愛情物語
2016-09-07 | 音楽
1.暗い女
「ねえ、服、これでいいかしら」
女性の服のことなんてまったく分からない私に向かって、陽子は白いブラウスと言っていいのかわからない服をひらひらさせて私に尋ねた。
「いいんじゃない」
私が興味がないといった風に答えると、陽子は、まったくもう、と言って膨れっ面になった。
「ねえ、なにが気に入らないの?」
「いや、別に・・」
「さっきからしかめっ面してるわよ」
「いや、別に。ただ中学校の同級会に行くのに、そんなに服装に拘るきみの気持ちが分からないだけ」
私がそう答えると陽子はきょとんとした顔を向けた。
そしてしばらく考える風にして、「もしかして私が同級会に行くのが気に入らない?」
いきなり核心を突いてきた。
陽子のその言葉に私は自分の気持ちを言い当てられ、すこし動揺したようだ。
いや、そんなことは・・・、と言い淀み、するとすかさず陽子の食い入るような視線が飛んできた。
「・・・・妬いてる?」
「え?」
「同級会に行けばどうしても、Aくんに会うものねえ・・・。あなたそれで妬いているんだ。あたしがどうにかなると思って・・・」
いや、その、と言って私は言葉が続かなかった。
Aくんは陽子の初恋の人だ。結婚当初そのことを聞かされていて彼が同級生だということを知っていた。陽子に中学の同級会の案内が来たときから私は一抹の不安を抱えていて、それは最近陽子の姉夫婦に似たような”事件”が起こったことも起因していた。もっとも、姉夫婦の場合は義兄が起こしたことではあるが・・・・。
「ばかねえ、私は義兄さんとは違うわよ。・・・ただ、懐かしさはあるかな。でもそれだけよ」
陽子はきっぱりと言った。
私は陽子のその堂々とした態度に少し安堵し、それから自分の度量の狭さを反省した。
「今の年になっても焼餅妬くなんてなあ、・・・自分でも信じられん」
「あら、それだけあたしが魅力的なんだわ」
陽子がおどけてそう言う様子に私は破顔した。そして笑いながら付き合い始めたころの陽子のことを思い出し、強くなったなあ、とつくづく感心した。
「でも、嫉妬してくれてありがとう」
陽子は言い、私は増々思いを強くした。
陽子と初めて出会ったのは”バブル”がはじけた直後だっただろうか。
私は金融機関に勤めていて、その関係の集まりに誘われ参加したのだった。
いわゆる”合コン”といったようなパーティー形式の集まりで、普段はライブハウスになっているフロアに多数の各金融機関の男女が集合し、楽しく酒を飲み交わし、会話を楽しんでいた。
その中で、ひとりだけぽつんとしていてつまらなそうにカウンターに座っていたのが陽子だった。
「ひとり?」
私が近づくと陽子は少し構えるような仕草を見せた。
「友達と来たんだけど・・・」
陽子の視線を追いかけるとテーブル席で一組の男女が楽しそうに会話をしていた。
友達に裏切られたわけね、と思い、私がかまわず隣に座ると陽子はさらに体を引いた。
「ねえ、向うで一緒に話さない?・・・・あ、俺、貝塚っていうの。名前は亮太」
私が言うと陽子は「いいのよ」とか細い声で言葉を返した。
「いいのって、せっかく来たのに楽しまなきゃ、もったいない」
「・・・友達のピンチヒッターで来ただけだから、いいの」
陽子の物言いにあきらかに拒否の意思表示が現れていたが私は構わず話し続けた。
「ねえ、どこに住んでるの?」
「・・・M町」
「ああ、それなら俺が今いる支店のある町だ」
私がそういうと彼女は少しびっくりした顔を向け、そうなんだと少しだけ態度を軟化してきた。
私はチャンスとばかりにいろんな話を畳みかけた。自分が何処の金融機関に勤めているのか、年齢、音楽が好きであること、秘かな楽しみで小説を書いていること等々、最後には共通の話題になるだろうと思われるM町の噂話を披露するころには、陽子の態度も大分違うものになっていた。
「うちは、タバコ屋なの」
「へー、どこにあるの?」
「山のほうにある、ちっちゃなタバコ屋。田舎過ぎて恥ずかしくなっちゃう・・」
山の方かあ、M山の方かと想像を巡らし、さて次は名前と連絡先を聞き出そうと考え始めたとき彼女が腕時計の時間を気にしているのが見て取れた。
「時間?」
「そうなの、帰りの電車の時間・・。本数が少なくてやんなっちゃう」
「彼女は?どうするの?どうやら隣の男といい感じになっているようだけど」
陽子は友人の方を一瞥すると、「彼女はいいの。先に帰ること前もって言ってあるから」と言って席を立った。
「じゃあ、今日はありがとう」
陽子はうつむき加減になって私に言い、それからくるりと踵を返して出口に向かって行った。
私はカウンターに座ったまま彼女を見送り、彼女の姿が見えなくなるころを見計らって皆のいるテーブル席へ戻った。
「よう、いいのか。送って行かなくて」
友人のY男が私に話しかけてきたので、名前も聞けずじまいに終わった私はこう言った。
「いいのいいの、あんな暗い女。俺の趣味じゃないし」
私が陽子に最初に抱いた感情は”暗い女”なのであった。
The Pretenders - Don't Get Me Wrong (1986) HD
