人は18歳とかでそれまで生まれ育った実家を飛び出して、土地勘もない誰も知り合いもいない所に引っ越したりしてアローンスタートをしたりします。 意外とそこはそこから先の人生を左右する事になる感じがあり、重要だと感じるというお話です。
人は生まれ育った家のそばに、自分と似たくらいの子供がいる家があり、そこに遊びに行ったりする。
そして幼稚園生とかになった初めて集団生活みたいなものがスタートする。
ちなみに私三之橋の場合は、幼稚園に通うのに、家が路地の奥の子から順番に幼稚園に行く過程で迎えに行くというバディ・システムのような感じで、男の子3人・女の子2人の5人グループで幼稚園に行くとかのシステムだった。
誰かの家の前で、「〇〇ちゃん~」 とかチビッ子が家の前で呼ぶ。
たまにお母さんが出てきて、「うちの〇〇ちゃんは風邪を引いて熱があるので先生に伝えて」 とか言われ、休む子がいる。
幼稚園で誰かと遊んで、「今日は俺の家に来る?」 みたいに誘われて、いろいろな子の家に遊びに行ったりした。
その家でその子のお母さんが出てきて、お抱え運転手のデカい黒塗りの車に乗っているお金持ちの子にしか見えない家だと、お母さんが難しい話をしたりする。
たぶん、我が子が育ちの悪い子と付き合うとかが心配で、友達作りのスタートで躓くとその後の人生に影響すると思うので、まだ友達との人間関係を構築する程の目とか持っていないという事で心配するのだと思う。
何か友達のお母さんと話すというシュチュエーションでは、我が子を見守るようなお母さんの姿を見て、愛情のようなものを感じる。
お金持ちの子の家のお母さんが1番難しい話をして、「この子は理解できるか?」 みたいなチェックをするのに対し、普通の家のお母さんはもっとわかりやすい言葉だったりするけれど、どこの家に行ってもお母さんが出てきたりする感じはある。
幼稚園に通うという事でどこか気の合う男友達ができたり、みんなで遊ぶとかもあったりする。
私三之橋の場合は、福岡市立の幼稚園で、そこを卒業すると福岡市立の小学校で、会社経営者の子とかもかなり多かった。
福岡市立の小学校を卒業すると、福岡市立の中学校に進学するという感じで、2つの小学校卒業者がその中学校で1つになるので人数が2倍に増える。
高校は家から少し離れたところにあったりして、そこでも中学が一緒だった子とかはいたりした。
そんな感じで家が近い子同士、みたいな感じで誰かと友達になり、幼稚園から小学校、そして中学校と進む感じで昔からの知り合いがそこにいたりする感じなので、さすがに引きこもりになる子というのは数人いたくらい。
高校を卒業するとかのタイミングで、一気に潮目が変わるアローン・スタートになるという人がいる。
高校を卒業して、それまで生まれ育った福岡市内の自宅を飛び出して、東京とかに就職するという事で引っ越して、生まれて初めての1人暮らしをするとか。
高校を卒業して、それまで生まれ育った福岡市内の実家を飛び出して、東京にある大学に通う為に埼玉に住む、なんて感じで、就職する人もいれば大学生とか専門学校生になるという人もいる。
それは18歳の年齢でも、どこか怖いと感じる人の方が多いのではないかなあ~ と思う。
シンプルに考えてみても、幼稚園から地元の家が近い子の集団に入り、幼稚園から小学校に進んでも、小学校か中学校に進んでも、昔から知っている子がいたりするという環境だったりするじゃないですか。
人はたぶん、昔の子供時代から知っているような人と接する方が何か安心感を感じるとかあると思う。
でも、そういうラインが一気に切られるという感じになり、トランプカードをシャッフルされる感じになるとすべてリセットされる事になると思うので、人間関係の構築の面で不安が出ると思うのです。
それまで生まれ育った福岡市内の自宅をベースに行動していれば、何となくあそこは行った事があるとか、土地勘があったりする。
でも、東京とかに行くとか、埼玉に住むとかそういう感じになると道とかいろいろ覚えないといけない。
それだけならまだ良いと思うのですが、知り合いもいないというのはしんどいハードルとなるような予感しかしない。
例えば、どこかの田舎で生まれ育った人が18歳で大学生になるという事で東京とかに引っ越して1人暮らしを始めたとします。
誰かとしゃべったりして友達になっていかないとずっとそのまま1人ぼっちになるとかはバカでもなければそう考える。
でも、田舎で自分の事を”ワシが” とか言っていたとします。
それまで18年間ずっとみんなも自分の事を”ワシ” とか言っていたのでそれが当たり前だと思っていたのに、東京で知り合った人に、「ワシは」 とか言った時に、相手が、「えっ?」 とか言うとそれまで方言だと気づかなかった言葉があると知ったりして、コミュニケーションの面で違和感を感じるというか、距離感を感じるとかあると思う。
アインシュタイン博士も、「人は10代までの経験を常識とそう言っているだけで環境が変われば常識も変わる」 と言っている。
例えば、福岡だと並ぶとかってない感じなのに対して東京だと並んだりするとかある。
福岡はバス王国だったりするので、博多駅前とかでも人が大勢いて、並ばない。
1つのバス停に3台とかまとめてバスがやってきて、その番号とかを見て、『あっ、俺が乗るバスは3台目だ』 とか見て、そっちにさっと移動して乗り降りする乗る側のドアの前に移動する。
そんな感じなので、バス停で人が並んでいない。
でも、東京だとエスカレーターでも、「左は普通のレーンで止まっている人用で、右が空けておきそこを急いでいる人が駆け足で移動する」 とかあったりする。
高校生まで福岡の実家で暮らしていて、大学で東京に引っ越した男友達とかの場合、都内の居酒屋で大人になってから食事をすると、「僕はねこっちではレンタカーを運転するとかあるけれど、あっちじゃ絶対に運転しない怖いし」 と実家に帰っても運転はしないと言ったりする。
