ゴルフ三昧のシルバーエイジ

歯肉がんと悪性リンパ腫と二つのがんを克服し、現在はゴルフ三昧と旅行、家庭菜園を楽しんでいるシルバーエイジの日記

歯肉がんの体験記1

2010年07月25日 16時50分04秒 | 歯肉がんとの闘い
私は6年前に、歯肉癌(口腔癌)を患いました。
幸い早期発見で、放射線と抗がん剤での治療により完治して、定期検診も6ヶ月に一度となり、癌という言葉も忘れそうになるくらいになりました。
当時、自分が癌に気づくきっかけとなったのは、ある方の体験記を綴ったホームページを見て自分の症状と酷似していることに気がついたからでした。
そのことを思い出して、自分の体験も誰かのためにならないかなと思い、発見当時の写真と、当時のメモを紹介したいと思います。

--歯肉癌を診断されるまで--

【誤った診断で半年間の放置】
2004.04頃
右奥の上親知らずの横に血の塊みたいなものに気がついた。
気がついたと言うより、その時は、かなりの大きさになっていたから、もっと以前に発生していたのに、痛みもなかったせいで「何かな~?」ぐらいに感じていたのを、急に気になりだした時だと思う。


2004.05
毎月歯の掃除をお願いしている行きつけの歯医者で(知り合いが務めている関係で少し遠いが家族全員でかかっている。)奥歯と親知らずの間に炎症があり、そのための出血が固まっていると診断された。

2004.06.12
前回から1ヶ月後の診察、レントゲンを撮った。
診断は相変わらず歯肉炎による出血だった。
⇒血の塊は腐ってよけい炎症を起すから歯ブラシを強く当てて血を出してその後に歯周病の薬を塗りこんでおくよう指導された。
今まで以上に強く当てて、塊を潰す勢いで歯ブラシを当て続けた。
⇒結果的にはとんでもないことをやっていたのである。癌を刺激し続け、増大する手助けをしていた ことが一番悔やまれる。

2004.07.29
人間ドックに行った。
歯医者の検診もあったので、気になっているところを見てもらった。
危険なものではないと思うが、潰瘍のようなものだからレントゲン、組織検査を行きつけの歯医者さんで実施してもらうよう指導された。(この頃から急に大きくなってきたと思う)

2004.08.04
行きつけの歯医者さんで人間ドックで言われたことを伝えて診察を受けた。
急に大きくなったことを告げたが、レントゲンを撮ったが以前と変わらない状態であり、表面がきれいだし悪いものではない。
やはり、炎症により毛細血管が過敏になって増大しているように見える。炎症を抑える薬を注射して様子を見ると診断 2週間後に再度診察の予約をした。  以前と同じ歯周病の塗り薬をくれた。

少し歯医者の診断に不安を覚えたが、悪いものでないことに関しては、自分もそう思いたいこともあって思いなおしたり、不安に襲われたりの繰り返しの日々であった。


2004.08.05
仕事中に、口の中を舌で触ったとこを大きくなった感じがあり、突然不安に襲われた。

2004.08.09
扁桃腺炎もあって、のどを何回も見ていて、やはり不安になってインターネットで「肉腫」をキーに検索をしてみた。
一覧の中に「口腔癌の体験記」のタイトルが目に入った。早速そのサイトに行くと看護婦さんでもあり、口腔癌の体験者でもある方の闘病記録が掲載されていた。
「奥歯の親知らずの付近」「表面がきれいだから良性と思った」その二つの記述で一瞬、目の前が真っ暗となり、「きっとこれだ!」と動揺に手が震えた。
いてもたっても居られなくなりパソコンから離れ部屋をうろついて考えた。「どうしよう!」
考えていても仕方がないので、とにかくちゃんとした所で診てもらおうと気持ちを落ち着かせ大学病院の口腔外科へ行くことにした。

2004.08.10
大学病院で診察を受けた。
「腫瘍ですね」「但し悪性か良性は組織を採取して病理検査をしてみないと判らないので検査をしましょう」とのことだった。
2日前に高熱を出したことと現在が風邪薬をのんでいることを告げたところ。麻酔をしたりするので、今日はやめときましょうということになり13日(金)に検査のための予約をした。

2004.08.13
腫瘍の組織採取をした。麻酔の注射をした後、組織を採取し、採ったものを私に見せてくれた。
結果は1週間かかるから、1週間後の8月20日に結果を聞くための予約
採取した後は血がほんの少しづつだけどなかなかとまらなかった。

