ひねもす日報

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互助

2020年02月07日 | Weblog
 息子が通う将棋クラブは、年始からお休みの日が増えた。昨日はクラブ休みやったから、息子が
ずっと「また行きたい」と言っていた、少し遠くにある銭湯へ自転車をこぐ。
「何でここ、好きなの(・・?」とたずねると、「何にも
ないから」という。景色がかな。へき地にあるので、開けた
空や自然に触れることが出来る。30分弱銭湯の近くを散歩する。風の音しかしない。静かな空間。
身体がめちゃくちゃ冷えたところで銭湯へ。へき地なので入浴客も少なくて良い。
女将さんばり優しかった。
銭湯を上がった人が、「あっつい~」と冬に発するのを聴くとばり贅沢に感じる。
で、事件はその後ですよ。
 
 銭湯行くだけだからと財布もテレホンカードも携帯も所持していない息子。
帰路の自転車で「ここをまっすぐ(・・?」といつもは通らない道を問うてきた。
「そう、ここをまっすぐ。
××が見えたら今日は左に曲がるけれど」と言ってわたしが先を走る。曲がってしばらく
走って後ろを振り返ると息子がおらずΣ(・□・;)。「6年生でも迷子になるんや(・・?」。
と、びっくり。
「あ、まっすぐって言ったから」と曲がり角まで戻るも息子見つからず。カドから「まっすぐ」
を走ってみるもおらず。よしんば彼が自宅に到着したとしても、家の鍵を所持していないので
わたしに連絡はない…、と思案していたら夫から帰宅を知らせるlineが。電話する。
「迷子みたい」とわたし。「あいつ、家に帰られんと思うけん、その辺探しよって。自分も
急ぎ帰宅して待機するから」とのこと。その連絡を切ったら知らない番号から着信が。
「交番かな?」と出ると、「お向かいさんのおうちで電話を借りている」と息子Σ(・□・;)。
とにかくそちらへ急ぐ。

 「まっすぐ」を信じて進んだら帰宅出来たとのこと。そこでお向かいさんに
ピンポンをし、電話を借りたのだそう。「こたつに入れてもらったから、持っていた本を
読んで待っていた」とのこと(図書館で借りた万引き家族の書籍)。今度博多から
お土産買ってお礼に行く気持ち。

 稲垣氏の書籍に、「便利や所有が人を孤立させた」とあった。「風呂」を自宅に作った
ことで、銭湯のコミュニティから外れた、冷蔵庫を所持したことで、食材の保管か可能に
なり、おすそ分けの文化がなくなった。今回は「電話」を持っていなかったから、
お向かいさんを頼るしかなかった。でも、それでいいんだよ、良く人を頼ることが出来たね、
と伝えた。雨天時、お向かいさんのおばあさんが傘を指して荷物を持って、わたしと
同じ方向へ歩いているのを見つけたとき、わたしは声をかけて荷物を持たせてもらった
ことがある。ご近所さんってそういうこと。もやいの精神。
今度は息子が誰かを助けてあげてね、ってこと。互助の精神でいいんやないと。
「大人になるって、人を頼ったり、助けてって言えたりすることですよ」と
誰かに聴いたことがある。本当、そうやないと?

 そこでまたまたうちの実父。彼がまさにもやいの人やった。「お父さん、××で困っとうと」と
わたしが言えば、「「じゃ、しげきちゃんに電話してみちゃろ」とガラケーで電話。
「あ、しげきちゃん?どげん?わかながくさ、以下困っていること」で電話を切る。
「しげきちゃんとこ行ってみり」で終了。その逆もある。ある夜更けに父の携帯が鳴る。
「あ、たかし?どげんしたと?うん、うん、・・・。じゃ、そこ行くけん」。さっと上着をはおり、
「たかしの車が三号線でバッテリー上がったごたぁけん、行ってくる」と出発する。
そういうのを小さい頃から見てきたけん、互助はわたしには普通の存在やったけれど、
令和は互助から遠くなりにけり、と感じる。