多分
スルピキウス・
セウェルス氏の
「聖者マルティヌスの
生涯」の文全体の
雰囲気からすると
大真面目に書いている
と思われますが、
アダン氏の言い方では
「すっとぼけ&
突き放した感じで
言ってる」
印象を与えかねない
のでした。
それから
農夫が悪魔の犠牲に
なった件について、
セウェルス氏の
解釈としては
マルティヌスの
しくじりとは全く
捉えておらず、
「事件が起こる前に
常に察知でき、
弟子達にもその都度
教えていた」と
絶賛している
位なのです。
刑事ドラマに
例えたとしたら、
凶悪犯の毒牙から
部下を守れずに
死なせてしまった
ようなもの
なんじゃ…?
更には
何故以て神様は
全能ながらも
悪魔君を瞬殺できず
野放しにしてるのか?
①いい人ばかりでも
世の中機能不全に
陥る?↓
②なので必要悪として
存在を黙認?↓
③マルティヌス個人とも
表裏一体の存在として
無くてはならない?
そういった疑問が
沸々湧いて来ながらも、
セウェルス氏は全体の
バランスも考えて
あえて読み手側に
アンサーを託したのか?
それとも
やはり話しづらい
分野に入り込む
危険を察知して
回避したかったからか?
ともかくも、
セウェルス氏が
「今を時めく
マルティヌス様に
会いたい一心で
長旅にも耐え、
本人や周囲の人から
徹底取材して書いた
「推し伝」との事なので、
当然ながら
「絶対本人に都合が
悪くなるような
書き方はしない」
というコンセプトが
全体を貫いているのでした。
⛪ 続きは今週末頃。
私はききょう(清少納言)の
「光だけ描く」よりも
まひろ(紫式部)寄りの考えで
「光も影も描く派」だぜ!