2004.08.18
年老いた母から着替えの手助けをするよう頼まれたため、手伝おうとかがみかけた瞬間に腰に電気が走って、痛みで起き上がれない状態となってしまった。
ぎっくり腰というやつだ(心も体もぼろぼろだ)
【更に追い討ちの出来事】
近くの整形外科でレントゲンを撮ったところ、先生が「エレキバン」か何か貼っています?」 ・・・?
なんと、おなかあたりに大豆ぐらい影が幾つか写っていた。
整形外科の先生は、何か石のようなものだと言ってくれたが、私はもうだめだと思ってしまった。
・・・・・・「転移している!」
・・・・・「多分、腸に転移してしまったんだ~」
初めて死を強く意識した。
(後に検査の結果、影はなくなっていて、結局原因がよくわからない影ということになってしまった。  考えられる原因としては、2週間前の人間ドックでのバリュウムが残っていた?・・・・)

2004.08.20・・・・運命の日
組織検査の結果は残念ながら、「悪性」という宣告だった。
1週間の不安な毎日が現実のものとなって私に襲い掛かってきた。

転移の検査をすることになり、私としては一刻でも早く対処をしたいので、その旨をお願いした。
結果的にはMRIの予約が一杯で26日(木)に入院することになった。
腰のレントゲン写真の影について聞いてみたが、癌の影ではないだろうと言われた。
転移は最初首の「リンパ腺」に行ってその後「肺」へ転移するとのことで「早期だと思いますよ」と慰められたが、不安が少なくなるわけでもなかった。
妻には携帯メールで知らせた。たまたま今日は仕事で近くにいたので途中退席で病院へ来てくれた。当然、凄いショックだったようだ。

2004.08.22
転移の不安に慄きながらいる。 昨日の昼ごろからあくびをすると首のリンパ腺が少し痛い。
転移は間違いなさそうだ。痛みは少しづつ増してきている気がする。
26日を待っていられない気になってきた、腫瘍も大きくなってきている、進行がものすごく早いように思えて、不安で眠れない。(結果的に必要以上に心配しすぎただけである)

2004.08.24
かなり大きくなってきているのが良くわかるようになって来た。 心配だったので電話で「とりあえずの治療はできないのですか?」と伝えたところ、今日来てください抗がん剤を投与しましょう
と言ってくれたので、早速、病院へ行って、抗がん剤を点滴で受けた。
(先生は動揺している私を落ち着かせるために、副作用の少ない抗がん剤を、とりあえず投与してくれたんだと思う。)



歯肉がんの体験記2

2010年07月25日 15時47分48秒 | 歯肉がんとの闘い
2004.08.26(木)
 入院
 ・MRI検査を受信
 ・夜に担当医師とそのチームから治療法について説明を受けた。
 ・MRIを少し見ただけだがリンパへの転移はなさそうと言われた。 (ある程度大きくなっていなければ映らないので楽観はできないとも)
 ・医療法は以下の3点がある
  ①放射線のみの治療
  ②放射線+抗がん剤の治療
  ③手術による治療
 ・いずれも患者本人が選択することになるとのことだった。
 ・手術による方法は、切除部分は広くなるため喋りに少し障害が出るが、入れ歯などの対処方法はある。
 ・②の方法は額動脈の直接抗がん剤を注入する方法で、大学病院のオリジナル治療法だそうだ。
 ・②を行う準備として、足の静脈から管を注入するカテーテルを行わなければならない。(少し前にテレビでカテーテルの医療ミスで死亡した例を思い出して少し心配だと伝えた。)
 ・先生の見解は、②の方法が確実であるような説明に感じた。(放射線科医師の見解を聞いた上で判断)

2004.08.27(金)
 ・CTの検査をした。(造影剤を点滴して行ったが、気分も悪くならず簡単に終わった。)
 ・放射線科の医師の診察を受けた。
 ・少し見て、治療方針について説明を受けた。
 ・放射線治療で十分完治すると言われた。
 ・抗がん剤との併用については確実かも知れないが、放射線だけで十分治癒するものだから、過度の治療は勧めない考えであることが感じとれた。
 ・なるべく早く治療を始めたほうが良いので、治療方法を決めるよう言われ、取りあえず放射線治療を選択。

2004.08.30(月)
 ・アイソトープ検査のため、「造影剤?」を9:30に注射
 ・主治医が病室に来てくれてCTの検査結果は「特に異常がありませんでした。」と言われた。
 ・治療方法については、放射線治療の効果を見たうえで抗がん剤との併用を考えているとも言われた。

2004.08.31(火)
 主治医から治療法についての正式な話があった。
  ・放射線治療+内服薬(現在飲んでいる薬)で当面治療を行う。
  ・効果を見たうえで、上顎動脈への抗がん剤治療を実施するか判断する。
  ・リンパ腺への転移について、現在はないと診断されているが「ある程度大きくならないとMRIで発見できない」と言われているので継続的に診てくれるそうだ。

