ヴァイオリン ~ 雑音ラプソディ ~

50代後半になって突然始めたヴァイオリン。
ヴァイオリンやピアノなど
音楽に関することを綴っていきます。

12/03 ピアニスト ブルース・リウさんの演奏が凄すぎる

2022-12-12 | クラシック音楽
ここのところ外出が多くて家でゆっくりする時間がなく、投稿が遅れています。他のコンサートについては、時間のある時に遡って投稿しますが、まずはこれ。
12/03にサントリーホールで開催されたスペシャル・ガラ・コンサート。
弦楽三重奏、オペラアリア、ピアノコンチェルトの3部で構成された、3時間半にも及ぶ豪華なコンサートでした。
最後のピアノコンチェルトのピアニストは、昨年のショパンコンクール優勝者のブルース・リウさん。
遂に生演奏を聴くことができて感激です。


出演者(1部)
ヴァイオリン:樫本大進、日下紗矢子
ヴィオラ:赤坂智子、鈴木学
チェロ:ユリアン・シュテッケル、遠藤真理
曲目: R.シュトラウス:オペラ『カプリッチョ』より前奏曲 Op. 85
チャイコフスキー:フィレンツェの思い出 Op. 70

樫本大進さんの演奏は、昔コンチェルトで聴いた記憶がありますが、室内楽も良いですね。
読響コンサートマスターの日下紗矢子さんも素敵な演奏でした。

出演者(2部)
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
指揮:ロリー・マクドナルド
ソプラノ:森谷真理
バリトン:大西宇宙
ベッリーニ:オペラ『ノルマ』より「清らかな女神よ」
ヴェルディ:オペラ『イル・トロヴァトーレ』より「君のほほえみ」
ヴェルディ:オペラ『運命の力』から「神よ、平和を与えたまえ」

大西宇宙さんの演出が観客を楽しませてくれました。バリトンですが、テノールとも言えそうな明るい声質で素敵でした。

出演者(3部)
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
指揮:ロリー・マクドナルド
ピアノ:ブルース・リウ
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ Op. 22
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 Op.43

ショパンの曲は、本来はピアノだけで演奏する曲ですが、オーケストラ共演でコンチェルト形式で演奏されました。
ラフマニノフのこの曲は、パガニーニがバイオリンのために作曲した『24のカプリース』の第24番の主題をもとに、24の変奏を試みている作品です。このカプリースのメロディを基本にして、ラフマニノフの作風のメロディ、例えばピアノコンチェルトの2番や3番にある有名なな旋律、が盛り込まれている多彩な曲です。

そして、ピアニストのブルース・リウさんですが、私の席はピアノに近いところでしたが、手の動きは見えず、それでも、ピアノの蓋に映るハンマーの動きを見ながら、指の細やかさや正確性を感じていました。躍動感、情感、若さが伝わってくる素晴らしい演奏でした。
アンコールで弾いた、リストのラ・カンパネラ。あまりの美しさに体が固まってしまいました。

ブルース・リウさんの演奏をもう一度聴きたいと思いましたが、来年の2月〜3月の来日ツアーでは、東京公演はすでにチケット完売です。
愛知、大阪、広島、福岡、北海道はまだ残席があるようですね。

前半1部と2部の演奏の印象が霞んでしまうほどリウさんの演奏は衝撃的でした。

観客はほぼ80%は女性だったのではないかと。
トイレが、かつて経験したことがないほどの長蛇の列で、困りました。
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6/16の読響 マルティン・ガルシア・ガルシア初共演

2022-07-24 | クラシック音楽
いろいろありまして、投稿が遅れていますが、怪我もだいぶ良くなってきましたので、6月の読響のコンサートの話から順に少しずつ書いていきます。

