◆
あとで聞こう――。
そう思い直したハルキだったが、あっという間に時間は過ぎ、気がつくとその日の放課後となっていた。
「じゃあね」
「また」
「おう、いつものトコ寄っていこうぜ!」
急に教室内は騒がしくなる。
新学期が始まって一ヶ月が過ぎ、そろそろ仲の良いグループが出来はじめている。
そんな中で、ひとりだけ――奇妙な行動を始めた女子がいた。ハルナだ。
ハルナは授業終了と同時に席を立ち、帰る準備を始める。鞄に教科書を入れ、そして学生服の上からエプロンをまといだす。
最初の頃は――みんな、それを奇妙な目で見て、
「あれ? 四之宮さん、家庭科の部活だっけ?」
と、聞いてくる女子もいた。
しかし、すぐにあの事件の被害者の子だと気がつくと、波がたちまち引いていった。
ハルナは亡くなった母親の代わりに、家を助けているのだ――と、美談の目で見られるようになっていく。
しかし当人は、このほうが楽だからと、あっけらかんとしていた。
つまり、主婦の戦闘服ともいえるエプロンをまとうことで、学校を一歩出れば、四之宮家のお母さん代わりなんだという気合いが入るらしい。
さらにクラスメートからの、「学校帰りに、どこかへ寄り道しない?」というお誘いの声も、かかりにくくなる。もちろん男子であっても、それは同じこと。今や誰ひとりとして、下校中のハルナには遠慮して近寄ってこない。一石二鳥である。
だから、毎日エプロンをして帰るのは、もう姉の恒例行事なのだ。お気に入りのエプロンを日替わりのように楽しみ、他の女子とは一線を画する独自路線を確立していたと言っていい――。
これを、入学後の初日からやっているのだから、恐れ入るほどの独自路線だ――いや、独自の世界観が築かれつつあったと言える。そのせいか――ハルナには、まだ友達すらできていない。
もちろん、そのこともハルキは気になっていた。
「………」
姉の姿をぼんやりと眺めていると、首にエプロンをかけたときに、美しいうなじが目に飛び込んでくる。同時にハルナは首輪をつけ直す。
あまり目立たないが、姉はアクセサリーで首輪をしていたのだ。
変な趣味だと思うが、これもハルナのお気に入りである。
きっかけは、小学校五年生のときだった。
ハルキが紙粘土を使って制作したハートマークのアクセサリーもどきを、姉の誕生日にプレゼントしたことが、きっかけである。
受け取ったハルナは、たいへん喜んだ。
そして数日後――あのハートマークを縫いつけた首輪を、自分の首に巻き付けて「にあう?」と、聞いてきたのだ。
ハルキは、そういうふうに使うのは何か変だなと思い、つい口が滑って「イヌみたいだよ」と、小言を洩らしてしまった。
そのとき、姉はふと悲しい表情をしたものの、すぐに立ち直り、「あたしは、この家の番犬だからね」と、逆に自慢してくるほどの強気な態度に変わる。
以来、そのまま姉はムキになってしまったのか――首輪を滅多に外さなくなってしまう。
たとえ、担任の矢部先生に見つかっても構わない。さすがに没収されたときは、自ら職員室に乗り込んで行って、「母親の形見なんです」と、嘘までついて矢部先生を根負けさせてしまったこともあったが――。
とにかく姉は、一度でも決めたことは貫き通す性格だ。
エプロンの件も、首輪の件も、たとえ周りからおかしいとか言われても、ちっとも本人は気にしていない。鈍感なのかなと思うくらいに――いや、そういうと可哀想だから、おおらかな性格でと言ってあげよう……。
「それじゃ、ハルキ――お先にねっ」
姉がエプロンをつけ終えて、こちらに笑顔で振り返る。
「えっ……あっ……」
返答にまごついていると、姉は先を急ぐかのように、あっという間に教室から出ていってしまった。
「――あっ、ねぇ! もう帰るの!?」