福岡では運転が荒い事で有名だったりして、煽り運転で逮捕された人が福岡に住んでいたとかあったりする。
それ以外でもバスが日本一多いと言われているので車の運転では追い越すとかできないとマズい。
片側1車線道路を走っていて、住宅街で前に1台バスがあり、バス停がある感じで停まる。 対向車をさっと見て、「イケる」 みたいな感じだとさっとウィンカーを右に出して追い越す。
片側1車線だと前にバスが停止すると、「あいつイケそうなのになぜ行かないんだ?」 と後続車の運転者が見ていてイライラするとかあるので、バスをさっと追い越しができないと次第に運転しなくなっていくとかあったりする。
私三之橋の場合は、突発性難聴になり同じ病気をした事のある人からのアドバイスに、「音の静かなハイブリッドカーに乗るのはお勧め」 と言われ福岡トヨタにTバリュー認定中古車で30プリウスを即日買い付けに行った感じでした。
よく芸能人が突発性難聴になると活動休止の記者会見を開き、ワイドショーには専門医が出てきて、「治る人なんて2割もいませんし」 と言っている。
当時現行モデルは50プリウスだった。 それを新車で買っても良かったのですが、新車は納車待ちで時間がかかるとかある。
タイムアウトエラーのようになり、「もしもあの時中古車を買っていればこんなに耳の悪い人生ではなかったのだろうか?」 みたいなタラればな人生になってずっと後悔するのは嫌かなあ~ と考えた。
普段買わない中古車なので買うのも勇気が必要になるのですが、50プリウスの高年式車と30プリウスの高年式車で迷い、安全性から30プリウスの方を選んだとブログでも書いてある。
50プリウスはヘッドライトの真横にウィンカーがあり、太陽に向かって夏の夕方とか走っていると対向車とか歩行者がウィンカーが点いているとか見えづらくなるとかある。
30プリウスはヘッドライトの下にデカいウィンカーがあるじゃないですか。
例えば、福岡ではバスがバス停で停まり、それを右にウィンカーを点けてセンターラインを越えたりして、追い越すサインとしてすぐに左のウィンカーを点ける。 バスの運転者がドアミラーを見て、後ろの車が左にウィンカーを点けたのを確認した~ となるようにドアミラーに映るようにウィンカーを点けて追い越し前に廻り込む。
4トントラックが荷物を運んできて第1通行帯に停車しているとかもあるわけで、ドライバーさんは後方視界が見えづらいとか知っていると、ドアミラーに右、そして左と映るようにタイミングを合わせてサインを送っているので、うっかり走り出してぶつかるとか起きないじゃないですか。
追い越す際にはウィンカーはこのタイミングで点けるとか、誰かを人を送りに行って降ろす時にはこのタイミングで点けるとか、運転の荒い福岡出身の人だとディティールが細かい感じで、でも、他のエリアの出身の人だとそこまで考えずにやっているとか違いがある。
大学生になる頃、カー雑誌をコンビニで買うと、「男の子はハイソサエティーカーの高級車に乗らないと彼女が惨めになる」 とかそんな感じで高級車に乗れない人=残念な人という感じだった。
大学生になり知り合いもいないわけなので誰かをしゃべっていかないとずっと前に進めない。
入学式で学生用駐車場の方から入っていったのでそこに目立つ国産高級車の発売されたばかりの新車で来ていた子を目にする。
それでカー雑誌でトレンディな人と書いてあるような人かなあ~とか気になり、たまたま同じクラスの子だったので話をしてみた。
「俺はさー、4年後にはどこかの企業に入社していて営業車にでも乗っているつもりなので、その時に困らないようにこういう風に新車を買い通学で公道で実践練習を繰り返すようにしているだけで、これから先の人生を左右するのは車の運転で、何だお前そんな事も知らないで生きているのか~~~」 みたいに言われた。
まあ、大学の入学式の日に同じクラスという人同士が集まったスタート初日で話しかけてバカにされた~ という感じなので、人によってはもう4年間そこで同じクラスの人に話しかけるのはできないという人もいると思う。
私三之橋の場合は、カー雑誌で書いてあるエグゼクティブカーとかに乗っているような人でその車は自分で買ったりしたのか? それともたまたまお父さんやお兄さんが持っていて貸してもらって乗っているのか? そういうのが気になっただけ。
車の運転技術の重要性とかそういうのを質問したつもりではない。
カー雑誌で紹介されるトレンディな人を見たような気がしたので訊いてみたら、長い長い話をし始め、それは15歳とか高校生の頃にスタートしアルバイトをしてお金を貯めて、高校を卒業する前に自動車学校に行って普通自動車運転免許証を取得し、現金でポンと300万円とか出してかったという話で、その人の言いたい事というのは、今300万円投資した事で将来それが3,000万円くらいの価値を生み出すというような話に聞こえた。
言葉は悪い人に見えたのですが、言っている事の内容は凄い人で、15歳で働き特に勉強はせずに一発で現役合格できているので、周りの他の学生よりは賢い人に見えた。
その人と友達になりたいか? と訊かれれば、別に付き合いたいとは思わない感じで、ちょっと嫌な奴という感じだったのですが、その人の話はちゃんと聞けている。
それで翌日から同じクラスの子にヒアリング調査していった。
「ねえねえ、あそこにいるあの人が入学式の日にハイソカーで来ていたのは見た? あなたももう普通自動車運転免許証を持っていたり車も買って乗っていたりするの?」 と訊いて廻った。
誰かをしゃべって仲良くなる人とか探さないといけないのは誰でもわかるじゃないですか?
話すというのは、まずテーマを考え絞らないといけないじゃないですか?
「ねえ、あなたはどこの県出身で、こっちに来たの?」 とかいきなり知らない人に質問されても、田舎出身の人だとわざわざ答えたくないじゃないですか?
「ねえ、あなたのその着ている洋服って良いね~、どこで買ったの? それいくらくらいしたの?」 とか知らない人にいきなり訊かれても答えたくないとかあると思う。
最初に初めて出会った人で、たまたま同じ大学に通い同じクラスになったご縁で、そんなシュチュエーションでどういうテーマの話をすれば、その人が答えやすいかなあ~ というのをまず考えた感じ。
入学式の日にオリエンテーションで同じクラスの人が集まっていて、そこで質問してみたら、高級車の新車に乗っていた子の自慢大会みたいな感じで、「このくらい常識でしょ?」 とか言っていたのでみんなそれを見たりしているじゃないですか。
同じクラスの人から見れば、「あの三之橋という人は入学式の日にとっつきにくそうな子に話しかけてバカにされていた」 という感じでちょっと可哀そうな人に見えたりする。
メチャカッコいいとかそういうイメージだと話しかけられるとちょっと緊張とかするとあると思う。
自分も誰かと話しかけようとかしないといけないと考えていて、そこで入学式の日にもう実践して粉々に砕け散った感じで失敗したかのように見える三之橋さんという男性がいて、ちょっととっつきにくそうな人に見え、実際に初めて話しかけた三之橋をバカにしていたように見えるAさんという男性がいた場合、田舎から出てきて戦々恐々といった人が多いので、多くは三之橋という人と話すのに抵抗は感じないと思うのです。
何かを取り繕っているような人が大勢集まっている。
それは、チビッ子時代と違い、目の前のいる人が何を考えているのか? よく見えない仮面をかぶっている感じでうっかり話しかけるのはリスクがある。
でも、三之橋という人はクラスで1番とっつきにくそうな人に初日にいきなり話しかけ、バカにされる感じになって、そこで逆上して怒って喧嘩はしていない。
『田舎もので親に甘やかされて育ったのでわからないので良かったら教えてくださいよ~』 と言って話を続け、その子からアルバイトをしていたといろいろ話を引き出していた。
それは自分が話してもたぶんちょっと言葉が悪かったとしても喧嘩にならないような想像ができる人に見えたりするじゃないですか。
誰かにヒアリング調査して話すと、その人Bさんが、「俺は高校を卒業する前に自動車学校に通い普通自動車運転免許証を取得した。 田舎だと土地勘もあるわけでそこだと仮免取っても精神的に楽で、わざわざこっちで自動車学校に行くと土地勘もないし交通量も多いので不利じゃない。 後は18歳は車を買うのに親の同意書が必要だし、新車を買うと自動車保険21歳未満割り増し年齢で加算され新規6等級での契約で高くなるので中古車にして、お父さん名義でローンを組んで買った。 何かあると車の所有者に連絡がいくのでお父さんも安心できる。 後はお父さんが助手席に乗ってバック駐車とか運転を指導くれ、”〇〇、お前ももう大学生なので車くらいきちんと運転できないと笑われるぞ” と練習もしてきた」 とか話すじゃないですか。
そのBさんが話すのを周りで聞いていた人は、「あっ、あのBさんは俺と境遇が似ている」 と思ったりする。
三之橋という人が誰かにヒアリング調査しているのを周りにいた事で聞いてしまうと、自分が三之橋という人に訊かれた時に、「みんなこういう話をしていた」 とか展開が予想できるので話すのは楽にできたりする。
そうすると講義が終わった時とかに、「これから俺の家に遊ぶに来る?」 とか誘われて、その子の下宿している家とか、その子の住んでいるアパートとかに行く事になる。
”友達の定義は、いつも昼飯とかを一緒に食べるとか、相手の家に遊びに行く関係” とか言ったりするじゃないですか。
ちょうど午前中の講義が終わって昼休みとかだと、「コンビニで弁当買うでしょ? こっち」 とかコンビニに寄って弁当を買ったりしてその子のアパートとかに行って食べる。
それはその子の家に上がり込み、ごはんも一緒に食べた事になるのでクラスメイトから友達に変わったと認知しても良いのかもしれないじゃないですか。
距離感は一気に詰めておいた方が良い。
そんな感じで知り合った子のアパートとかで弁当とかサンドイッチとか食べて話していくと、みんな大学のそばに住んでいて驚く。
下宿という普通の家に住んでいる人が大学に近いという事で下宿を経営しているおばちゃんとかおばあさんがいたりして、下宿で入る前に照会されたりする。
下宿に住んでいる人は、大学に斡旋してもらい、その下宿に入ればそこに同じ時期に引っ越してきた同じ学年の人や、1つ上の先輩が住んでいて、友達ができないよりはいた方が良いと考え、下宿に1年生と2年生の間は住むつもりとか言う。
下宿にもいろいろあって、食事付きコースもあるような学生寮みたいなところもある。
生まれて初めて1人暮らしをして体を壊すという人は少なくないので、最初に大学生になった時にそこまで気が廻らないと考えてそういう風にしたと話す子もいた。
アパートに住んでいる人もとりあえず土地勘がないので朝寝坊すると歩いて行ける距離の方が良いし、電車を乗り継ぎするとかそういうところまで神経を使う余裕がないと言ったりしていた。
後は、大学そばのアパートや賃貸マンションに住んでおけば、同じ大学で知り合った人に、「俺の家に来る?」 と誘って距離間を一気に縮められるとか考えていたりするので戦略の1つでしょうか。
大学で誰かと知り合い、『俺の家の遊ぶに来る? 電車に乗って60分くらいなので』 とか誘われると行きづらいじゃないですか?
土地勘がないし、親からの仕送りも潤沢にあるとかでなかったりして、交通費がいくらかかるとか想像もできないと、「今回はパス」 と言って距離感は縮まらない。
大学生が卒業して会社員になるというシュチュエーションでも内定をもらった会社のそばの歩いて行ける距離に住む人がいたりするのですが、たぶんそれもその人の戦略の1つに過ぎないと思う。
同期入社の人とか誰かと知り合い、そばに住んでいると言われると寄るのは楽だったりするので敷居が低くなるじゃないですか。
大学で誰かとしゃべり、遊びに行くと本棚に、”友達の作り方” とかの書籍が大抵あってそれも驚く。
大人になる18歳くらいの年齢だと友達を作るのは難しくなるので、「みんないろいろと考えているなあ~」 みたいな人の話を聞いて驚くことばかりだったりした。
ちなみに私三之橋の場合は、そういう事前に準備とかしない派という感じです。
大学生になり同じクラスの人としゃべってみて、そこでその人が田舎で運転免許証を取得した方が楽で、とか言ったりしているのはよくあった。