6月16日の読響公演のモーツァルトのピアノ協奏曲第23番は、キット・アームストロングという米国のピアニストが弾く予定でしたが、コロナによる渡航制限で来日ができなくなり、ちょうど6月に日本への来日公演が確実となっていた、昨年のショパン国際コンクール第3位受賞のマルティン・ガルシア・ガルシアさん、が登板することになり、同じ月に2回もガルシアさんの演奏を聴けるというラッキーな流れとなりました。
年明けから不運なことばかり続いていましたが、考えてみれば幸運なこともあったのですね。
そういえば、昨年もピアニストが来日できず、小林愛実さんに変更になって、素晴らしい生演奏を聴く機会ができたこともありました。

6/16 読響名曲シリーズ(サントリーホール)
指揮者:セバスティアン・ヴァイグレ
ピアノ:マルティン・ガルシア・ガルシア
曲目: 
・ドヴォルザーク 交響詩「真昼の魔女」
・モーツァルト ピアノ協奏曲第23番
・ドヴォルザーク 交響曲第8番

一曲目のドヴォルザーク「真昼の魔女」。真昼の魔女とは熱中症を擬人化した神話を元にしていて、魔女が現れるから炎天下の中で長く屋外にいてはいけないという戒めとして伝わっているようですが、この曲の中では、母親が子供に対して、言うことを聞かないと真昼の魔女がやってくる、と脅しをかけると、本当に魔女がやってきて子供の命を奪うというストーリーになっています。15分ほどの短い曲ですが、ドラマチックで聴きごたえのある曲です。

二曲目、マルティン・ガルシア・ガルシアさんの登場です。
ステージの裾から一歩踏み出した途端、会場全体を見て驚いた様子で後ずさりします。後ろの指揮者ヴァイグレさんに振り向いて何か言った様子でしたが、すぐにヴァイグレさんに背中を押されて歩き出しました。
サントリーホールは、観客がステージを囲むような設計になっていて、満席に近い状態だったので圧倒されたのでしょうかね。

1楽章 アレグロ。FAZIOLIが、モーツァルトらしい軽やかで艶のあるサウンドを醸し出していました。ガルシアさんの演奏は、子供が遊んでいるように、愛らしさを感じました。

2楽章 アダージョ。明るい1楽章から転じて、憂いを帯びた曲調になりますが、マルティンさんの演奏は少し明るい要素が表れていた印象。
すっかり自分の世界に入ってしまったマルティンさん、例のごとく、首を振りながらアダージョを歌っていましたっけ。フーンフーンと鼻歌が聞こえてきました。 

3楽章 アレグロ・アッサイ
勢いよくピアノが独奏します。スピードアップしマイペースになっているような印象があった一方、しっかりオケと歩調が合っている、最後まで素晴らしい演奏でした。
アンコールは1曲、ベートーヴェン「6つのバガテルから第6番」。
 
こちらは、ガルシアさんが昨年3月にスペインのオビエド市フェリペ皇太子コンサートホールで弾いた同じ曲です。日本公演と比べると、ちょっと演奏も表情も硬い感じがします…

さて、三曲目のドヴォルザーク交響曲第8番ですが、これぞドヴォルザーク、という曲です。
読響がこれほどレベルの高いオケだったかと思わせる演奏でした。
各パートの音がクリアで表情があり、響きには厚みがあり、最後まで聞き逃せないほどでした。
ひと月前なので印象を忘れてしまったところもありますが、第2楽章のアダージョ、第3楽章のワルツ、弦楽器のハーモニー、表情豊かな歌わせ方にうっとりしていた記憶があります。そして第4楽章、滑らか且つ切れがあって、これは、ヴァイグレ氏の指揮の技量の高さでしょうか。

今回は、途中で帰らないで最後まで聴いていて良かったです。


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チャイコフスキーゆかりの町、ロシアの攻撃で破壊

2022-04-19 | クラシック音楽
チャイコフスキーはロシアの作曲家として有名ですが、実は祖先がウクライナのコサック(軍人)だそうです。

チャイコフスキーは2歳下の妹ととても仲が良かったそうで、1861年にその妹が結婚しウクライナ中部の町カミヤンカ(キーウ近郊)という町に移り住んで以降、その町やウクライナ各地を頻繁に訪れて数々の作品を作ったようです。