ハルキが、ハッとして追いかける。
エプロン姿のハルナは、すでに教室から出て、廊下を歩きだしたところだった。
「うん。今日はね――お父さんの畑仕事、手伝わなきゃいけないの。それに夕食の買い出しもあるし――」
ハルナは廊下を歩みながら、追いかけてきた弟に答える。
追いついたハルキが、慌てて言う。
「待って――じゃあ、オレも手伝うよ!」
「えっ、いいのに……部活あるんでしょ?」
ハルナが立ち止まって、笑顔を向けてくる。
その笑顔に見とれて、つい言いたいことを忘れそうになるが、
「あ~……あの『メガミ研究部』は……え~っと、そういえば……今日は確か……休みだったよなぁ? うん……」
と、ハルキはわざとらしく答えた。
そんな弟の小芝居を、すでに姉は見抜いている。
「ふふっ……ウソが下手ね」
「えっ?」
「ほら、あの子たち――待ってるわよ」
と、ハルナは自分たちの教室のほうへ視線を向けた。
ハルキも振り返って、姉と同じ方向を見る。
「あっ……」
一年二組の教室の前に、女生徒が三人ほど並んで立ち、ハルキのことを悲しそうな目で見つめていた。
彼女たちも『メガミ研究部』の部員で、ハルキのあとを追うようにして入って来た女子三人組だ。
「ヴッ……」
それを見て、ハルキは青ざめる。
実をいうと――ハルキのことが目当てで、他のクラスからも女子の何人か入部してきており、『メガミ研究部』は一気に大所帯となっていた。
そのため、教室前で〝出待ち〟と呼ばれる女子の群れが、放課後になると――他のクラス、上級生を問わずに集まってくるのだ。
しかも、
「四之宮クン~」
「帰っちゃうの~?」
「部活、始まっちゃうよ~?」
それぞれが、大泣きしそうな顔をしてアピールしてくる。
ハルキは「まいったなぁ」と、頭をかいた。その背中を押したのは、姉のハルナである。
「行ってらっしゃいよ。ウチのことは、ハルナお姉さんに任せておけばいいから」
「で、でも――」
「いいの。ハルキには負担かけたくないから――ちゃんと、学園生活を楽しんで」
「はあ? 何言ってるんだよ。自分だってオレと同じ、一年生じゃないか――だいたい学園生活を楽しんでないのは、そっちじゃん」
何となく子供扱いされたことが面白くなかったのか、ハルキが唇を尖らせる。
「だいたい『メガミ研究部』だって、一緒に入ろうって約束したのに――」
「してないよ」
「したよ」
「いいえ、約束はしておりません。あたしは家のことがあるんです。部活なんて出来ませんよ。前にお断りしたはずです」
「―――」
やばい、とハルキは思った。
姉が、急に敬語を使い始めるときは、大抵怒りのボルテージが上がってきているときだ。
ここは言い合いになるよりも、まずは行動あるのみ。
「待ってて――」
いきなり姉にそう告げて、ハルキは『メガミ研究部』の女子部員たちの許へ駆け寄っていく。
ハルナは、それをキョトンとした顔で見送った。
やがてハルキは、女子部員たち三人の前で身振り手振り説明するような仕草をしたあと、慌てて教室に飛び込み――そして鞄を抱えて急いで出てくると、ハルナのほうに駆け足で戻ってきた。
「ハア、ハア、ハア……これで、オッケー。今日は部活を休むって、伝えてきたよ」
「ど、どうして……?」
「たまにはオレも、家族サービスしないといけないからね」
「え?」
今度はハルナが、目をぱちくりさせる。
「さあ、行こう――」
ハルキは、先に廊下を歩きだした。
◆
「ほら、早く――」
後ろを振り返ると、エプロンをした姉がゆっくりとついてくる。
その姿は、中学生が若奥さんのコスプレをしていると言いたくなるような――やっぱり変わった風貌だった。
「久しぶりだね、こうして歩くの――」
ハルナは、にこにこしてハルキのあとをついてくる。
あれだけ弟に『部活に出ろ』と、促していたくせに。
でも――いざ、ふたり揃って下校すると嬉しいらしい。
思ったとおりだ。
姉に対しては言葉で説得するより、ストレートに行動するほうが効く。
強引に行動すれば――何だかんだ言いながら受け入れてくれるのだ。
そこがハルキには心地よく、姉のことが大好きなれる理由でもあった。
「ほら、おネェが先導してくれないと――」
そう言って、姉の手を引っぱる。
「あっ――」
「どこ行けばいいの? 案内してよ」
と、ハルキは自分の前を無理やり歩かせる。
いくら促しても、姉はハルキより前を歩こうとしてくれないからだ。
妙なところで古風なのだ。
いや、好きでそうしているらしいが、それにしても――と、ハルキは思う。
すると今度は、
「ねぇ、今夜は何が食べたい?」
と、姉は後ろのほうばかりを見て歩きだす。
「あ、危ないよ、おネェ――前向いて歩けって」
「フフッ。だって前を向いたら、ハルキの顔が見られなくなるじゃない?」
甘えた声で、器用に後ろ向きで歩く。
「危ないってば! 転んじゃうぞ――」
「フフッ、転ばないよーだ」
姉が、急にアッカンベェーをする。
こんなの、学校にいるときは見せない顔だ。
誰か他人の目があるときは、いつも気の強い女の子として振る舞っているけど――こうして、ふたりだけになると、突如にして甘えん坊の顔に豹変する。
それは小学校のときもそうだったし、幼稚園のときも――
そう、あの山の中での事件があってから変わったんだ……。
「……ん?」
ハルキは、急に立ち止まった。
(あの事件って、何だ? え? 山の中……?)
まるで憶えてない話だぞ。
――でも今、確かにそう言ったよな?
あの山の事件があってからって……。
心の中でのつぶやきに、違和感があったハルキは、自分に問いかけてみた。
たぶん、母親が亡くなった日のことだろう……。
幼かったから、記憶が薄れているが……。
あのとき、確か――。
怪獣ヘラームが東京の街を襲って、母親と一緒だったハルキたちは、高速道路で立ち往生していたはず。
やがて車の外へ姉と一緒に飛び出して、道路の隅で震えていたのを――今でもはっきりと憶えている。
でも、そこは山の中じゃなかった。
高速道路の上で、まわりはビルばかり建っていたはず。どこにも山なんてなかったし、そんな田舎のような光景じゃなかった。
うっすらと憶えているのは――逃げ遅れた母親が、怪獣ヘラームに食べられてしまったこと……。
何が起こったのか、わからなかった。
わからなかったけど、ハルキは泣いていた。
何日かして、被害者の合同葬儀が東京であって――父親と姉の三人で、出席していた。
記憶は、途切れ途切れにしか残っていなくて……。
母が死んだのを見たあとは、ふいに合同葬儀に出ていた記憶へと飛んでいる。
幼い頃の記憶なんて、そんなものだろう。
今まで気にもしてこなかったけれど――。
――その山の中での事件って、何だろう?
どんなことが、山の中であったというのだろうか?
思い出せそうで、思い出せない……。
これは、何かがある……。
モヤモヤとして、とても気持ち悪い……。
(また、健忘症かよ……)
もはや自虐的に、自分の欠点を認めつつあった。
そんなときである。
「ほら、早く――」
いきなり姉が戻ってきて、ぼぅっと突っ立っていたハルキの腕をつかんだ。
「えっ?」
ハッとして我に返った。
すぐ目の前には、姉の怒った顔がある。
「あたしの話を聞いてなかった罰よ――今夜のお夕食は、ハルキの苦手な料理にするからね!?」
姉に引っぱられながら、やっとハルキは現実へと意識を戻す。
――くそっ。
(もう少しで、思い出せそうだったのに!)
タイミング悪く割り込んできた姉に、少しムッとした。
でも、そんなことに気がつかない姉は――ハルキの腕を引いて、どんどん通学路を進んでいく。
(まっ、しょうがないか……)
ハルキは、ため息をつく。
忘れっぽいのは――いつものことだからと、あきらめることにした。
双子の住む堅忍市は、東京の郊外にある地方都市のひとつである。
駅前は再開発によって新しいビルが立ち並び、お洒落な店も多くなった。しかし少し駅の周辺から離れると住宅の間には畑が目立ち始め、さらにしばらく奥へ進むとすっかり田園地帯に様子を変えてしまう。
父の悟がこの地にマイホームを選んだのも、そんな田舎の風景と、少し都会っぽい両面を兼ね備えた、飽きのこない暮らしやすさと利便性があってのことだった。
おかげで駅からだいぶ離れた場所にも、大きなスーパーが建っている。そこが、四之宮家が母の代から利用している大型量販店だ。
ハルナは弟を伴ってその店に入ると、ショッピングカートを押しながら陳列された食料品を選んでいく。
ふたりとも学生服の男女のままだから、けっこう目立つ。しかも姉は、制服の上からエプロンをしているのだ。
(今日は、学校行事か何か?)
(文化祭にしては早いわね……?)
すれ違う主婦たちから、そんなような視線を向けられてしまう。
慣れないハルキにとっては、ちょっと気になったが。
やがて――
「あらハルナちゃん。こんにちは」
と、顔見知りの主婦らしき女性が通りかかって、優しく声をかけてきてくれる。
「こんにちは、谷口さん。お子さんはお元気ですか?」
と、ハルナもにこやかに挨拶する。
たちまち、談笑が始まった。それが終わると、また別のおばさんから声をかけられる。
どのおばさんも、近所の人ではない。
知らないおばさんばかりだ。
ハルキがあとで「今の人、誰?」と訊ねると、どこどこの誰々さんと、ハルナはすらすらと答えてくれる。
「すごい。全部覚えてるの?」
「うん」
「オレなんて、今聞いても……全員の名前、さっぱり憶えきれないんだけど」
「そりゃ、あたしはほとんど毎日来てるもん」
嬉しそうにハルナが答えた。
「………」
また姉の知らない一面を見てしまったような気がした。
「なんか……ごめん」
「えっ?」
ハルキは詫びるように言う。
「いろいろさ、家のことで忙しくさせちゃって……オレ、ずっとおネェに頼りっきりで。何にもしてなかった……反省するよ」
「何よ、急にあらたまっちゃって」
「うん――なんかオレ、ダメだな……おネェに何もかもしてもらっていてさ……」
「いいんだよー、そんなの。これは、あたしの役目なんだから」
諭すように姉から言われると、ますます辛い。
ハルキは、これまで姉のことは何でも知っていると自負してきた。
しかし今日の佐護山に対して鮮やかに格闘技の技を決めたところといい、男の自分をはるかに凌駕した強さを見せつけられて、正直ショックは大きい。
今まで姉のことを見てるようで見てなかったんじゃないかと、急にその自信も揺らいでいた。
もっと姉のことを知るべきじゃないだろうか――。
そう思って、今日はここまで付いてきたのだ。
「ねぇ……」
「うん?」
さっき廊下で質問しようとしたときの続きは、今かもしれない。
ハルキは口を開いた。
「オレ、おネェのことで……知らないことがあるのは嫌だ」
「えっ?」
「今日の、佐護山をあっけなく投げ飛ばしたのだって――オレ、全然そんなの知らなかったし、あとになって気づくのなんて嫌だよ」
拗ねた子供のように、カートを押しながらつぶやいていた。
「………」
隣でハルナは、にこにことそんな弟のことを眺めている。
弟はその視線に気づき、
「ねぇ、笑わないでよ」
と、抗議した。
「笑ってないよ」
「だったら、教えてよ」
「何を?」
「学校へ行って、オヤジの畑仕事も手伝って、家のこともやって、宿題もやって……そんなに忙しいのに、体を鍛える時間なんてないじゃないか」
姉に対して怒る気はなかったが、厳しい口調になってしまっていた。
「まさか、夜中にやってるわけじゃないよね?」
「……さあ、いつでしょう? フフッ」
「だから笑って、ごまかさないでってば……」
ハルキは深い息をつく。
何となく、ごまかされてしまう気がしたが――しかし、ここで踏ん張ろうと思った。
でないと、姉とのすれ違いは今後も増えていき、そのうち他人のように知らないことだらけになっていくんじゃないだろうか……と、少し危機感を抱きつつあったからだ。
「ねぇ……」
「ん?」
「あれって、何かの拳法なの?」
「拳法?」
「うん。誰かに教わったの? オヤジじゃないでしょ? あのオヤジが、そんなことするわけないもんな……でも、家の近所にそんな達人が住んでたっけ?」
早口で話し、姉に遮られないようにした。
「ううん、住んでないよ」
姉がキョトンとした顔のまま、首を振る。
「じゃあ、本か何か? いや……おネェの部屋には、そんな本なかったよなぁ……だったら、インターネットか何か?」
「フフッ……秘密」
「秘密! なんで?」
ハルキは絶望的になる。姉は、頑固な性格だからだ。
「そ、そんなのずるいよ――隠す必要なんて、ないじゃないか?」
すると姉は、神妙な顔つきになって言う。
「隠さないと、いけないの……」
「どうして?」
「――ハルキを守るため」
「えっ?」
ハルキは驚いた顔で立ち止まった。
するとハルナも立ち止まって、じっと弟のことを真顔で見つめる。
このときだけ、姉はいつもと口調が変わった。
「ごめん……ここから先は、話せない……」
苦しそうな表情だった。
本当は話したいけど、話せない……。
何か事情があってのことだろうか?
ハルキは、そのただならぬ姉の様子にたじろいだ。
「そ、そんな……ウソだろ?」
思わず声に出していた。
姉がどこか遠い存在になるという予感は、現実のものとなろうとしているのか。
まさか、そんなことがあるものか――。
姉との間に、ちょっとした壁のようなものがあるのかもしれない――そのことを感じ始めていたが、ハルキは打ち消すように首を振った。
「ウソだと言ってよ、おネェ――オレに隠し事なんて、これまで一回もなかったはずだろ?」
今のは冗談だ――と笑って欲しい。
そんな思いを込めながらハルキは姉に訴えた。
でも、姉は真面目な表情からほんの少しだけ、笑みを取り戻した程度だった。
「じゃあ、これが……第一回目の隠し事になっちゃうんだね……」
「………」
開き直ったのか――いや、それを言ったあとの姉は、やっぱり悲しそうな顔に戻った。
「ちょ、ちょっと待ってよ、まだ他にも隠し事あんの?」
ハルキは心配になって、姉を問い詰めようとする。
「ごめんなさい――」
絞り出すようなつぶやきが返ってきた。
姉はうつむき加減に答え、そして顔を横に逸して小さく震えだす。
悲しがっている……うっすらと、涙も滲み出している。
「うっ、ううっ……」
ハルナが声をうるませる。
呆気に取られて見ていたが、ハルキはすぐに我に返った。
「な、泣くなよ――ちょっと! ほら、他の人の目があるから。ねぇ、泣くなって――」
「ううっ……ご、ごめんなさい……」
涙声で、姉はまた謝る。
「わ、わかったから――もう聞かないから、うん――なっ? 泣かないで、頼むから――」
「……ホ、ホントに?」
「あ、ああ……ホントに」
「……ヒ、ヒミツを持ったあたしを、許してくれるの……?」
「ああ、許すも何もって……あー、なんて聞き方するんだよー。周りの人たちが変に誤解するだろ?」
「……う、うん……ありがとう……」
「えっ?」
「許してくれて」
姉の詫びるような、ひと言に――ハルキは真顔になっていく。
「……あ、当たり前だろ。オレたち……双子なんだから……」
そう答えたときだ。
「嬉しいっ!」
うつむいていたハルナが顔を上げて、いきなり弟に飛びついてきた。
「うわっ! な、何を!?」
店内で抱きつかれたハルキが焦る。
他のお客さんたちからの視線が、一斉に向けられてくる。
