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意思による楽観のための読書日記

観光亡国論 アレックス・カー、清野由美 ***

2019年3月初版のパンデミック直前に発刊された一冊で、海外からの観光客が急増する日本での問題点を指摘し、改善策を提言する。筆者の一人はアメリカ人だが、日本の文化に惚れ込み、1980年代から京都と徳島に居を構え、古民家を買い取り、新たな観光施設としての取り組みを進めている。せっかくの歴史ある文化遺産や自然環境が、観光資源としての価値を理解しない行政や政治によりスポイルされ続けている実態を憂う。指摘された問題点は多層構造になっていると感じる。それは、観光客の存在が観光地での住民日常生活への被害につながっていることと、観光振興のために公共投資することで肝心の観光資源が台無しになること。いくつかの切り口ごとに論をまとめてみる。

多数の観光客のために宿泊場所が多様化している。外国資本による観光地不動産の大量買収により地価が高騰し地元民の暮らしが脅かされている。民泊の広がりによりマナーの悪い観光客、管理の悪い所有者の存在による近隣被害がある。民泊を規制する民泊新法が全国一律に適用されるため、民泊を必要とする地域では逆に必要とされる新規参入を妨げている。一方イタリアでは「アルベルゴ・ディフーゾ」という分散宿泊の考え方が実践されている。観光地に多くある空室のある小さな施設を活用、レストランや役場、娯楽施設など地域をあげて受け入れ体制を整えている。行政は規制強化と規制緩和のバランスを国レベルとローカルできめ細かく設計する必要がある。

パンデミック直前の京都は観光地としての許容量を超えていたのではないか。桜開花時期の清水寺や紅葉時期の東福寺や嵐山は、身動きもままならないほどの人混みがあった。総量規制と誘導対策が可能である。入場料の増額、時間帯を決めたタイムシフト政策の導入が可能。ローマのボルゲーゼ美術館や桂離宮では予約による入場規制により入場客数を限定することで余裕ある鑑賞が可能となっている。桂離宮の予約はハガキのみであるが、ネットでも可能とすることで、利用の利便性向上が見込めるだろう。

観光地への観光客数を増やすため、道路や駐車場を整備するため公共工事が行われることにより、肝心の観光資源価値が損なわれてしまうことが多発している。典型例が世界遺産への登録が引き金になり観光資源が毀損されるケース。観光客数から観光クオリティー向上を目指す意識改革が受け入れ側に必要となっている。車を観光資源にできるだけ近い場所まで誘導する努力は観光資源を既存するケースが多い。歩く観光を目指す必要がある。「パーク&ライド」を実践するケースに、イギリスのストーン・ヘンジ、イタリアのロウヴィエートがある。

日本の観光地に行くと、多くの看板が目立つ。土足で寺社に上がってしまう欧米人観光客を意識してのことだが、そのような無意識的な観光客に向けて看板数を増やすことが有効なのだろうか。そもそもマナーをケアするための看板の有効性には疑問があり、「土足厳禁」「撮影禁止」など、そんなに多くの看板は必要なのか。観光地に向かうバス内やガイドによる観光客教育を重視するほうが有効ではないか。撮影禁止については考え直す必要もある。Webで観光資源を撮影された映像が拡散され、より多くの関心が集まるというのが現代社会である。

文化と町の稚拙化とゾンビ化といえる事例が多く見られる。嵐山に増えてしまったオルゴール館やカレー店、清里に広がりその後ゾンビ化してしまったペンション群や廃業したレストラン、観光客向けの貸し出し浴衣を着て街歩きする外国人観光客の群れを見ると、これで良いのだろうかと疑問を抱く。世界遺産になり観光客が急増し、今は閑散としているのが富岡製糸場と絹産業遺産群。施設維持費の負担は地元自治体に重くのしかかっているというが、何が問題なのだったのだろうか。

海外の観光企業が格安ツアーを企画し、自らが経営する土産店に客を案内し消費を促し、観光地での消費振興にはつながっていない事例を「ゼロドルツアー」と呼ぶ。宿泊施設が少ない奄美大島に大型観光船を誘致する動きがあるが、それで本当に地元は潤うのだろうか。大型観光のメリットよりも小規模でも長期滞在してくれる観光のほうが地元メリットは大きい。観光振興による日本経済へのメリットは大きいはず。多様性を担保し、量を確保したい、という既成概念からの脱却が必要である。本書内容は以上。

奈良線沿線に育った私としては、一人も乗降客がいない「稲荷」駅を知っているだけに、立錐の余地がない稲荷駅を見たときの衝撃は大きかった。今年の祇園祭の宵山で鉾建てを見に行ったが、観光客が居ないので建てられた鉾に近づいて町内会の人に話を聞いたり、写真を一緒に撮ったりもしたのは近年できなかった観光だった。パンデミックの今は、上記問題点の解決に向けての猶予期間であるはず。受け入れ側の意識改革と行政の観光施策見直しを訴えたい。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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