思考という種から、行動という実がなる。
行動という種から、習慣という実がなる。
習慣という種から、性格という実がなる。
性格という種から、運命という実がなる。
(シヴァナンダ・ヨーガ入門から)
原因と結果、あるいは作用と反作用の法則は、心身のあらゆるレベルを支配しています。この法則にしたがって、思考・行動・習慣が複雑に絡み合い、一般に運命あるいは宿命と考えられるものをつくっています。
ヨーガや瞑想は、自分の思考過程をもっと自覚し、はっきりさせるトレーニングでもアリマス。トレーニングによって、自分自身というものを明確にしていくのです。
なんて、ことを書き連ねていると小難しいようですが、いわゆる負の連鎖というやつに囚われないようにしなきゃと想うのです。
ヨーガはそのトレーニング・メソッドにより、心身の調和を図り、安定を保つのですが、私は揺らぎまくりです。修行がたりません...先生、やっているのに。 情けない話ですネ
ただ、揺らぐ...というのも悪くないのではないか、とも想うのです。
心の揺らぎが大きなうねりとなって自分が飲み込まれてはいけませんが、私は自分の揺らぎを愛おしく想うのです。だって、揺れるってことは、それだけ自分が一生懸命に生きているってことじゃないかと。
驚き・感動・落胆・焦り・怒り・喜び...(あ~あげればキリがないっ) いろんなものを全身全霊で受け止めて、心の揺らぎをみつめ、揺らぎと共に生きる。そして、自分の心の在りどころに還る。
ヨーガの哲学では、人間には4つの目的があります。
ダルマ(正義)、アルタ(経済的自立)、カーマ(感情的満足)、モークシャ(霊的悟り)
これらのどれひとつ、満足にはたせてないダメダメヨギーニですが、こんな私を支えてくれている家族・友人・お世話になっている方々・生徒さん達にいつだって感謝なのです。
当たり前だと思わず、求めず、感謝することさえ忘れなければ、どんなに心がゆらいだって喜びが待つ場所が自分の中にあるんだって。そう、想えるのです。
ダメヨギの私が育てた実はいったい、どんな実となるのでしょうか?って楽しみです。