中には「あらまぁ、仲の良いこと」と笑いだすおばさんもいたが、しかし「人前で、なんてふしだらな」と、怒っているような顔をしているおばさんも多くいた。
いろんな視線に晒されて、ハルキは焦るが――しかし姉のほうは、ぎゅっと弟の体にしがみついて、その絆の深さを確かめようとしているかのようだった。
「わかった、わかったから……」
そう言いながらも、姉の身体を押し戻そうとする気持ちはなかった。
「………」
抱きつきたいだけ、抱きつかせてあげよう――。
スーパーの天井を見上げて、目を閉じる。
ハルキもそのまま何もせず、ただ立っているだけとなった。
そんなふたりの様子を――離れた場所から、監視している男子たちの影があった。
巨漢の佐護山と、その手下どもである。
「おいおい――あのふたり、仲良すぎんじゃないの?」
手下のひとりが言った。
彼らは陳列棚の影から、双子の様子をうかがっていたのだ。
「まったく、あれじゃ恋人同士に見えるぜ」
そう言った手下を後ろから押しのけて、いかつい巨体の佐護山が、ぬっと陳列棚の影から身を乗り出す。
しばし、双子のほうを睨んだあと、
「おかしな双子だぜ――あいつら、何かありそうだよな」
と、つぶやいたあとだった。
さらに後ろから、
「おい、佐護山――」
低く渋い男の声がした。
振り返ると――そこには佐護山よりも背は低いが、短く刈り上げた頭にソリコミを入れ、どちらかというと几帳面で規律にうるさそうな雰囲気を漂わせた不良のひとりが立っていた。
「――こっ、甲上先輩っ!?」
振り返った佐護山が、素っ頓狂な声を上げて緊張した面持ちとなる。
「オマエ、やられたんだって?」
眉を剃って一重瞼の目がいっそう鋭くなった甲上大介が、嘲りの笑みを浮かべながら言った。
甲上は腕力より頭脳で相手を制する、インテリヤクザを思わせるような中等部三年生の頭なのだ。
「い、いえっ! とんでもない――」
問われて、慌てた佐護山は首を振って否定する。
「嘘つくなよ? 保健室に駆け込んで、傷の手当てをしてもらったくせに」
甲上が言うとおり、佐護山は左手首と頭に包帯を巻いていた。
「こ、これは、その――な、何ともないです!」
心の準備が出来ていなかったのか、佐護山はしどろもどろになりかかる。
「オマエほどの奴が、投げ飛ばされるなんてな」
「で、ですから違うのです!」
「何が違うんだ?」
「オ、オレは、投げられてやったんですよ――自分に向かってくる女を、傷つけるわけにいかないんで! そうするしかないでしょ?」
「あたりめーだ。オレの女になるんだからな……傷つけんなよ」
「も、もちろんです――」
佐護山は、頭を下げた。
「しかし、お前に立ち向かうなんて――大した女だよなァ」
と感心したように言って、甲上は自分も陳列棚の影から双子のほうを覗き見る。
まだハルナは、弟の体に抱きついたままである。
「………」
甲上はそれを見て、眉間にしわを寄せる。
「何を考えてるのか、わかんねー不思議ちゃんだぜ」
甲上がバカにしたように言ったとたん、
「た、確かに! ちょっとおかしいかもしれないっすね!」
後ろから、佐護山がホッとしたように同意する。
甲上があきらめてくれれば、ハルナに手紙を破られた一件も言い訳しやすくなるからだ。
だが甲上は、
「まあ、しかし……そこがいいんだけどな!」
と、急にデレッとした表情になってしまう。
ハルナの気の強さを、高く評価したようだ。
すると、たちまち佐護山も方向転換。
「そ、そうですよね! いいですよ、絶対にイイ! なあ、お前ら!?」
と、自分の手下へも同意を求めた。
慌てて、配下の不良たちも取り繕う。
「ええ、そうですとも!」
「最高っすよ!」
「いいなぁー、甲上先輩! 世界平和に貢献っすね!」
「不思議ちゃんこそ、正義っすよ! 絶対に正しいっす!」
と、手下たちも賞賛の嵐を送る。
その声を背中で聞いた甲上は、満足そうにデレデレ顔になっていく。
そして、きりっとハルナのことを睨みつけて、
「ゼッテェー、諦めねえぜ!」
と、まだまだ意欲は衰えていない口調の甲上であった。
(つづく)