妻の言った事は本当でした。
税関で働いている下位の者達、
商人と従者の帰宅時をちょっと見かけた
街の噂好きな連中、
そして、あろう事かアントニオ宅の使用人達
とその家族の知人友人らから、
あっという間に話が町中に広まって
しまいました。
当事者が隠そうとする恥の話は、
こんな風にして広まってしまうものなのです。
救いなのは、妻が「ほら、ごらんなさい!
私の言った通りでしょ?」
という言葉や態度を、噂の炎が燃え盛ってる間、
一切表明しなかった事でした。
けれども、次から次へと新しい噂が町を席巻し、
古い噂が忘れられた頃から、夫婦喧嘩になると
妻自身がこの話を掘り起こしては
「私は、あの頃こんなに耐えてあげたというのに…」
と恨み言を言い、夫が履いていた証拠の品を
わざわざ持って来て床に叩きつけ、喚き散らすのでした。
こうして、夫婦喧嘩は必ずアントニオの
負けに終わるのです。
皮肉な事にアントニオの商社の方は、
代表者の醜聞によって知名度が格段に上がり、
収益は莫大なものとなりました。
あんな事があったので、もう些細なズルも無く、
何年も経たない内にすっかり優良企業と
世の中から見なされるようになっていました。
それでもアントニオは
「あんな事が無く商才だけで
こんな風になれてたのなら、どんなに良かったのに。
そういう意味では自分は何と悲運の商人だろうか!」
と生きている間中、心の中では
ぼやいていたそうな。
悲運の商人アントニオと20個の卵の物語 完
次回は各話末エッセイ
「中世ヨーロッパ巷談集あるある」
「トリストラム・シャンディ」第4巻29章にある、
「セルデンが書いた若い男の話」
の類話まで見〜つけたーーの話。