個人的に思うのは、『何でわざわざそういうチョイスをするのかなあ~』 と思ったりした。
たしかに田舎は交通量が少ないとかあるので、走るのは楽だと思う。
でも、最初にそれをやってしまった事により、より都会に引っ越してそこでは交通量がさらに多いのに加え、土地勘がないという道がわからないので走るのは難しくなると思うのです。
田舎で運転免許証を取得し、仮免で田舎道を走って楽に免許証を取得し、車をお父さん名義のローンで組んで買い、田舎で走ってみて、お父さんが、「とりあえずOK」 とか言ったりする。
でも、より都会に引っ越して車も持ってきて、月極駐車場を借りて保管しても、まず大学そばに住んでいる事で通学では乗れないし、土地勘がないとかで1人で運転はできなかったりする。
昔はカーナビとかない時代で、自分の住んでいるアパート周辺をちょっと走ってみて、交差点とかの標識を見て適当にというか、直感で走ってみてとんでもない所に出てしまうとかある。
迷子になるとかもある。
自分で最初に住宅街の路地とかに入り、次第にどんどん道幅の幅員が狭くなっていくとかある。
「引き返そう」 みたいに踵を返そうとした時に後続車があるのでそれができないとか起こる。
車が2台離合するのがギリギリ、みたいな狭くなったところで左端を家のブロック塀に当たらない程度まで寄せないと離合できず、左に寄せる事ができないと、対向車の運転者に、「こんな狭い道を走れないなら最初から入って来るな~」 と激高されたりする。
人によって1度そういう経験でもすれば怖くて表通りのデカい幹線道路しか運転できないとかになったりすると思う。
車の運転が不慣れ、しかも大学生だとMT車に乗っていたりしてクラッチ操作とかも難しかったりする。 そこに道がわからないという、自分で地図本を見てチャチャっとドライブルートプランを組み立てて走る場合でも自分の車がどの位置にあるとか現在地の把握もしたりしておかないといけないわけで、記憶力が悪いとたぶん脳に負荷がかかりまくり運転しなくなる。
後は彼女とかガールフレンドが、「ねえ今度の週末に新しくできたあのテーマパークに一緒に行こうよ~」とか言われると、本音としては行きたくないと思うと思う。
ただでさえ毎日暇じゃなくて、やらないといけない事があってどれも不慣れというか、よくわからないでやっているのに、休みの日に土地勘もないところにある県外まで行って走るとかって、何かを配達するようなアルバイトならまだ良いと思うのですが、デートみたいなものだと彼女とかが、「今日はメチャ楽しかったね~」 となるように仕上げるというか調整をしないといけない。
そもそも彼女とかガールフレンドがいなければそういう苦労は減ると思うのですが、彼女ができたりするとさらにペースアップするようなよりしんどさが増える感じになる。
女性って、ドライブとかで走っていると、「ねえ、あとどのくらいで着くの?」 とか言う。
『知らねえよ~、俺も初めてきた道でそれがわかれば苦労しないだろ~』 みたいに運転して思ってしまう感じ。
たぶん子供の頃にお父さんが運転して国内の温泉旅行とかに行ったりして、子供がわからないので訊くと車の運転をして10年以上経過しているようなお父さんだから答えられるのだと思うし、その習慣が大人になっても自分で考えないのだと思うのです。
後は、「ねえこれって道を間違えたんじゃない?」 と迷わせるような事も言ったりする。
男性はカーナビに表示されているような現在地はここかな? みたいな感じで自分の走っている位置が、自分でチャチャっと組み立てたドライブルートプランの中の進捗具合がこの辺かなあ~ みたいなイメージで脳が追っていると思う。
「車の運転は道とか知らなくてもカーナビに目的地をセットすれば走れるでしょ?」 みたいに言ったりする人がいるのですが、カーナビがあるかどうかはどうでも良い話なのです。
自分の頭の中で、彼女とかガールフレンドとか男友達が、「あそこに行きたい」 と言っても苦票を言うじゃないですか。
その目標がどういう道をどう走れば上手くいくのだろうか? という部分を考える事が重要なのです。
どこか県外にあるテーマパークに行くというのがその日のメインであれば、お昼のランチはどの辺でどんなお店で食べるとか、どこで休憩するとかそういうのも考えないといけない。
往きは時短で高速道路を走らないと目的地に到着する時間が遅くなる。
「私は免許取ったばかりで不慣れで、さすがに高速道路は走れない」 とか当たり前の事を言う人がいるのですが、それは関係ない。
スピードが100km/hで巡行していたとします。
頭の中でちょっと考えてみて、「このまま100km/hで走っていると目的地に着くのが遅くなるので、ここは120km/hペースにペースアップしないとマズいんじゃないか」 と目的が上手くいくように調整するしかないのです。
そうすると、最初に、『俺は運転免許を取得したばかりで初めて高速道路に乗るので、まずは不慣れで事故を起こさないようにしよう』 とか当たり前にそう考えている。
でも、デートとかのシュチュエーションでは、あまりまともに考えすぎると目的が上手くいかなくなり、目的地に15時に到着し、少し遊んだらもう帰らないといけないとなったりするじゃないですか。
そうすると、自分が初心者なので、とは言ってられなくなる感じで、飛ばすしかなくなる。
彼女とかガールフレンドがいて、「ねえ、県外のあの新しくできたテーマパークに一緒に行こうよ」 とか言われ、その目標が上手くいくように考えると、まいていくしかなくなるとかあるので、自分をそれに合わせるしかなくなる。
やるしかないというひっ迫感のようなものから車の運転免許証を取得したばかりの素人であっても、ハイスピードで飛ばすとかしないといけなくなり、必要に迫られ運転が一気に上手くなっていく感じとかあるのです。
田舎で運転免許証を取得した方が楽で、田舎を走る方が実践練習でも楽で、みたいにやった人がいて、いざ都会とかに行って、自分の運転の技術はまだ素人レベルで、みたいに考えるとそこから好転させて上手くなるとかは難しいと思うのです。
最初に道が何となくわかるという地元とかを走ると余裕があり、でも、都会に出て同じ運転をすると、道がわからないとかの部分で考えるとかが増えるので、それまで上手くできたつもりでいた運転がどうもうまくいかなくなるとかがある感じ。
でも、そういう風に準備しない人だと、全部1度にやるしかないので、スタートが異常に敷居高いものとなる感じで、それがその人の中でグローバルスタンダードになる感じ。
