3. 秋風
9月が終わって10月になった。
一か月を過ぎても陽子から電話がかかってくることはなかった。
あのとき、陽子は毎日電話をして私を後悔させてやると言っていた。
だが、毎日どころか一度もそんな電話なんてかかってきやしない。
俺は振られたのか?俺のどこが悪かったのか?軽い奴と思われたのか・・・。
自問自答する日々が続いていた。
俺はもともと女なんてそんなに信じてやしない。あのときは期待を持ったが、冷静に考えてみると、俺の勇み足だったような気がしないでもない。コンパで会って、本屋でたった10分立ち話をしただけの女じゃないか。それは事実だし、それ以上でもそれ以下でもない。それなのに何故こんなに彼女から電話がこないことにこだわるのか?
おかげで仕事にも身がはいりゃしない。
ちくしょう。
私がそう思いながらデスクワークをしていると、同僚のY男が声をかけてきた。
「なあ、亮太、今あいてるか?」
「ああ、俺もちょっと裏でタバコを吸おうかと思っていたんだ」
「ならちょっと」
私はY男に誘われるがままに、席を立ち、通路を伝い支店の裏口の方向に向かった。
裏口のドアを開けると、外はもう暗くなっていて薄暗いライトが辺りを照らしている。
秋の夜はなんだか寂しげだ。
私たちは外に出るとドア脇に備え付けられている灰皿の周りに集まり、タバコに火をつけた。
ふぅー。
タバコの煙を吐き出すと、早速Y男は話を切り出して来た。
「・・・なあ、7月のコンパのこと憶えているよなあ」
「ああ、勿論」
「あのとき、お前が声をかけた娘だけど、最近会った?」
突然、そんなことをY男に尋ねられ私は慌てた。
「な、なんでそんなこと俺に聞く訳?」
「うーん、電話がかかってきた訳よ。おまえのことを教えてくれってさ」
「誰が?」
「コンパに来ていた女。・・・あのとき男といちゃいちゃしてた女」
そう言われてあのときの光景が浮かんできた。男に媚びを売るような笑顔を見せていた女。確か彼女は陽子の友人だった。
「友達が交際を求められている。ついてはその男のことが知りたい、だってよ。まったくお嬢さまの結婚調査かよって思った」
「で?」
「うん、どうしたもんかと思ったがな。ちょっと考えたが悪いことではあるまいと素直に教えてやった」
「お前・・・・」
「まあ、安心しろよ。変なことは言ってないからさ。例えば、ソープにはまっていて毎日のように通い詰めているなんてさ」
「いつ俺がソープにはまった?それはお前だろ」
「ははは、悪い悪い。・・・まあ、それはともかくとしてお前のことは友人思いのいい奴だと言っておいた」
「・・・・そうか」
私はY男の話を聞いて、陽子がなぜ電話をかけてこないのか分かった気がした。陽子は迷っていたのだ。私が自分と付き合うのに相応しい男かどうか。だからこそ友人に相談して、それならとその友人がY男に探りを入れてきた。そういうことなのだろう。
私が考え込んでいると、Y男は歯をむき出しにして笑顔を見せた。
「なんだよ」
「いやあ、お前も見かけはちゃらいくせして、真面目な奴だと思ってさ。・・・・気に入らないんだろう?こうやって周りから固められるのがさ」
「いや、そんなことはない」
「まあ、いいんじゃない?彼女は純真なお嬢様らしい。お前にはぴったりだ」
「・・・・・・・」
「お嬢様の連絡先だ。あとはよろしくやってくれ」
Y男はそう言い、手帳の切れ端を私に握らせるとタバコの先を灰皿で揉みつぶし、そそくさと店内へと戻って行った。
私は彼のみみずが這ったような文字を見て、微かに笑った。
さて、どうする。
さわさわと秋の夜風が私の頬を撫でつけ、私の心を僅かにざわつかせた。
The Pretenders - Kid - 1979 (Better Graphics & Audio)