意思による楽観のための読書日記

日本語と外国語 鈴木孝夫 ***

1990年発刊の岩波新書だが、本書の価値は変わっていないと思う。外国語と日本語、翻訳する際に気づきにくい違いについて解説している。まずは色彩について。日本人には茶色と感じられる範囲も欧米人ならオレンジ色と言う。フランスの黄色封筒は日本人の言う茶封筒、日本人のリンゴは赤いがフランス人は薄緑。アジア人は太陽は赤い、欧米人は黄色い。こうした基本的違いを知らないと、外国に赴任した日本人の子供たちは学校でその違いに驚かされることになる。砂漠の民にとっては太陽は日照りと暑さの源でありがたくないものの象徴であり、ムスリム国家の国旗には三日月が多い。日本人にとっては太陽は暖かさの源であり日の丸も太陽。中東で日の出印の大洋漁業の缶詰は全く売れなかったという。日本人にとって虹は7色、欧米人にとっては6色が多いというが、人によっては5色も7色もある。赤橙黄緑青藍紫は欧米人なら"vibgyor(violet、indigo、blue、green、yellow、orange、red)"と逆順。

漢字に音読み訓読みがあることによって、医学関係用語や病名、理科系などの高級語彙が読めなくとも見たら意味がとれる。英語では知らない単語は意味も分からない。例示は煩わしいので2つ紹介。閉所恐怖症は英語でclaustrophobia、草食性はgraminivorous。英語でもラテン語、ギリシャ語の由来を考えれば分かるともいえるが古典教養が不可欠。日本語も造語ではあるものの日常語から成り立っているのでわかりやすい。これは表意文字であるからというよりも、音読みと訓読みがあるから日常的な感じで表現しやすいからだそうだ。

英語と日本語では単語の成り立ちにも大きな差がある。日本語は短い基礎語を修飾語で補足するが英語では異なる単語とする。煩わしいが例示を2つ。群れ、集りなどを表す英語はgroupであるが、同一行動の人々はgang、無秩序な集りならmob、群衆はthrong、大勢の人の集まりはcrowd、特定目的の人々の集まりはbandで特定性質の集まりはlot、大軍の場合はhost、牛の群れはherdが羊ならflockでそれが追い立てられているとdrove、馬ならstudで遊牧動物はhorde、犬ならpack、ライオンはpride、クジラの群れはschoolで魚ならshoal、蜂の群れはswarm、アザラシならpod、ウズラはbevy、シャコの群れはcovey、鵞鳥の群れはgaggle、野鳥の群れはskeinなどときりがない。早い、速いのはfast、動作が速いのがbrisk、軽快に早いのはnimbleで素早いのはspeedy、生物が速く動くのはquickで流れるように速いのはswift、非常に速いのはrapidなどこちらもきりがない。つまり基礎的な語彙数が多いから表現力が豊か、ということでもないらしい。日本語だけで学問、科学的論文を書こうとすると長くなり、漢字を使えば文章は短く、見てわかりやすくなる。そこに外来語をカタカナで取り込むという歴史があるため、日本語の文章はバリエーションが多いともいえる。

言葉は生き物であり時代により変遷するという。カタカナ言葉の氾濫にまゆをひそめている人も、平成元年に分かりにくい外来語の福祉用語として厚生省内で取り上げられた次の言葉をどう感じるだろうか。「ターミナルケア、デイサービス、ショートステイ、ホームヘルパー」こうしたカタカナを追放しようという運動があったそうであるが、成功しなかったことは現状から想像がつく。オーディオ機器の表記が英語で分かりにくい、という消費者からの指摘があるそうだが、特に高級機ではそれは実現されていない。自動車車名も日本ではほとんどすべてが外来語由来、フランスはRenault、Citroen、Peugeot、ドイツはVolkswagen、中国では上海、紅旗、ロシアでもボルガ、マスクヴィッチなど。日本車で日本語はスバル、アスカ、カムリ(冠)だけだという。カムリでもトヨタ車の「冠系列」車名であるCrown、Corona、Collora、Carina、Crestaと並んだらCamryと英語風である。日本語名には掃除機の風神、クーラーには白熊、洗濯機の渦潮などもあるし、PCの一太郎だってある。要するにどうしたら売れるか、というマーケティング戦略は、なにが良く感じられるかという作戦にほかならず、日本人が受け入れやすく感じる度合いを示している。日本人の度量の広さ、言葉に対する懐の大きさを示しているといえるが、フランス人のような言語に対する厳しさに欠けるともいえる。何が正しいのか、正解などないと思うが、他言語との違い、受容度合いの違いは文化的違いであることを忘れないでほしい、という筆者からのメッセージである。


↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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