2. 文教堂書店にて
私が、陽子と初めて会った日から2か月が経っていた。
9月に入り、そろそろ秋の気配を感じ始めたころ、私はM町にある文京堂と名乗る本屋にいた。
その日私は仕事で小さなミスを起こし、少しばかりむしゃくしゃしていた。
それで、会社帰りにストレスを発散するために本でも物色しようと文京堂に寄ったのだった。
文教堂は田舎にあるにしては広く、小奇麗な店舗であった。本の種類も多い。各コーナーは整然と並べられていた。
私は店舗に入ると迷わず小説のコーナーに行き、目ぼしい本を物色し始めた。
そのころ私は小説を書くことに生きがいを見出しており、ストーリーに詰まると本を読み、イメージを膨らませていた。
その日も一冊の本が目に止まり、イメージを手に入れるために、パラパラと斜め読みをしていた最中だったと思う。横から妙な視線を感じたのだ。
何かに驚いたような視線。どう言ったらいいのだろうか、視線の元である人物も明らかに動揺しているようなそんな視線を感じた。
私は慌てず、ゆっくりと視線を感じた方向に顔を向けた。
するとそこには、ひとりの女性が立っていた。私と女性との間は2、3メーターほど離れていただろうか、彼女は私が振り向くと目を丸くし、俯いてしまった。
おや?あの娘は・・・。
私は彼女があのパーティーで話した女性であることをすぐに思い出した。「暗い女」、私は即座にそう呟いた。
「きみは・・・」
私は彼女に近づき名前を呼ぼうとしたが、あの時名前を聞けず仕舞いであったことを思い出し、言葉に詰まった。
「・・・・・ごめん。きみの名前、まだ聞いていなかったね」
私がやっとの思いでそう言葉をつなぐと、彼女は意を決したように顔を上げ、私の方を見た。
「・・・陽子。樋口陽子って言います」
「はは、やっときみの名前が聞けた」
「・・・貝原・・・さん、でしたよね」
「うん、貝原、名前は亮太」
「こんなところで会うなんて思いませんでした」
「うん、でも考えたらここはきみの住んでいる町だろ。・・・会っても不思議じゃない」
「でも、あたしはめったに本屋さんには寄らないから、また会えるなんて思わなかった」
陽子は満面の笑顔を私に向けた。
あのときの彼女は笑いもしなかった。それがこんなに笑うなんて・・・・。
私はあらためて彼女を見、自分の評価が間違いであることに気が付いた。
切れ長の目、くしどおりの良さそうなロングヘアーに、痩身の体躯。こうして並んでみると彼女の背は意外に高い。
「背、高いんだね」
私がそういうと、彼女は恥ずかしそうに「まあね」と呟いた。
そしてそれから、私たちはその場で立ち話をした。
恐らく10分程度だっただろうか、私が立ち話もなんだからと食事に誘いかけたとき、またも陽子は時計を見、急にそわそわしだした。
「時間?」
「ええ」
「忙しいんだね」
「・・・・母がね、具合悪いものだから」
陽子はそういうと、両手を合わせごめんというポーズをして、またいつかと名残惜しそうにその場を立ち去りかけた。
「ちょっとまって」
私は急いで胸ポケットから名刺を出し、裏返すとそこに自分の家の電話番号を記入した。
「忘れ物だよ」
私は陽子にその名刺を差し出した。
我ながら気障なことをすると思ったが、そのときそうでもしないと彼女とは永遠に出会うことはないだろうと思っていた。
陽子はその名刺を受け取ると、最初は驚いたようであったがすぐに笑顔を返し、こう言った。
「後悔するわよ。毎日電話かけてやるから」
「望むところだ」
私達の物語はこうして始まったのであった。
The Pretenders - Back On The Chain Gang HQ Music
私が、陽子と初めて会った日から2か月が経っていた。
9月に入り、そろそろ秋の気配を感じ始めたころ、私はM町にある文京堂と名乗る本屋にいた。
その日私は仕事で小さなミスを起こし、少しばかりむしゃくしゃしていた。
それで、会社帰りにストレスを発散するために本でも物色しようと文京堂に寄ったのだった。
文教堂は田舎にあるにしては広く、小奇麗な店舗であった。本の種類も多い。各コーナーは整然と並べられていた。
私は店舗に入ると迷わず小説のコーナーに行き、目ぼしい本を物色し始めた。
そのころ私は小説を書くことに生きがいを見出しており、ストーリーに詰まると本を読み、イメージを膨らませていた。
その日も一冊の本が目に止まり、イメージを手に入れるために、パラパラと斜め読みをしていた最中だったと思う。横から妙な視線を感じたのだ。
何かに驚いたような視線。どう言ったらいいのだろうか、視線の元である人物も明らかに動揺しているようなそんな視線を感じた。
私は慌てず、ゆっくりと視線を感じた方向に顔を向けた。
するとそこには、ひとりの女性が立っていた。私と女性との間は2、3メーターほど離れていただろうか、彼女は私が振り向くと目を丸くし、俯いてしまった。
おや?あの娘は・・・。
私は彼女があのパーティーで話した女性であることをすぐに思い出した。「暗い女」、私は即座にそう呟いた。
「きみは・・・」
私は彼女に近づき名前を呼ぼうとしたが、あの時名前を聞けず仕舞いであったことを思い出し、言葉に詰まった。
「・・・・・ごめん。きみの名前、まだ聞いていなかったね」
私がやっとの思いでそう言葉をつなぐと、彼女は意を決したように顔を上げ、私の方を見た。
「・・・陽子。樋口陽子って言います」
「はは、やっときみの名前が聞けた」
「・・・貝原・・・さん、でしたよね」
「うん、貝原、名前は亮太」
「こんなところで会うなんて思いませんでした」
「うん、でも考えたらここはきみの住んでいる町だろ。・・・会っても不思議じゃない」
「でも、あたしはめったに本屋さんには寄らないから、また会えるなんて思わなかった」
陽子は満面の笑顔を私に向けた。
あのときの彼女は笑いもしなかった。それがこんなに笑うなんて・・・・。
私はあらためて彼女を見、自分の評価が間違いであることに気が付いた。
切れ長の目、くしどおりの良さそうなロングヘアーに、痩身の体躯。こうして並んでみると彼女の背は意外に高い。
「背、高いんだね」
私がそういうと、彼女は恥ずかしそうに「まあね」と呟いた。
そしてそれから、私たちはその場で立ち話をした。
恐らく10分程度だっただろうか、私が立ち話もなんだからと食事に誘いかけたとき、またも陽子は時計を見、急にそわそわしだした。
「時間?」
「ええ」
「忙しいんだね」
「・・・・母がね、具合悪いものだから」
陽子はそういうと、両手を合わせごめんというポーズをして、またいつかと名残惜しそうにその場を立ち去りかけた。
「ちょっとまって」
私は急いで胸ポケットから名刺を出し、裏返すとそこに自分の家の電話番号を記入した。
「忘れ物だよ」
私は陽子にその名刺を差し出した。
我ながら気障なことをすると思ったが、そのときそうでもしないと彼女とは永遠に出会うことはないだろうと思っていた。
陽子はその名刺を受け取ると、最初は驚いたようであったがすぐに笑顔を返し、こう言った。
「後悔するわよ。毎日電話かけてやるから」
「望むところだ」
私達の物語はこうして始まったのであった。
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