「ふることぶみ」とも云われる古事記は上・中・下3巻から成り、712年に編纂されたわが国最古の書物である。上巻は天地開闢から天孫降臨に至る神々の物語、中巻は初代神武天皇から第15代応神天皇までの物語、下巻は第16代仁徳天皇から第33代推古天皇までの物語が収められている。古事記の立案者は第40代天武天皇で、語り伝えられている伝承に誤りがあるようなので正していこうとしたようである。天武天皇は飛鳥浄御原宮で古事記の編纂を発案すると、稗田阿礼という語部の舎人を召しだして、天皇家の系譜や神話・伝説を習い覚えるように命じたのは古事記成立の40年前である。命じられてから約15年後の686年に天武天皇が崩御したために中断するが、第43代元明天皇(在位は707-715)が惜しんで民部省の長官である太安万侶に稗田阿礼の暗唱を書き記すように命ずる。こうして完成したのが古事記である。さて、記載内容は史実としてすべて受け入れることができるかというと難しい。奈良盆地を中心とする機内の首長連合である大和政権の基盤が固まった時代背景を考えると都合の悪い出来事は抹殺された可能性があるからである。古事記には神々と天皇家の系譜のほか神話・伝説が含まれ、恋と野望の物語が数多く登場する。恋は情熱的で野望は極めて大胆、それらの多くを今まで紹介してきたが、ここに再度検討する。
稗田阿礼が誦した「勅語の旧辞」を筆録した太安万侶の墓