現在の自分を客観的に見て、「失敗したくはないなあ」 とそこからスキームを組み立てると、それは失敗しなくても成功とまではいかないスキームに過ぎないと思う。
私三之橋の場合は、自分を客観的に見てとかではなくて相手に合わせるとかになるので、彼女が、「ねえ、今度新しくできたテーマパークの〇〇〇〇〇に一緒に行こうよ~」 と言われたりすると、行きたくないと思うのですが行かないわけにもいかない。
それで地図の見方とかもわからないのに練習すらしないで、当日ぶっつけ本番で直感でやってしまう感じ。
あくまでも彼女が、”あそこに行こうよ” と言った意味はそこにとりあえず到着できれば良いというものではなくて、あそこで遊んだら楽しいはずという期待だと思うので、一気にそこを目標にたやってしまう。
彼女がその1回目が怖いくらいスムーズに走れてとても初心者マークを貼った彼氏の運転とは思えないという感じ、「これは楽しすぎるわ~」 と感じると、また同じように、「じゃあ次はあそこに行こうよ」 と言ってしまう。
そうすると、1回目でぶっつけ本番でやってなんとかできたので、同じようなやり方で今回もイケそうな気がすると思ってやってしまう。
そんな感じで、”負のスパイラル” という状態に陥るので、繰り返すのです。
最初はもう何が何だかよくわからないでやっていて、家に帰ったらバタンキューという感じであっという間に翌朝になって目が覚めて、大学に行く車の運転でもしているとしんどい。
”次は彼女が何か言ったら上手く断ろう” と思ったりする。
脳に負荷がかかりまくる感じで、たまに頭がボ~っとするような感じもあるくらい疲れる。
ただ、そんな脳に負荷がかかりまくるスタートでも何度かやっていると、次第に何かがわかってくるようなものがあり、慣れてくる。
彼女は、友達が行ったという秘境の温泉があって行きたいとか言って、いざ行ってみたら、秘境というより誰も他の車も走っていなくて遭難したじゃないか~ みたいに陥る。
例えば、「人は誰もが同じように見えるが、1番決定的な差が出るのは緊急事態の時である」 と言われていたりする。
どこかの上場企業にでも入社すると、普通の社員は緊急事態が起きると思考停止して行動ができなくなるので、緊急事態に強い社員を雇っていたりする。
彼女とかガールフレンドがノープランな人だと、それに合わせていると毎週緊急事態みたいなものじゃないですか。
自分で何とかしないと家にも帰れない。
そんな感じで繰り返すと何か上達していくと思うのです。
私三之橋の場合は、大学を卒業して新社会人デビューした会社で会社員1年生になり、仕事とかも振られるからとりあえずやったというだけ。
ある時、上司がシステム部部長と話していて、システム部の部長が、「三之橋君ちょっと来て」 と呼ばれた。
どうもシステム部の最高責任者の部長に上司がシステムを作り直してそれを銀行のメガバンクに審査を受けて、メインバンクを乗り換えるという話をしたら、システム部の部長は定年までもう10年もないのにわざわざそんな仕事はしたくないみたいだった。
誰でもそうだと思うのですが、システムを作るのと、システムを作ってメガバンクで審査を受けてメインバンクを乗り換えるというプロジェクトだと審査結果がダメな場合、その人がいる限りもう審査が無理となり要らない人になるので、嫌だと思うのです。
誰でもシステム部の部長がもう嫌がっていると見てわかるのですが、そこから想像もできない言葉が飛び出す。
「三之橋君、どう? このくらいは君でも作れるでしょ?」 と。
当時40年くらいずっと働いていたお局様界大ボスが退職してその仕事はルーキーの三之橋が引き継ぐ事になった。 さすがになかなか定年退職で辞めないでいたような人なのでその仕事は難易度が高いと思うので、私三之橋が考えてもシステム設計はもう無理と思ったので、『ゲッ』 と思った。
ただ、システム部の部長の隣に座ったので斜め前の上司の顔が一瞬怒りの表情に見えたので、『わかりました~』 と言った。
上司が、「三之橋君はもう余裕ないと思うのでプログラマーを1人雇うので指示をしてね」 と上司が言って終わった。
職位が上司の方が上で、ただ年齢はシステム部の部長の方が上なので上司の業務命令をシステム部の部長が断った事で上司は頭にきたという風に見えた。
それでルーキーなのにまた部下が増えてしまう、それでシステムの設計をして銀行審査に通過して、メインバンクが変わり会社が大金を手にした事でルーキーの三之橋は仕事ができる人だったんだと周囲の見る目も変わった感じ。
私三之橋の場合、そもそもどういう面で評価されているのか? という部分で、遂行機能だと思うのです。
専門用語で言うと、”遂行(すいこう)機能” と呼ばれる感じ。
例えば、会社員になり初めて会った上司を見て、その人とどういう風にすれば仲良くできるとかを自分で考え行動する力。
上司が仕事用の高級車のキーを渡した時に銀行周りをして銀行のお客様駐車場が満車で置く場所がない時に、隣の月極駐車場が目に着き、「あそこに無断駐車するとさすがに違法行為でパトカー呼ばれると面倒になるので公道のここに置いていくかと路上駐車するとか。
何かの目標を与えられた時に、どうすればその目標に到達できるのか? とか目に見えない行動プランを自分で組み立てて実践するような人。
私三之橋の場合、チャラい感じで仕事とかいかにもできなさそうに見えるらしい。
それで仕事をさせるとその仕事ぶりなどで、「あの三之橋は遂行機能が吐出している」 みたいな評価になる感じ。
例えば、会社があの人と会えとかの業務命令を出して会う事になる。
事前に伝えられないので前日の夜にでも教えてもらえれば良い方だったりするし、当日朝言われるとかあるので、事前に練習するとかもできない。
会社が監査法人と会えと言って、会った時にアドリブでしゃべっただけなのにオブザーバーの人が、「さすが三之橋だ、話がうまい。 一気に合わせていた」 とか何かそう思うらしい。
初めて会った人の思考パターンをどう読んだのか? とか詳しくはわからないけれど、合わせたとかわかるらしい。
やったこともないシステムの設計とかをやらせた場合、システムの設計とかを専門にそれだけやっている人よりも、他の仕事も並行してやっている私三之橋の方がクオリティが高いと評価される感じ。
「その遂行機能がずば抜けているのはどうやって習得したのですか?」 と真顔で質問する人も少なくない。
訊かれるから答えないといけなくなるのですが、私三之橋は、大学の入学式で会った高級車に乗っていた子が言っていた話を信じてやっているだけで、車の運転をした事でそうなっただけだと思うのです。
