「今、生きることが大事だけれども、どのようにこの世から去っていくか、ということは、非常に大変な事のような気がするんです。」
番組キャスター
「きょうのお客様、ハロウィーンの仮装にびっくりの五木寛之さんです。
よろしくお願いします。」
五木寛之
「よろしくお願いします。」
番組キャスター
「驚きますよね。」
五木寛之
「驚きました。
すっかりハロウィーンが定着したような感じですね。」
番組キャスター
「たまに、渋谷でも見かけますからね。
金沢でもあったということですね。」
「きょうは五木寛之さんへのこんな質問、こんなお便りということでメッセージお便りを募集しております。」
「それでは五木寛之さんのプロフィールからご紹介していきます。
1932年福岡で生まれ、生後まもなく朝鮮半島へと渡ります。
終戦をピョンヤンで迎えますがすぐに日本に戻ることができず2年後に日本に戻ります。
その後、早稲田大学に進学しますが25歳でやめ、さまざまなアルバイトや仕事に就きます。
33歳のとき、「さらばモスクワ愚連隊」で作家デビュー
翌年には「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞を受賞します。
さらに、1969年には「青春の門」の連載を開始。
数多くの作品を発表してきましたが、39歳から50代にかけ2度の休筆をされています。
そして浄土真宗を開いた親鸞の人生を描いた歴史小説「親鸞完結篇」がまもなく出版されるということで注目を集めています。」
そのように作家として精力的に活動されている五木寛之さんですが、どんな日々を送っていらっしゃるのでしょうか、取材させていただきました。
この日五木寛之さんがやってきたのは岐阜の講演会場です。
五木寛之
「こんにちは、五木寛之です。」
会場には各地から1,700人を超える人が駆けつけました。
テーマは、心の風景。
会場の雰囲気を確かめながらアドリブで話すのが五木寛之さんの流儀です。
五木寛之
「今、生きることが大事だけれども、どのようにこの世から去っていくか、
ということは、非常に大変な事のような気がするんです。」
聴衆
「いろんな自然災害や、思いもよらない事件が起こっている中で、
やっぱり、生きていくことや、死んでいくということを
私達の世代でも真剣に考えていかなくてはいけないと思いました。」
五木寛之さんは講演会やテレビ、ラジオの仕事も執筆同様に大切にしています。
「ラジオ深夜便」には20年以上も前からたびたび出演しています。
五木寛之
「お疲れさまでした。」
番組キャスター
「またよろしくお願いいたします。」
五木寛之
「大変ですよ
でも、ずっと、ラジオ深夜便は長年やってますから、
生活習慣の一部になっているから(笑い)
それと、聴いている人がもの凄い全国に多いんでね。
何処に行っても言われるんで、やりがいがありますよ。」
五木寛之さんには40年近く日曜と祝日を除く毎日続けている仕事があります。
新聞(日刊ゲンダイ)コラムの執筆です。
この日は講演会の開始前控え室でペンを走らせていました。
五木寛之
「新聞は古い記事を載せるものではなくて、
新しい記事を載せるものだ、そういう考え方があるものですから、
冷蔵しておいた記事じゃあ駄目だろう、
今日のことは、明日(載せる)
新幹線の中とか、喫茶店とか、何処でも書きますよ。」
この連載は2回目の休筆をしていた間も続けました。
コラムは9500回以上も続き、日々、世界最長記録を更新中です。
新聞社では担当者が原稿を待っていました。
この日は夜10時に送られてきましたが取材先の海外から原稿が届くこともあります。
編集委員の愛場謙嗣さんは1975年10月の連載開始直後からずっと五木寛之さんのコラムを担当してきました。
愛場謙嗣
「40年近く連載していただいて、一度も穴があかなかったという事は
驚異的な出来事だと思います。
こちらも一生懸命考えて、意見を持っていけば、
五木寛之先生は、ちゃんと、それに応えてやってきている。
偉そうに、“これをやれ”とみたいな雰囲気は一回もないですね。」
(続く)
---------------------------------------------------
私は五木寛之さんの名はずっと知っていましたが、
それは、新聞の広告など載っているものですから
誰もが目にする機会は多いと思いますが
ですが「青春の門」など、なぜか読みたくなかったですね
何となくかったるい感じがしました
私が読んでいたのは「どくとるマンボウ航海記」とか
エラリークイーンとか、横溝正史とか・・畑違いというか
五木さんのものは、重たいというか、疲れるだろうとか
敢えて読もうとする気にはなりませんでした
で、身近な新聞小説でしたが、題名が「親鸞」ですから
さして興味も引かなかったのです
ところが、その牛の場面の迫力と摩訶不思議な雰囲気に呑まれて
ずっと読んでいきました
その後、友達にその話をしたら、彼女曰く
「以前『蓮如』という五木寛之の本を読んだことがあり
又、三國連太郎の映画も見た
エロエロの話ばかりでウンザリした
蓮如の小説はあまりに酷いので捨てた」とのこと