ロシアの攻撃を受け破壊された、チャイコフスキーゆかりの地は、ウクライナ東部ハリコフ(ウクライナ語:ハリキウ)市近郊のトロシュシャネツという町です。


チャイコフスキーが24歳の時、友人のアレクセイ・ガリツィン公に、このトロシュシャネツにある彼の別荘に招かれ、滞在中に、最初の交響曲作品の1つである序曲「嵐」を書いたゆかりの地です。
トロシュシャネツは人口約2万人の町ですが、ロシア軍によって破壊され、1か月の激しい攻防戦の末、3月26日にウクライナ軍が取り戻しました。
チャイコフスキーが滞在したガリツィン公の別荘は一部壊れ、離れの建物は全壊したそうです。(仏・Depasion紙より)

冒頭の妹の嫁ぎ先のカミヤンカの家では、交響曲第2番ハ短調作品17「小ロシア」(1873年初演)を作曲したとされています。小ロシアというのは、ロシアから見た当時のウクライナ地方のことを指しますが、この名称はもう使わない方が良いでしょう。副題をウクライナとしている音源もあります。
チャイコフスキーはこの交響曲の中に3つのウクライナ民謡を取り入れています。

(以下曲の説明は「世界の民謡・童謡」から引用)
第1楽章
ホルン独奏によりウクライナ民謡『母なるヴォルガの畔で Вниз по матушке, по Волге』の変奏曲が、第2主題ではリムスキー=コルサコフ『ロシアの復活祭』の旋律が転用されている。
第2楽章
中間部にウクライナ民謡『回れ私の糸車 Пряди, моя пряха』が引用されている。また、チャイコフスキーが1888年に作曲した幻想序曲『ハムレット』でも同楽章のメロディが転用されている。
第3楽章
具体的なウクライナ民謡は使われていないが、曲全体の性格として民謡風な響きをもつ。
第4楽章
第1主題としてウクライナ民謡『鶴 Журавель』が引用される。

ところで、ロシアのウクライナ攻撃が始まってから、欧米のクラシック音楽界では、親プーチン派とされるロシア人音楽家の降板・解任の動きが拡がっています。
特に、ロシアを代表する名指揮者ワレリー・ゲルギエフは、ロシアのウクライナ侵攻の翌日、ウィーンフィルやミラノ・スカラ座等から降板を言い渡され、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者の職を解任された上、所属事務所からも解雇。以前からロシア国粋主義的発言が目立ち、プーチンとの距離の近さが問題視されていました。
ミュンヘン市長からの最後通牒は、「プーチンが仕掛けた残虐な侵略戦争を批判してほしい。そうでなければ契約を打ち切る」で、それに対してゲルギエフは返答をしなかったということです。

3/27日経新聞に掲載された同紙の赤川欧州総局長の文化時評によれば、
音楽が政治と無縁というのは幻想だ。強権国家で芸術家の地位が高くなれば権力に近づくことを、欧州は経験則として知っている。
高い芸術性があっても政治プロパガンダに協力すれば、汚点は一生ついてまわる。それはナチスと共産独裁という2つの全体主義を経験したドイツで特に顕著だ。かつてナチス党員だった指揮者カラヤンも負の過去を背負い続けた。
欧州にロシアのオケを招くのは難しい。興行収入が経済制裁の抜け穴になるからだ。日本もこの緊張感に鈍感ではいられない。
1989年のチェコスロバキアの共産独裁を終わらせた無血民主革命を率いた劇作家ハベルのように、「待ち望まれるのは強権を支えるのではなく、倒す芸術」、と述べています。


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雪で諦めたコンサートがTV放映される 読響プレミア

2022-03-27 | クラシック音楽
2月10日に予定していた読響のショスタコーヴィチのコンサート、雪のせいで行くのを諦めてしまったことを前に書いたのですが、先週の水曜23日の深夜(木曜の午前2:40〜)の日テレ・読響プレミアで放映したのです。 
ありがたや〜😄
知ったのが水曜日。間に合いました。流石に夜中は起きていられないので録画予約して、後でゆっくり鑑賞しました。
超絶技巧の得意な百音さんのショスタコーヴィチ、素晴らしいです。
ハプニングもありました。
やっぱり生で聴きたかったなぁ。

