お薬師様の祭り(令和6年11月3日)
旧三郷村楡の小路集落で行われる「お薬師さまの祭り」を訪れた。集落の中を三つに分けて当番が回って来るそうで、今年は西第一と第二組合が当番であった。午前9時から公民館で当番組の方たちが集まって「お目団子」というものを作ったようで、訪れた際には、既に団子を作り終えたところだった。この団子、本来は五つ藁苞にいれるようで、二つの藁苞の先端を結んで二つがひとセットになるようにするのだと言うが、今年の当番組では一つの藁苞に6個の団子を入れていた。この藁苞に入った「お目団子」をそれぞれの家で持ってお薬師様にお参りするという祭り。昔はされざれの家でこれを作ってこの日お参りしたものというが、昭和の終わりごろから当番組で集まって「お目団子」をつくるようになったという。そのおかげなのだろう、現在も毎年11月8日ころに祭りを定めてお薬師様の祭りを行っている。各戸それぞれの実施であったなら、廃れていたかもしれない。
ただこの祭り、「お目団子」を持ってお参りするだけではなく、子ども達が祭りの世話をしたようで、現在も子どもたちによってお祭りの触れをして回ることが続けられている。コロナ禍前までは、お薬師様の前に小屋掛けをして祭りの日はここで番をしたよう。ようは子どもたちの祭りでもあった。今日も午後1時に小路の集会施設に子どもたちが集まると、小路地区内を太鼓を叩きながら触れ歩いていた。そのさいの言葉は
お薬師様のお祭りだ、お目団子あげとくれ
というものだったが、高学年は女の子ばかりだったこともあり、触れて歩いてはいるものの、おそらく周辺の家々に声は届いていないようだった。
お薬師様は石造の薬師瑠璃光如来で、銘文はないがかなり古いものと見える。昔は松本道と言われる集落内の東西の道沿いにあったようだが、道を通る馬が度々暴れるため、松本道から南へ入った場所に移動したという。現在は田んぼの一角の祠の中にお薬師様は安置されている。
今年は午後2時までにお参りに来てください、と知らせをしてあったようで、子ども達も触れ回った後、午後2時には供えられていた「お目団子」とお菓子などを皆で分けて持ち帰り、お祭りは終わりとなった。子どもの数も5人と少なくなり、夕方まで子どもたちが小屋掛けしてお守りをする姿はなくなった。当番組では午後2時には飾りを片付けて終わりとなった。「お目団子」は家々に持ち帰ると、それぞれ焼いたり、あるいは煮たりして食べるといい、眼の病に効くと言われている。昔は目を患う人が多かったため、近在に知られた祭りだったようだ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます