キッチンは、今の古い家では昔ながらの壁付けタイプです。
東側と北側に大きな窓があるので、とても明るいです。朝、窓を向きながらの洗い物は、光に満ちた時間です。
窓は昔の模様入りの磨りガラスとなっています。だからいい具合に外界と家の内を仲介します。
改築後は、ここ20年ぐらい流行っているカウンターキッチンにすることになっています。(でも私は今でもほんとうにいいのか考え中…光に満ちた窓辺で洗い物をするのを気に入っているから。)
キッチンに向かって東側(左手)には、掃出し窓があって、天窓も小さいのを点在させる設計になっているから
との旨、設計をしたおじちゃんに言われました。
初めてのカウンターキッチンで、どうなんだろう…
昔ながらの壁付け型の、難点(?)と言えば、直に台所、流しがテーブルから見えること。ワンクッションなし*^^*
なんとなく、食べる所と、作るごちゃごちゃした所は、分けたい気がする。それでカウンターにすることに。
うちにしょっちゅう来るお客さんはパーマ屋のおばちゃんとかで、全然気にしないで構わずおしゃべりしていますが。
でも昔ながらの壁付け型は、動線や合理性は最高です。部屋の面積を無駄なく広く使えます。作ったら盛り付けて、
直接テーブルに置けますし、食べ終わったら、お皿を直接流しにちょっと置けばいいだけだし。
テーブル拭きも、いつでもさっとできて流しで洗えるし。
「牛乳とって」と子どもが言ったらすぐに冷蔵庫から出せて、グラスに注いだら、すぐにしまえます。
京都みやげの高級七味も、かけたいと思ったら冷蔵庫からとってきて、ぱっぱとかけたらまたすぐにしまえます。
テーブルで食べながら、お鍋ややかんが噴いているのも見えるし。
それに、玄関からも、ガスコンロの火を消したか、珈琲メーカーのスイッチ消したか、ボイラーのスイッチ消したか、
靴を履いたままつま先立てば、見えるし…。
ネットでちょっと見てみると、「対面やめときなはれ」との声もありました。
うちの場合は、”家事のコクピット”というわくわくするコンセプトで、おじちゃんが設計したんです。
カウンターキッチンに立った背後には、壁面棚と横に長い作業台が来ます。
そしてその更に裏は洗濯機のある脱衣室とお風呂になっていて、いつでも洗濯作業やお風呂掃除ができます。
料理をしたりやかんを沸かしたりしながら、バックヤードの洗濯空間にも行ったり来たりできるんです。
お風呂と脱衣室のまた裏は、洗面所となっています。
∴ 食堂←カウンターキッチン←棚類・料理作業スペース←お風呂・脱衣室←洗面所 の順で裏に続いています。
これは、わくわくします… 家事の秘密基地みたいで。「家事を集結した要塞」です。
また自閉症sp的にも、よさそうな気がします。毎日家事の要塞でやっているとフロー体験に入れそうな気がします。
そのような設計の一環として、カウンターキッチンにしました。
もし、この総合的な設計でなかったら、壁付けキッチンにしていたと思います。
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カウンターキッチンは流行っていてもてはやされているけれど、短所もあり
壁付けの短所はあるけれど、ならではの長所はたくさんあります。それは表裏、一長一短です。(関連:長所と短所は表裏一体)
家の設計において、物事は一長一短ということをよく感じます。この面では優れているけれど、この面では劣っている。
また、カウンターキッチンだといちいち回り込まないと行けなくて面倒、歩いての移動が多いとの短所がありますが
運動という観点では、いいことです。
ちょっとマヨネーズ出す時にも歩いて回り込まないといけないのは、血行を促進し体にいいという見方もあります。
また、カウンターは人と対面しながら料理ができることで人気ですが、壁付けの方が、
「手伝わないでTVを見ている人を視界に入れずに1人の世界で集中できる 見ぬが仏」との声も多々ありました。
台所スペースからお風呂・脱衣室に通じる裏通路の入口を、しゃがまないといけない抜け穴にすることで
台所スペースがより効果的に作れるのだが、どうだろう とおじちゃんが言った時、私はわくわくして
「アリスの扉みたいだね。そうやってわざとしゃがんで入るように小さい玄関にしているお店が福岡にあるよ」と言って、
ありだと言いました。通る度に、しゃがんで行きます。その度に屈伸をすることになり、運動ができます。
でも母が、それはちょっと… ということでなしになりました。高齢者には罰ゲームのような作りですね… ※お風呂・脱衣所への表入口は別にあります。
体操を強いることで、健康になる構造とも言えます。(関連:不便が便利に勝利する)
トイレも、和式が洋式に変わったことで日本人の体は退化したそうです。
バリアフリーやユニバーサルデザインに関しても、私はずっと疑問を持っていました。
その目的自体を否定するものではないのですが、今のこれらのあり方だと、画一化、フラット化するだけだからです。
ツリーハウスなどの面白い建物が大好きで、それが身体障害者立ち入り不可能だということではなくて
もっと違う考え方って、できないかなと思っています。
おじちゃんも、ユニバーサルデザインなるものを好かないと言っています。
今のバリアフリーのあり方だと、色んな建物から多様性がなくなってしまいます。
もっと違うバリアフリーのあり方を探しています。
例えば、ツリーハウスみたいな自由な建物に、その人が車いすのまま入ることはできなくても何人かで抱えれば入れます。
その、何人かで抱えるということを面倒くさく捉えない環境こそがバリアフリーだと思います。
そしてそれは今の社会では無理です。それを放置したままバリアフリーとか、口だけだと思います。