これは再放送があります。
BS日テレ 4月2日㈯朝7:00〜8:00 読響プレミア
演奏: 読売交響楽団
指揮: 井上道義
バイオリン: 服部百音
曲目:
・ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調Op.77
・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番ニ短調Op.47から4楽章のみ放映

百音さんは舞台であまり笑顔を見せない方ですが、ハプニングで焦りもあってか、終わったときの表情は疲れと安堵感と達成感。笑顔がありません。 

ヴァイオリン協奏曲第1番は4つの楽章で構成されています。
第3楽章は、ヴァイオリンの長いカデンツァ(独奏)が続き、切れ目なく第4楽章に突入、ティンパニがドカンドカンと合図を打ち出します。ソリストのヴァイオリンのパートが始まるまでわずか約18秒。その間に、百音さんは指揮者の譜面台に置いたハンカチを取り、顔の汗を拭い、楽器を下ろしたまま顎あての汗も拭き、ぐっと肩当てを押して、ハンカチを譜面台に置き、ヴァイオリンを持ち上げた瞬間、肩当てが外れて落ちました。肩に楽器を載せたときに落ちたことに気が付き、拾って嵌め込み、再び肩に載せてすぐに演奏に入ります。その動きはわずか20秒ほど。
隣で指揮棒を振る井上道義さん、心配していたのではないでしょうか。
百音さんの解説によると、それで3音弾き逃したそうです。
でも演奏に動揺が表れていませんでしたね。プロの演奏家は流石です。
それにしても、すごい早業。構えてすぐ途中から入れるのはすごいです。
肩当ては、どんなにしっかり嵌めていても、演奏後にヴァイオリンを下ろしたときに落ちることがあります。
肩当てが何だかわからない方は、こちらへ…

次に、後半の交響曲第5番(放送では4楽章だけですが、実際は全楽章演奏)ですが、日本では副題を「革命」と称しています。ショスタコーヴィチが名付けたわけではありませんが、ロシア革命を主題として作られたものとされています。
この曲は、ソヴィエト連邦時代、1930年代のスターリンの大粛清によりショスタコーヴィチの友人や親類が次々と逮捕・処刑されていく厳しい状況下で書かれ、作曲家の名誉回復をもたらした重要な曲です。

スターリン体制下では、音楽は「形式において民族的、内容において社会主義的」であり、そうでなければ反逆者と貶められる時代でした。
後に、ショスタコーヴィチ について、「自らが求める音楽と体制が求める音楽との乖離に葛藤した悲劇の作曲家」というイメージが作られています。

音楽から離れますが、今のウクライナに対するプーチンの残虐性はスターリンと重なります。スターリン政権下、ウクライナ人から食糧を奪って大量虐殺(大量餓死)させたホロドモール、その時の名目が「非ナチ化」であったことも、共通するところがあります。
歴史的に、独裁者が倒れるときは、自分で起こした戦争が原因のケースが多いそうです。
ウクライナへの攻撃が長期化しないことを祈るばかりです。


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雪でコンサートをあきらめる

2022-02-10 | クラシック音楽

今日は朝から雪です。
積もってはいませんが、夕方になって降りが強くなってきました。
 
今夜は、サントリーホールで読響の特別コンサートがあり、井上道義さん指揮、バイオリニストの服部百音さんによる、ショスタコーヴィチのバイオリン協奏曲第1番の演奏があります。
 
先月は父の入院騒ぎで、読響コンサートを断念しましたが、この服部百音さんのショスタコは是非聴きたいと思って、チケットを買って楽しみにしていたのですが、まさか雪になるとは…
 
雪が激しくなり、冷え込んできたので、出かけるのが心配になってきました。
帰宅を急ぐ人が多い中、わざわざ出かけていくのもちょっと…
後ろ髪を引かれる思いですが、今日はあきらめましょう。😞
 
 
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