学校という組織についての3です。
効率的・能率的運営というと、組織をきちんと整えることは大変に必要なことと思います。ですが、一方で、その組織が運営において固い組織であったならば、そこに属する個人は、職位を義務的にこなすことが中心になり、何か人間味のない乾いた状態になるようにも思われます。
それは、子供という可能性の塊である存在を、ある意味、物のように扱うようにも感じられ、本来の学校教育の目標に合致していないようにも思われます。また、そのような運営であったならば、子供に、基礎的基本的知識や技術の習得を図りつつ、その上に個の人間性の伸張を図るという教育の目標を実現することはできないのではないかとも思われます。
学校の中で活動する教職員が、可能なかぎり、それぞれの個性や特性、建設的な思考力、志向する価値を実現するために創意工夫を柔軟に行えるような土壌を得ていなければ、子供の多様で高度な可能性を実現することはできないとも感じられます。
組織化を進め効率性も求めながらも、人の柔軟な創造性も生かすことのできる組織である必要性があるように思われます。
二つの要素をつないでいくものがあり、それが組織内の多くの人の共通理解になり、それに基づく行動が行われるようになったときに、健全で能率的な多様性の追求ができるものなるように思われます。
組織には、例えば企業であれば、その企業が存立している価値、社会的使命があると思われます。それぞれの組織にそれぞれの氏名があると思われます。
学校にも、それぞれの学校が持つ存立基盤があると思います。小・中・高と年齢に即した使命、設立主体に応じた使命、公立・私立による使命の違い、地域社会の特性の違いによる使命等々、多くの使命が存在すると考えられます。
使命は、ミッションです。例えばある高校であれば、〇〇高校という、「他と区別できて内容のある信頼のできる価値ある存在」であるブランドを形成し、生徒の伸張を図ることがミッションの例として掲げることができるかと思います。
使命感に関して、心理学者のアドラーの言葉を示しておきたいと思います。
「使命感は、自分がなさなければならないことがある。自分を必要としている人がいる。そのために自分は何かができると感じることができる」こととしています。
他の場合も同様にそれぞれの価値的存在を目指すことがミッションであると考えられます。学校を訪問すると、校長室や職員室の壁などに、教育目標として掲げられているものを見ることがありますが、10年1日のように変わることなく掲げられているようで、それを確認することもあまりなく、変更もなく、基本的にそこにあるというだけの存在になってしまっていることも多いようにも思われます。
ミッションは、その組織の使命を示すものですから、より多くの機会に確認し、場合によっては改変される必要のあるものと考えられます。
ミッションは、経営層、学校であれば、校長、理事長、理事等が作成して提示するものであると考えられます。そして、言語的に見れば「明快で明確」、人間的に見れば「普遍的」であることが必要と考えられ、毎年の確認や必要な見直し、数年間、あるいは毎年度の目的の明確化もミッションとすることができると考えられます。
経営層は組織のリーダーであり、明確でわかりやすく、普遍的な目標を明確な言語で分かりやすく、集団に属する人が共通に理解でき、目標とすることができる内容を提示することが大切と考えられます。これは経営層の基本的な職位上の権限と責任であると考えられます。
今回はここまでとさせていただき、次回は、ミッションから生じる「ビジョン」や「バリュー」等について考えてみます。
効率的・能率的運営というと、組織をきちんと整えることは大変に必要なことと思います。ですが、一方で、その組織が運営において固い組織であったならば、そこに属する個人は、職位を義務的にこなすことが中心になり、何か人間味のない乾いた状態になるようにも思われます。
それは、子供という可能性の塊である存在を、ある意味、物のように扱うようにも感じられ、本来の学校教育の目標に合致していないようにも思われます。また、そのような運営であったならば、子供に、基礎的基本的知識や技術の習得を図りつつ、その上に個の人間性の伸張を図るという教育の目標を実現することはできないのではないかとも思われます。
学校の中で活動する教職員が、可能なかぎり、それぞれの個性や特性、建設的な思考力、志向する価値を実現するために創意工夫を柔軟に行えるような土壌を得ていなければ、子供の多様で高度な可能性を実現することはできないとも感じられます。
組織化を進め効率性も求めながらも、人の柔軟な創造性も生かすことのできる組織である必要性があるように思われます。
二つの要素をつないでいくものがあり、それが組織内の多くの人の共通理解になり、それに基づく行動が行われるようになったときに、健全で能率的な多様性の追求ができるものなるように思われます。
組織には、例えば企業であれば、その企業が存立している価値、社会的使命があると思われます。それぞれの組織にそれぞれの氏名があると思われます。
学校にも、それぞれの学校が持つ存立基盤があると思います。小・中・高と年齢に即した使命、設立主体に応じた使命、公立・私立による使命の違い、地域社会の特性の違いによる使命等々、多くの使命が存在すると考えられます。
使命は、ミッションです。例えばある高校であれば、〇〇高校という、「他と区別できて内容のある信頼のできる価値ある存在」であるブランドを形成し、生徒の伸張を図ることがミッションの例として掲げることができるかと思います。
使命感に関して、心理学者のアドラーの言葉を示しておきたいと思います。
「使命感は、自分がなさなければならないことがある。自分を必要としている人がいる。そのために自分は何かができると感じることができる」こととしています。
他の場合も同様にそれぞれの価値的存在を目指すことがミッションであると考えられます。学校を訪問すると、校長室や職員室の壁などに、教育目標として掲げられているものを見ることがありますが、10年1日のように変わることなく掲げられているようで、それを確認することもあまりなく、変更もなく、基本的にそこにあるというだけの存在になってしまっていることも多いようにも思われます。
ミッションは、その組織の使命を示すものですから、より多くの機会に確認し、場合によっては改変される必要のあるものと考えられます。
ミッションは、経営層、学校であれば、校長、理事長、理事等が作成して提示するものであると考えられます。そして、言語的に見れば「明快で明確」、人間的に見れば「普遍的」であることが必要と考えられ、毎年の確認や必要な見直し、数年間、あるいは毎年度の目的の明確化もミッションとすることができると考えられます。
経営層は組織のリーダーであり、明確でわかりやすく、普遍的な目標を明確な言語で分かりやすく、集団に属する人が共通に理解でき、目標とすることができる内容を提示することが大切と考えられます。これは経営層の基本的な職位上の権限と責任であると考えられます。
今回はここまでとさせていただき、次回は、ミッションから生じる「ビジョン」や「バリュー」等について考えてみます。