10年以上も前になるが、
私の家族は、H氏に招かれて、
お宅にお邪魔した。
H氏の家の庭は、うっそうと木が
生い茂っていた。
食事をしながらの歓談の中で、
庭の木は、H夫妻の子ども達が小さかったとき、
果物を食べて種がでると、植えたら、
どんどん、大きくなったことがわかった。
それから、H氏が、盆栽として買った木も
地植えにしたら、「盆栽でなくなって、立派な木になった」
と笑っておしゃった。
私たちも笑った。
盆栽は、地植えにすると、ただの木になるのか・・・。
衝撃をうけた。
とにかく、見た目がとてもうっとおしく、
種から芽が出ることが、子ども達がわかれば、
もう、抜いたほうが、綺麗じゃないか?
と、その頃の私は思ったものだ。
なのに、いまだに、あの庭のことを
時折思い出す。
私も、いつも、食べものに種があると、
とりあえず、植えてみる。
しかし、H夫妻の庭のように
大きくならない。
いつも、あの庭を思い浮かべて、
種を植えるのだが、ちっとも大きくならない。
アボガドなんて、あんなに大きいし、
植木で、緑の葉っぱがつくぐらいまで
育てたことがあった。
(今日も、植えてみた)
最近、あの庭は、栄養がたっぷりのいい土だったのだ!
と、やっとわかった。
そして、とても、居心地のいい庭だったのだ。
それから、植えっぱなしのわけがない。
ちゃんと手入れや肥料を与えなければ、
あんなに育つわけがない。
Hご夫妻の温かい人柄そのものの庭だったのだ。
お子様方が、のびのびとそだった様子が、
うかがえる。
私は、いつまでたっても、「花咲ばあさん」に
なれないのでいる。
さて、寒肥もしたし、バラの剪定の季節だ。
今、寂しいが、
枯らさないことだけで、精一杯。
うれしいことに
植えっぱなしの水仙やクロッカスの芽が
ふきだしている。
とても、いい子たちだ。
私の家族は、H氏に招かれて、
お宅にお邪魔した。
H氏の家の庭は、うっそうと木が
生い茂っていた。
食事をしながらの歓談の中で、
庭の木は、H夫妻の子ども達が小さかったとき、
果物を食べて種がでると、植えたら、
どんどん、大きくなったことがわかった。
それから、H氏が、盆栽として買った木も
地植えにしたら、「盆栽でなくなって、立派な木になった」
と笑っておしゃった。
私たちも笑った。
盆栽は、地植えにすると、ただの木になるのか・・・。
衝撃をうけた。
とにかく、見た目がとてもうっとおしく、
種から芽が出ることが、子ども達がわかれば、
もう、抜いたほうが、綺麗じゃないか?
と、その頃の私は思ったものだ。
なのに、いまだに、あの庭のことを
時折思い出す。
私も、いつも、食べものに種があると、
とりあえず、植えてみる。
しかし、H夫妻の庭のように
大きくならない。
いつも、あの庭を思い浮かべて、
種を植えるのだが、ちっとも大きくならない。
アボガドなんて、あんなに大きいし、
植木で、緑の葉っぱがつくぐらいまで
育てたことがあった。
(今日も、植えてみた)
最近、あの庭は、栄養がたっぷりのいい土だったのだ!
と、やっとわかった。
そして、とても、居心地のいい庭だったのだ。
それから、植えっぱなしのわけがない。
ちゃんと手入れや肥料を与えなければ、
あんなに育つわけがない。
Hご夫妻の温かい人柄そのものの庭だったのだ。
お子様方が、のびのびとそだった様子が、
うかがえる。
私は、いつまでたっても、「花咲ばあさん」に
なれないのでいる。
さて、寒肥もしたし、バラの剪定の季節だ。
今、寂しいが、
枯らさないことだけで、精一杯。
うれしいことに
植えっぱなしの水仙やクロッカスの芽が
ふきだしている。
とても、いい子たちだ。
30年まえの今日、
私は、連日の試験がおわり、
やっと一息いれていた。
隣の部屋で祖母は、年の暮れから、寝付いていて、
時折、父が二階にあがってきて、
様子をうかがっていた。
夜、勉強の途中、下にいくとき
普段から物静かな祖母なので、
そっと部屋を通り抜けた。
特に違和感があったわけではないが、
やたら静かな気がして、父にいった。
「おばあちゃん、静かな気がする・・。」
父は、
寝ているのだろうから、静かにしていなさい。
といった。
しばらくして、父が様子を見に来た。
そのあと、医者が、家にきた。
祖母は、なくなっていた。
あの一年は、いろんな災難があったな・・。
といつも思う日々だった。
そのあと、30年近く、私の一族からお葬式を
出さなかった。
だから、この3年の間に、身内が次々となくなっても、
それは、不幸とは思わないのである。
ちゃんとまともに、みんなあの世に旅立ったから。
合掌
私は、連日の試験がおわり、
やっと一息いれていた。
隣の部屋で祖母は、年の暮れから、寝付いていて、
時折、父が二階にあがってきて、
様子をうかがっていた。
夜、勉強の途中、下にいくとき
普段から物静かな祖母なので、
そっと部屋を通り抜けた。
特に違和感があったわけではないが、
やたら静かな気がして、父にいった。
「おばあちゃん、静かな気がする・・。」
父は、
寝ているのだろうから、静かにしていなさい。
といった。
しばらくして、父が様子を見に来た。
そのあと、医者が、家にきた。
祖母は、なくなっていた。
あの一年は、いろんな災難があったな・・。
といつも思う日々だった。
そのあと、30年近く、私の一族からお葬式を
出さなかった。
だから、この3年の間に、身内が次々となくなっても、
それは、不幸とは思わないのである。
ちゃんとまともに、みんなあの世に旅立ったから。
合掌