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平田篤胤の幽冥界

2011年04月06日 | 池波正太郎 江戸時代

 平田篤胤は本居宣長にどんどん傾倒していき、「善人も悪人も死ねば黄泉の国にいく。 それは汚くて悪いところであるが、これも絶対神であるアマテラスの思し召しであるから仕方ない」 という死生還に従っていた。 そして本居宣長の後継者であると主張していたのであるが、善人も悪人も死んだら同じであるというところに徐々に疑問を持ち始めていった。 このことを神学理論という著書にして世に問うことになるが、そのきっかけは妻の死にあるという。 篤胤神学をわかりやすくいうと、 「天・地を構成する元素は産霊の神によって同意地のものとして創られていると考える。その元素のひとつは天の元素、もうひとつは地の元素とよばれるもので、死後人間の心は天に昇り肉体は地に帰るという。 ここで重要なことは、死後黄泉の国へ行くのは肉体であって魂のほうではない。 魂がいくのは幽冥界というもうひとつの領域で、神と物質が交感しうる唯一の場所で、大国主命が支配している。」 というものである。 これは神道が認めていなかった死後の救いを認めたことで、庶民には歓迎されることとなる。  

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