人は振り返ってみた時に、幼稚園生時代から家が近いという事で男友達ができて、お金持ちの子、会社員の子、自営業の子、病気がちな子、貧乏な子とかさまざまな家庭環境の子供と一緒に遊んだり学校で一緒に過ごしたりする。
それが高校生とかになると家が近いとかではなくて、気の合うという感じでスーパー特待生の子と一緒に遊んだりする。
18歳の高校を卒業した頃にアローンスタートという1人ぼっちになるというリセットするような潮目の大きく変わるようなものがあったりして、「どうせリセットするのであれば、付き合う人を考えるか」 みたいに考えると思う。
例えば、高校生の頃に1年生から3年生まで中学生で引きこもりになった子の家に遊びに行き、変わらない友達を見たりする。
普段高校に行っている自分が、引きこもりの子の家に遊びに行き、どこか心配しているところがあると思うのですが、引きこもりの子は何も前に進めていない。
それと一緒ではないか? と思ったりする。
スーパー特待生の子が、「俺はお前とは一生付き合っても良いやつだと考えている。 これからの時代はコンピュータの時代だと思うので俺と一緒にコンピュータの専門学校に行かないか」 とか誘ってくれて、将来の事とか考えるのが苦手だったりする私三之橋にはどこかありがたい存在だったりした。
そんな感じでいつも一緒にいる男友達がしっかりしているような人であるわけで、それに付き合っている自分はどこか無気力で将来の事とか何も考えずにダラダラ生きているような感じだったりした。
大学生になれたという事で、一気にアローンスタートになるという事になり、それまで一緒だった人がいなくなり1人ぼっちになってしまった事で何か少しだけこのままではいけないというのを悟ったような感じだろうか。
大学生になりとりあえず入学式のスタートから誰かと話していくという事をしないと毎日1人ぼっちのままになるという事くらいはわかるので、話しかけてみて、車の運転がどうとか言われて、とりあえずみんながその運転を真剣にやっているような事がわかった。
それでまず運転をしていくか~ という感じになって同じクラスの子にヒアリング調査して話しかけていくという、たぶんそれまでの学生時代にはなかった行動に出た。
わかるのは、それまでのチビッ子時代からやり方とかは通じないような潮目が大きく変わるという事くらいで、やり方も変えていた感じ。
まずはリサーチで、周りの子がどういう風にしているのか? 何を考えているのか? みたいなものを調査していった感じ。
そこで大学生では男友達をまず作る作戦で下宿にしたとか、大学に斡旋してもらい大学そばにあるアパートや賃貸マンションに引っ越してきたとかそういうその人なりの考えた行動を直接その人の住む部屋とかで話してくれて、『へえ~、18歳という年齢はみんなもうそういう事を考えて行動しているのか~』 という驚きの連続だった。
本棚に、”友達の作り方” とか書籍が置いてあって、それを見た時も驚いた。
1人だけだとたまたまその人だけかと思うのですが、何人かの知り合った子の家に行くとみんなが読んでいる感じで、『えっ、何でわざわざ書籍とかを買って読んだりするのだろうか?』 と驚くというか、戸惑う。
自分の周りの人が、同じ年齢なのにどこかしっかりしている人に見えて、戸惑う感じ。
その人の行動を真似るべきか、それとも自分の直感で行くかという戸惑い。
田舎で普通自動車運転免許証を取得して、田舎で車を買ってまず公道を実践練習で走ってみて、それは交通量が少ないとか空いているとか、土地勘も少しはあるとかで走りやすいでしょ? みたいに言ったりする。
たしかにそれはぱっと見もっともらしい話に見えてしまうのですが、中身がない、というかあまり意味がないようにも見えてしまう。
例えば、鹿児島で生まれ育った人が鹿児島の自動車学校に通い、仮免を取って鹿児島の町を運転して普通自動車運転免許証を取得して、中古で普通車サイズの中古車を買って1人で運転してみても、「初心者の僕でも簡単にできた~」 となると思う。
でも、東京の大学に通うという人だと、その東京に引っ越したりして1人暮らしをしてそれも不慣れだったりするのに東京の自動車学校に通い普通自動車運転免許証を取得して、その東京で普通車サイズの中古車を買い、土地勘のないのに1人で走るという事になる人がいると思う。
①私は田舎で生まれ育ったのでその田舎で免許を取得して、田舎で走ってとりあえず走れるようにして引っ越し先にお父さん名義でローンで買った普通車サイズの中古車を持っていく。
②私は田舎で生まれ育ったけれど、大学で東京に引っ越して、そこで自動車学校に通い普通自動車運転免許証を取得して、普通車サイズの中古車を買い、土地勘もない道もわからないけれど運転してみる。
やり方として、①と②はどっちが楽か? と訊かれれば①の田舎が簡単に思えるじゃないですか。
でも、成果としてより技術的に高い何かを得られるのは、たぶん②ではないかと思うのです。
2月とか冬の時期に自動車学校に通い免許を取得して3月とかに車を普通車サイズの中古車を買い田舎の道のわかる所を走ってみて、「こんな僕でも車の運転はできちゃった~」 となる。
その後東京とかに引っ越して、生まれて初めての1人暮らしとかをしてみて、その1人暮らしに慣れるという事に専念したりして、例えば半年たった頃の9月とかに、「さあ、1人暮らしとか大学生の暮らしにも慣れたのでそろそろ都内を1人で走ってみるか~」 とか考えた時に、1度1人で運転してみて、道がよくわからないというのを目の当たりにして、「うわっ、これは想定したよりも難しいぞ」 となったりしないだろうか。
わざわざ2段階にすると1段目はとても簡単に見えて、その運転を繰り返すと手続き記憶で覚えてしまい、2段目に移行した時に急に難しさを感じたりしないだろうか? と思うのです。
どうせ運転をしないといけないのであれば、東京で自動車学校に通い、土地勘もない所を仮免で走り免許証を取得し、普通車サイズの中古車を買い、土地勘もない道もわからないまま乗ってみた方が難易度が高い分、1日でもやれば、その1日が終わった後に、『やれやれだぜ、道がわからないので適当に走ったらとんでもない所に行ってしまい迷子になったけれども、何とかそれも自分で抜け出す事ができたので、運転は難しいと思うけれど、1日がこうやって終わったので、これを繰り返していけば何とかできるようになるんじゃないかなあ~』 とか思うと思うのです。
あなたはこの理屈とかわかりますか?
