮や資源エネルギーが国を戦争に駆り立てること、肝に銘じる必要がある。資源エネルギー問題は現在は「環境問題」へと看板を掛け替えているが、根本は同じとみるべきである。今年のCOP15、ポスト京都議定書の国際合意でロシア、中国がどう動くか、米国、インドはどう変わるか、そして日本はどう考えるか、重要な歴史の局面である。
オレンジの壺〈上〉 (講談社文庫)
オレンジの壺〈下〉 (講談社文庫)
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