この辺りから、五木寛之と親鸞、及び蓮如について
少し調べたり読んだりし始めました
番組キャスター
「きょうのお客様、ハロウィーンの仮装にびっくりの五木寛之さんです。
よろしくお願いします。」
五木寛之
「よろしくお願いします。」
番組キャスター
「驚きますよね。」
五木寛之
「驚きました。
すっかりハロウィーンが定着したような感じですね。」
番組キャスター
「たまに、渋谷でも見かけますからね。
金沢でもあったということですね。」
「きょうは五木寛之さんへのこんな質問、こんなお便りということでメッセージお便りを募集しております。」
「それでは五木寛之さんのプロフィールからご紹介していきます。
1932年福岡で生まれ、生後まもなく朝鮮半島へと渡ります。
終戦をピョンヤンで迎えますがすぐに日本に戻ることができず2年後に日本に戻ります。
その後、早稲田大学に進学しますが25歳でやめ、さまざまなアルバイトや仕事に就きます。
33歳のとき、「さらばモスクワ愚連隊」で作家デビュー
翌年には「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞を受賞します。
さらに、1969年には「青春の門」の連載を開始。
数多くの作品を発表してきましたが、39歳から50代にかけ2度の休筆をされています。
そして浄土真宗を開いた親鸞の人生を描いた歴史小説「親鸞完結篇」がまもなく出版されるということで注目を集めています。」
そのように作家として精力的に活動されている五木寛之さんですが、どんな日々を送っていらっしゃるのでしょうか、取材させていただきました。
この日五木寛之さんがやってきたのは岐阜の講演会場です。
五木寛之
「こんにちは、五木寛之です。」
会場には各地から1,700人を超える人が駆けつけました。
テーマは、心の風景。
会場の雰囲気を確かめながらアドリブで話すのが五木寛之さんの流儀です。
五木寛之
「今、生きることが大事だけれども、どのようにこの世から去っていくか、
ということは、非常に大変な事のような気がするんです。」
聴衆
「いろんな自然災害や、思いもよらない事件が起こっている中で、
やっぱり、生きていくことや、死んでいくということを
私達の世代でも真剣に考えていかなくてはいけないと思いました。」
五木寛之さんは講演会やテレビ、ラジオの仕事も執筆同様に大切にしています。
「ラジオ深夜便」には20年以上も前からたびたび出演しています。
五木寛之
「お疲れさまでした。」
番組キャスター
「またよろしくお願いいたします。」
五木寛之
「大変ですよ
でも、ずっと、ラジオ深夜便は長年やってますから、
生活習慣の一部になっているから(笑い)
それと、聴いている人がもの凄い全国に多いんでね。
何処に行っても言われるんで、やりがいがありますよ。」
五木寛之さんには40年近く日曜と祝日を除く毎日続けている仕事があります。
新聞(日刊ゲンダイ)コラムの執筆です。
この日は講演会の開始前控え室でペンを走らせていました。
五木寛之
「新聞は古い記事を載せるものではなくて、
新しい記事を載せるものだ、そういう考え方があるものですから、
冷蔵しておいた記事じゃあ駄目だろう、
今日のことは、明日(載せる)
新幹線の中とか、喫茶店とか、何処でも書きますよ。」
この連載は2回目の休筆をしていた間も続けました。
コラムは9500回以上も続き、日々、世界最長記録を更新中です。
新聞社では担当者が原稿を待っていました。
この日は夜10時に送られてきましたが取材先の海外から原稿が届くこともあります。
編集委員の愛場謙嗣さんは1975年10月の連載開始直後からずっと五木寛之さんのコラムを担当してきました。
愛場謙嗣
「40年近く連載していただいて、一度も穴があかなかったという事は
驚異的な出来事だと思います。
こちらも一生懸命考えて、意見を持っていけば、
五木寛之先生は、ちゃんと、それに応えてやってきている。
偉そうに、“これをやれ”とみたいな雰囲気は一回もないですね。」
(続く)
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私は五木寛之さんの名はずっと知っていましたが、
それは、新聞の広告など載っているものですから
誰もが目にする機会は多いと思いますが
ですが「青春の門」など、なぜか読みたくなかったですね
何となくかったるい感じがしました
私が読んでいたのは「どくとるマンボウ航海記」とか
エラリークイーンとか、横溝正史とか・・畑違いというか
五木さんのものは、重たいというか、疲れるだろうとか
敢えて読もうとする気にはなりませんでした
で、身近な新聞小説でしたが、題名が「親鸞」ですから
さして興味も引かなかったのです
ところが、その牛の場面の迫力と摩訶不思議な雰囲気に呑まれて
ずっと読んでいきました
その後、友達にその話をしたら、彼女曰く
「以前『蓮如』という五木寛之の本を読んだことがあり
又、三國連太郎の映画も見た
エロエロの話ばかりでウンザリした
蓮如の小説はあまりに酷いので捨てた」とのこと
この辺りから、五木寛之と親鸞、及び蓮如について
少し調べたり読んだりし始めました