田舎で生まれ育ってそこで自動車学校に通い普通自動車運転免許証を取得して、その地元を1人で運転してみてスーパーとか買い物に行く。
その部分って自動車学校で教えている技術の中身の操作ができるか? という部分なのであまり価値がないと思うのです。
自動車学校では教えてくれないようなどうやって彼女を見つけたりして、その彼女とかを乗せて土地勘もない道路を地図の本からどういう道を走るとか自分でドライブルートプランを組み立ててみて、その組み立てたものを自分で進捗具合を管理したり調整や修正をしたり、道がわからないところで知らない人に援軍を求める感じで道を教えてもらい、目的地に到着するとか、そういう部分が価値が高いと思うのです。
わざわざ2段階みたいに分けてしまう。
それってたぶん小学生3年生の子供が見ても、1段階目は田舎でもおばちゃんとかおばあさんがやっているレベルで、2段階目が急にハードルが高くなるようなもので、その2段階目で都会とかで難しく感じてしまい、「俺はとりあえず1段階はクリアできているのでまあ良いか」 みたいに諦めやすくなると思うのです。
つまりやり方が結果を左右しているだけだと思う。
人は18歳で就職する為に高校を卒業して都会とかに出て1人暮らしを始めるとかアローンスタートを経験する。
1人ぼっちになると、それまでお母さんが毎日料理を作ってくれていた事がありがたかった事だと感じたり、毎日洗濯や掃除をしてくれていた事がありがたい事だったなあ~ と思ったり、それまで付き合ってくれた男友達と別れて静かになったりして、何かそれまで当たり前だと思っていた事を全部自分でやらないといけなくなるような忙しさとなる。
人によっては、「俺は洗濯だけは苦手でよくやろうと思って忘れてしまい、溜まってしまうので下着のTシャツとかパンツをドンドン買う事になってしまった」 とか苦手なものを発見したりする。
洗濯であったり、料理であったり食器洗いであったり掃除であったり、やる事が家事という部分でも増える。
それまで当たり前のように男友達がいたという部分で、人によっては新しく誰かと友達になるのは難しいと感じたりする。
それ以外でも18歳で車の運転免許を取得して中古車を買い公道で実践練習で運転してみるとかもしないといけないし車を買えば洗車もやらないといけない。
家事のような作業が増える事であったり、大学でコンピュータの操作とかも覚えないといけないし、車の運転も覚えないといけないし、いろいろやらないといけない事が急増してしまう。
大学生で言えば、1年生のスタートした年にいろいろやらないといけない事とか慣れないといけない事が増えてしまう感じで最初にしんどいという感じになる。
そんな感じで友達とかがすべてリセットされるという部分では、私三之橋の場合で言えば、それまで出来ている才能がある賢い人という感じのスーパー特待生に付き合ってもらいどこか楽ちんだった。
春休みとかに旅行に行くというシュチュエーションでは、電車の時刻表を調べてくれ、「俺がこの日の早朝の〇時〇〇分に三之橋の家のJRの〇〇駅に到着する電車の〇両目に乗っているのでそれに乗って合流してくれ」 とか言われ、すべて友達が段取りしてくれたりしていた。
でも、そんな感じで相棒が優秀であればある程頼ってしまい、それで認知症みたいに崩れていくというパターンが多いと思ったりしたので、リセットした時に、自分が見て頼りになる人と付き合うと自分の人生が悪化するので、だらしないような人にしよう~ と反転させてしまっている、
彼女とかガールフレンドが、「ねえ、今度の日曜日にあの新しくできたテーマパークの〇〇〇〇〇に一緒に行こうよ~」 とか言われた時に、休みでクタクタなので早朝から洗車して彼女の家に迎えに行き、地図本を出して、「えっと、今いるのはここで、県道〇〇号線を走って、交差点の〇〇〇〇で右折して国道〇〇号線に入って、」 みたいにドライブルートプランをチャチャっと組み立てて自分で運転して、みたいにやっていたのですが、それまでは友達とどこかに行く時でもそういうのはやらない人だった感じ。
私三之橋は根がグ~たらな人で、でも友達が優秀で才能があるので、「これからはコンピュータの時代なので、2人で同じコンピュータの専門学校に行かないか、試験とかもないので願書出せば合格するし」 とかそういう進路まで考えてくれた。
でもね、そんな風に誰かを頼りにするから自分がドンドンダメになっていくという人がいるじゃないですか。
借金をして、散財しても親が仕方ないと支払ってくれると、あれだけ金を出してもらったのにまた繰り返すとかあるじゃないですか。
理屈で言えば、誰か頼りになる人がそばにいる程、自分がダメになっていくという感じ。
逆に言えば、1人ぼっちになった時にそれまでのやり方を反転させてしまう。
誰か頼りになる人がそばにいないと自分で自分の車を洗車して、彼女の家とかに行くしかない。
彼女が運転しないと、それは自分でやるしかない。 というか、彼女とかガールフレンドは運転免許も持っていない。
全部1人でやらないと誰もやってくれないので、とにかく1年目はクタクタになって仕方がない感じで疲れる。
でも、最初にハードに感じた場合でも次第にそれが当たり前の暮らしみたいになっていき、どこか慣れてくる。
大学生に何となくなれたという感じで、大学生はどういうものか? もわからないままなったので、まずは入学式から話しかけていき知り合った子のアパートとか賃貸マンションの住んでいる部屋に行き、そこで何か自分と比べるとみんなずっと大人という感じだった。
土地勘のない誰も知り合いにいないアローンスタートとなった時に、もうこの18歳という年齢では友達を作るのが大変だと考え、下宿に住むとか、大学に斡旋してもらい大学そばにあるアパートに住むとかの戦略を取っていた子ばかりみたいな感じ。
たしかに土地勘もない所に行きそこで1人暮らしを始めるとか、今までの人生に無かった事をたくさん経験しないといけなくなるというのはちょっと考えれば誰にでもわかる話だったりすると思う。
大学のそばに住み、歩いて行ける距離だと毎日通学する過程で自分と似た境遇の子を見つける事ができ、そこで友達になろう? と言うか、声かけして仲良くなれば相手も友達が1人みつかって良かったという事になり、Win&Winの関係となるじゃないですか。
大学の講義に出て、同じクラスの三之橋という同じ男の子に話しかけられてしゃべってみて、「この後暇ならうちに来る?」 と自分の部屋に連れ込むというのはアリかナシかで言えばアリだと思う。
どこかの小洒落た喫茶店とかに入ってそこで話すよりも、「俺の家はすぐ近くなので来る?」 と誘った方が誘われた人はその人の住んでいる部屋を見る事になり、なんとなく「こんな人かなあ~」 というイメージがしやすくなり、誘った方はホームグランドになるので緊張する事があっても外に出てのアウェイ戦をやるよりは少し楽になる。
そういうやり方だと数をこなせそうじゃないですか。
たまたま同じクラスの子とかいたりすると家がそばにある方が誘いやすい。 全然知らない人に話をしてみて、「俺の家はここから電車で乗り継いで1時間くらいかかるけれど来る?」 とか言われると往きは一緒でまだ良いですが、帰りは1人となったりするし、お金も結構かかるとかあるので行きづらい。
ただそういうやり方もある一方、みんながそのやり方をしているわけでもない。
私三之橋の場合だと大学そばとかに住まない派だったりするので電車で行く。
電車というのはバスでもそうですが、いつもそこで会う人とかに気づいてしまうじゃないですか。