「ねえ、服、これでいいかしら」
女性の服のことなんてまったく分からない私に向かって、陽子は白いブラウスと言っていいのかわからない服をひらひらさせて私に尋ねた。
「いいんじゃない」
私が興味がないといった風に答えると、陽子は、まったくもう、と言って膨れっ面になった。
「ねえ、なにが気に入らないの?」
「いや、別に・・」
「さっきからしかめっ面してるわよ」
「いや、別に。ただ中学校の同級会に行くのに、そんなに服装に拘るきみの気持ちが分からないだけ」
私がそう答えると陽子はきょとんとした顔を向けた。
そしてしばらく考える風にして、「もしかして私が同級会に行くのが気に入らない?」
いきなり核心を突いてきた。
陽子のその言葉に私は自分の気持ちを言い当てられ、すこし動揺したようだ。
いや、そんなことは・・・、と言い淀み、するとすかさず陽子の食い入るような視線が飛んできた。
「・・・・妬いてる?」
「え?」
「同級会に行けばどうしても、Aくんに会うものねえ・・・。あなたそれで妬いているんだ。あたしがどうにかなると思って・・・」
いや、その、と言って私は言葉が続かなかった。
Aくんは陽子の初恋の人だ。結婚当初そのことを聞かされていて彼が同級生だということを知っていた。陽子に中学の同級会の案内が来たときから私は一抹の不安を抱えていて、それは最近陽子の姉夫婦に似たような”事件”が起こったことも起因していた。もっとも、姉夫婦の場合は義兄が起こしたことではあるが・・・・。
「ばかねえ、私は義兄さんとは違うわよ。・・・ただ、懐かしさはあるかな。でもそれだけよ」
陽子はきっぱりと言った。
私は陽子のその堂々とした態度に少し安堵し、それから自分の度量の狭さを反省した。
「今の年になっても焼餅妬くなんてなあ、・・・自分でも信じられん」
「あら、それだけあたしが魅力的なんだわ」
陽子がおどけてそう言う様子に私は破顔した。そして笑いながら付き合い始めたころの陽子のことを思い出し、強くなったなあ、とつくづく感心した。
「でも、嫉妬してくれてありがとう」
陽子は言い、私は増々思いを強くした。
陽子と初めて出会ったのは”バブル”がはじけた直後だっただろうか。
私は金融機関に勤めていて、その関係の集まりに誘われ参加したのだった。
いわゆる”合コン”といったようなパーティー形式の集まりで、普段はライブハウスになっているフロアに多数の各金融機関の男女が集合し、楽しく酒を飲み交わし、会話を楽しんでいた。
その中で、ひとりだけぽつんとしていてつまらなそうにカウンターに座っていたのが陽子だった。
「ひとり?」
私が近づくと陽子は少し構えるような仕草を見せた。
「友達と来たんだけど・・・」
陽子の視線を追いかけるとテーブル席で一組の男女が楽しそうに会話をしていた。
友達に裏切られたわけね、と思い、私がかまわず隣に座ると陽子はさらに体を引いた。
「ねえ、向うで一緒に話さない?・・・・あ、俺、貝塚っていうの。名前は亮太」
私が言うと陽子は「いいのよ」とか細い声で言葉を返した。
「いいのって、せっかく来たのに楽しまなきゃ、もったいない」
「・・・友達のピンチヒッターで来ただけだから、いいの」
陽子の物言いにあきらかに拒否の意思表示が現れていたが私は構わず話し続けた。
「ねえ、どこに住んでるの?」
「・・・M町」
「ああ、それなら俺が今いる支店のある町だ」
私がそういうと彼女は少しびっくりした顔を向け、そうなんだと少しだけ態度を軟化してきた。
私はチャンスとばかりにいろんな話を畳みかけた。自分が何処の金融機関に勤めているのか、年齢、音楽が好きであること、秘かな楽しみで小説を書いていること等々、最後には共通の話題になるだろうと思われるM町の噂話を披露するころには、陽子の態度も大分違うものになっていた。
「うちは、タバコ屋なの」
「へー、どこにあるの?」
「山のほうにある、ちっちゃなタバコ屋。田舎過ぎて恥ずかしくなっちゃう・・」
山の方かあ、M山の方かと想像を巡らし、さて次は名前と連絡先を聞き出そうと考え始めたとき彼女が腕時計の時間を気にしているのが見て取れた。
「時間?」
「そうなの、帰りの電車の時間・・。本数が少なくてやんなっちゃう」
「彼女は?どうするの?どうやら隣の男といい感じになっているようだけど」
陽子は友人の方を一瞥すると、「彼女はいいの。先に帰ること前もって言ってあるから」と言って席を立った。
「じゃあ、今日はありがとう」
陽子はうつむき加減になって私に言い、それからくるりと踵を返して出口に向かって行った。
私はカウンターに座ったまま彼女を見送り、彼女の姿が見えなくなるころを見計らって皆のいるテーブル席へ戻った。
「よう、いいのか。送って行かなくて」
友人のY男が私に話しかけてきたので、名前も聞けずじまいに終わった私はこう言った。
「いいのいいの、あんな暗い女。俺の趣味じゃないし」
私が陽子に最初に抱いた感情は”暗い女”なのであった。
The Pretenders - Don't Get Me Wrong (1986) HD