からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

愛情物語4

2016-09-11 | 音楽
4.再び文教堂

会社の帰りに文教堂書店に寄った。

もしかしたら陽子に会えるかもしれないとの期待からだった。

家に帰ってから陽子の自宅に連絡し、あらためて日時と場所を指定すれば陽子と会うことは可能なことに思えたが、なんだかそうすることは陽子の気持ちに反することではないかと思われた。

一時は陽子の行為に不快感をもったが、陽子の友人と称する女性からの電話は、陽子の意図するものではないのではないか、陽子が友人に相談したのは事実だとしても、そのあとの私についての”身辺調査”はその友人が勝手に行った行為ではないかと、冷静になって考えれば考えるほどそう思えて仕方がなかった。

だとすれば、私が手に入れた彼女の連絡先も彼女が承知した上で伝えられたものではないだろう。

だとすれば・・・・・。

陽子はきっと今日のうちにこの書店に現れるはずだ、自らの潔白を晴らすために来るはずだ、と私は考えた。

もっとも、その考えは陽子が私に対して少しでも好意をもっていてくれているのが前提で、陽子が来ないことも考えられたが、電話をかけることに躊躇していた私に残された陽子と会う唯一の方法は文教堂書店にくることでしかありえなかった。

私は文教堂書店に寄った。そして自動ドアを潜るようにして通過すると、真っ直ぐに奥の小説のコーナーへと向かった。

小説コーナーには2・3人の人だかりがあったものの、そこに陽子の姿はない。

私は時間を見、前回出会った時間よりも小一時間ほど早いことに気付くと、その場所で陽子を待つことにした

待ちながら私は自分が陽子に会ってなにをしようとしているのか分からなくなっていた。陽子に会って何を話せばいい?なぜ電話をくれなかったのか、なぜ友人が“身辺調査”をすることになったのか詰問する?私は迷いに迷っていた。俺はどうすべきなのだろう。
 
そんなことを思いながらおよそ二時間は待っただろうか、私は本を物色し時には読むふりをしながら近づく人影に注意をはらっていたのだが、その時間内に陽子が現れることはなかった。その間に小説コーナーに来たのは40代の主婦らしい女性と、学生くらいのものだった。

陽子が現れたのは本屋が閉まる30分前のことだった。

もう少し待とうかどうしようかと時間を見、迷っていたまさにそのとき待ち人は現れた。

自動ドアが開く音がする。それからこちらの方へ駆けてくるヒールの音。

陽子は私から数メートル離れた位置までくると立ち止まり、そして真っ直ぐ私を見た。

泣きそうな顔を浮かべながら、それでも必死にそれをこらえ、微かな笑みを浮かべている。

私から最初にかける言葉はなかった。言葉を出すと陽子を非難してしまいそうだった。

私が無言でいると、陽子は私を直視しながら口を開いた。

「・・・ごめんなさい。待った?」

陽子は自らを弁護することなくそう言ったのだった。

私は拍子抜けし、そしていろいろ考えていた自分が馬鹿らしく思えてきた。

陽子の言葉は一見不思議な印象を受けるが、きっと事前に熟慮し、それでも私にかける言葉が見つからず、ああなったのだろう。

陽子を見ると泣きたいのを無理して笑っているように見える。

俺は何を考えていたんだろうな。

私は思い、それからそのとき笑いながらこう返したんだと思う。

「どういたしまして」


"Brass in Pocket" - **The Pretenders**



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