大学の入学式とかに電車で向かい、帰りでも、「あれれ、あの人朝も見た気がするし、たしか同じクラスでさっきも見たような気がするので、自分が電車に乗った駅からずっと同じような人かなあ~、と気づくとかある。
それで、ある日、『同じクラスの人だよね?』 という話をして、電車に2人で座って話して退屈な通学から変化する。
それまで電車に乗って1人ぼっちという感じで座って景色でもボ~っと眺めて電車から降りてバスに乗って大学そばで降りて歩くという感じから1週間もしないうちに大きく変わって通学中に話す人ができた感じ。
大学に行っていない人もいると思うのでわかりづらいと思うので書いておきますと、高校生までの学生時代は1つのクラスになり、同じクラスの子と朝から夕方まで過ごすという風な仕組みで、さすがにそれで友達もできない人はいないでしょ? みたいになっている。
でも、大学の場合は同じクラスという講義があったりして、専攻がフランス語だとそのフラン後を選択した人の中からクラスを編成し、そのクラスでフランス語の講義を受けるとかある。
たまたまそういう講義を同じクラスで受けるという事がちょっとだけあるので、そこで「同じクラスの人だよね?」 とかちょっと強引にご縁があるという部分から友達とかを自分でみつけていかないといけない。
その人と趣味が同じだから、とか、その人と話がメチャ合うので、とか、そういう感じではなくて同じクラスなのでとりあえず仲良くしませんか~ みたいな感じ。
入学式で国産某高級セダンのハイソカーに乗っていた子がいて、もう車で大学に通っていた。 そこからもうみんな普通自動車運転免許証を取得して、普通車サイズの中古車を買って乗っていたりした。
その電車で一緒になる男友達に話してみて、まだ免許もないし車を買ってもいないという話になり共通点は見つかった感じ。
そこからだったら一緒に自動車学校に通わないか? みたいな話になって免許を取ったら、「一緒に車で行かないか? どうせ運転はやらないといけないし」 となっていった感じでずっと一緒に行動する相棒みたいになった感じ。
高校を卒業して就職で東京とかに出て、そういうアローンスタートだと同じ会社の子と友達になるというパターンがあると思うのですが、オア互いがアローンスタートしていてたぶん友達が1人でもいた方が良いよね~ みたいな境遇の人同士が仲良くなる感じ。
大学生になり、そこが元々その人の地元で、大学にも高校生の時から中学生の時から一緒の子がいるという人もいる。
地元の子だと、地元の子同士遊ぶとかあるし、そもそもアローンスタートをしていないという違いがある。
よく土地勘もない所に引っ越して誰も知り合いもいないアローンスタートになり新しい生活が始まるというのはちょっと怖いという不安しかなかったりするので、「俺には絶対に無理」 みたいな人がいるじゃないですか。
それで、「大人になってアローンスタートをしないと何がどうダメなのか?」 という質問をする人がいる。
たぶんね、人は18歳とかでアローンスタートをするという事で大学生になったりすると、それまで考えなかった事とかを考えるようになるのだと思うのです。
例えば実家で暮らし幼稚園生時代から何となく家が近いとかで男友達ができて、高校生までそんな感じだったとします。
それはなんとなく自分では、「俺は友達ができたりしていたので、コミュニケーションスキルとか問題ない人だと思う」 とか思ったりすると思う。
いざアローンスタートをしてみた時に、人によって同じ大学生同士で仲良くなるというのができない人もいたりして、そこで自分では気づかなったものに気づくとかあるのです。
例えば、私三之橋の場合ですと大学の入学式に向かう電車で1人でちょっとだけ誰かとまず話すという事をしないとずっとこのまま1人で過ごす事になるわけで、時間との闘いかと考えた。
入学式の日に国産某高級車に乗っていた子が目立っていて、どこか自信あふれるような顔をしていたのでとっつきにくそうな感じがあったけれどそんな高級車は自分の車なのか? みたいに訊いてみた。
「俺はさー、4年後にはどこかの企業で営業車にでも乗っているつもりなので、その時に困らないように今こういう風に大学の通学で乗って実践練習しているだけで、何だお前そんな事も知らないで生きているのか~」 と言われた。
それって相手から見れば自信のある話なので、怒って喧嘩しても仕方ないので、『それでその話をもっと聞かせてよ~』 みたいに長い話をしてもらっている。
同じクラスの人が集まり話すような自由時間があり、暇なのでその人の独演会となった感じで、「良いかお前ら男性は高級車に乗らないと彼女もできないぞ~、俺は高校生時代にこういうバイトをしてお金を貯めて高級車の新車を買った」 と語ってくれるのでみんなそれを聞いていた。
そういう風な1日目だと、2日目は同じクラスの講義とかの際に、『ねえ、昨日のあの人はどう思った?』 と話題を投げるだけ済むので会話は外さないじゃないですか?
例えば、隣の人とかにいきなり話しかけて、『ねえ、昨日こういうテレビをやっていたけれど観なかった?』 と話しかける。 相手が、「昨日はバイトがあったのでテレビは観ていなくて」 と言われたら終わりじゃないですか。
質問をした人が暇な人で、質問された人はアルバイトとかをしていて暇ではない人という区別のラインが鮮明になる。
でも、入学式の日にわざわざ休む人ってまずいないので、同じクラスだというだけで、その人は来ていたと仮説が成り立つので、その話題を振ってしまえば、相手は答えてくれるので、会話が弾むと考えられる。
どういうテーマで話しかけるのか? という事でそこは考えて話した方が良いと思う。
最初に話した高級車に乗っていた子が300万円の車をポンと買ってもそれが後になって3,000万円とかの価値になって返ってくるような、その先の人生を左右するファクターと話していたので、大学生だとそのテーマは興味あると考えられるじゃないですか。
そんな感じで大学生の入学式という初日に誰かをまず話さないといけないなあ~ と思って、実際に話かけて、そのネタで翌日からも引っ張っている感じで同じクラスの子と話したりして、大学で1人ぼっちで誰とも話さない日とかがなかった感じ。
それまで一緒に高校生時代を一緒に過ごした男友達と離れ離れになった事で、どちらかと言えば私三之橋の方が別れた事でマイナスになっていると考えられたので、そのまま転落する可能性は高かったと思う。
でも、いざ1人になった時のアローンスタートでは、意外と初日から誰かと話したり電車で一緒の子と一緒に座って行くとか好転し続けた感じだったのです。
逆に高校時代に一緒だった男友達は、私三之橋と別れた事で一気に躓いた感じだったようでした。
その人がアローンスタートをした時にどういう結果になるのか? というのはやってみないとわからないのです。
大学で仲良くなる人ができないという結果もあれば、アルバイト先で人に溶け込めないとか仕事を覚えられないとかもある。
車の運転でもそうですが、自動車学校を卒業してから自分で訓練方法とかを思いつかない人もいるし、自己学習で上手くなる人もいる。
その大学生生活の4年間の実績を振り返って、「じゃあ、卒業して未知の会社員の世界に飛び込んでもイケそうな気がする」 と感じた会社員の道に進みまたアローンスタートを始めるだろうし、自信がないと感じれば、「地元に帰って縁故採用で働く事にした」 とかそういう人もいる感じ。
経験しないと気づけないと思うので、「アローンスタートを経験しないとどうなる?」 と訊かれても気づかないまま一生勘違いする人もいるだろうし、アローンスタートを経験して自分が自分で思っている程良くなかったという現実を見てしまった事で精神を病むような人もいるので両刃の剣ですよ。