2004.09.01(水)
 同室の患者さんに聞いた話
  ・放射線治療を始めると、口全体が口内炎となり、殆ど食べれなくなるそうだ。(・・・ショック!)
  ・いろいろ話を聞いたが、一番気がかりなのは、舌癌が完治したと判断された5ヶ月後にリンパ節に転移をしていて発症していることである。自分にも同じ結果が襲い掛かってくるのではないかと、不安になってしまう(今日までは結構気軽な気持ちで居られたが、やはり癌は怖いものだと実感)
  ・「患者さんと家族のための がんの最新医療(岩波書店:垣添忠生)」を借りた。

2004.09.02(木)
  ・入院してからようやく1週間なのだが、検査ばかりだったことと、不安な状態が続いたためにすごく長く感じられる1週間だった。
  ・放射線治療のためのマスクを作成した。(患部以外を放射線から守る?デスマスク?)
  ・放射線科でCTの寝台のようなところに寝かされて、口を大きく開けた状態で少し熱めの樹脂らしきものを顔全体に押し付けて固まるまでにCTもとり、トータル20分ぐらいで終わった。

2004.09.03(金)
 放射線治療が始まった
  ・治療についての説明があると思っていたが、いきなり治療が始まった。
  ・今日は位置あわせに少し時間がかかったが、照射は5分程度だそうである。
  ・始まったと思ったら、土日は休みだそうだ。う~ん・・・

2004.09.06(月)
 朝の検診での治療法について
  ・放射線治療のみではなく、抗がん剤治療を併用すると言われた。
  ・放射線治療の直前に投与する。(通常1度の分を数回に分けて投与するので弱いものになる)
  ・その後、副作用を防ぐため(軽くするため?)に整理食塩を点滴し、利尿を促すことで抗がん剤を体外へ排出することを狙うらしい。 そのため点滴の針は1週間入れたままになるらしい。

2004.09.09(木)
 抗がん剤の副作用が少しずつ出てきた、昼食が何とか食べれたが、なんだか気持ちが悪い。
 夕食は気持ちが悪くて半分くらいしか食べれなかった。

 しばらくは、病院食はほとんど気持ちが悪く、食べられなくて、好きなラーメン、焼きそばなどを病院内の食堂などで食べた。

2004.09.14(火)
  ・今日は抗がん剤の副作用が少ないのでありがたい(気持ちの悪い感じは全然ない)食欲はあまりないが。
  ・このままあまり副作用がないといいな。

 同室の舌癌がリンパ節へ転移しているらしい年配の人と癌の話をした。
  ・8年前に手術したのに5年後に再発(転移)したそうだ。
  ・現在は強い薬だと思うが、5日連続で抗がん剤の投与をするそうだ、やはり吐き気に悩まされるようなので、大変そうだ。
  ・改めて癌は怖いと思う

2004.09.15(水)
 妻と長女が来てくれた。
  ・言えなかったが、妻の化粧水が鼻について気持ちが悪くなった。
    (今書いているが思い出すだけで気持ちが悪い)

2004.10.01(金)
 主治医から、治療についての説明があった。
  ・来週の途中で抗がん剤の投与は停止し、放射線治療のみにする。
  ・先日、放射線の先生から、「広範囲の放射」を「集中放射」へ変更する予定と言われている。

2004.10.04(月)
 抗がん剤治療が10月7日(木)までとなった。
  ・現状をみて回復が早いので放射線治療のみで大丈夫と判断したらしい。
  ・気持ちの悪い状態がなくなるのはとてもありがたいが、転移が心配だからやめていいのか少し心配。

2004.10.08(木)
 今日で抗がん剤治療は打ち止め
  ・今日を最後に抗がん剤のための点滴が終わった。
  ・吐き気から開放されると思ったら気分がいい。

2004.10.09(金)
 放射線治療が身軽になった
  ・今日から放射線治療に行くのに点滴台を押して行かなくてよくなったのでとても身軽である。(開放感で一杯)

2004.10.12(火)
 主治医の診察
  ・放射線治療が終わったら、組織検査をするとのこと
  ・組織検査の結果、未だがん細胞が残っていたら上顎動脈へ直接抗がん剤を投与する方法で再投与すると言われた。
  ・可能性はあるのか?と言ったら無いとは言い切れないと主治医が言った。



歯肉がんの体験記3

2010年07月25日 14時16分03秒 | 歯肉がんとの闘い
2004.10.13(水)
 放射線治療の先生は先週と全く同じことを言った
  ・30グレイでいいと思うけど、途中に連休が入ったので、照射量を少し上げた経緯があるので中途半端だな。
  ・放射線治療が終わったら退院だけど2ヵ月後に診察をするので予約をするといわれ泌尿器科で12月14日が予約あるため同日にした。

2004.10.18(月)
 今日で放射線治療の終了
  ・予定の治療が今日で完了した。
  ・味覚がかなり影響を受けて悪くなってしまった。せっかく抗癌剤の副作用が消えて食べられるようになったのに う~ん残念!
  ・明日以降は完治しているかの検査をするそうだ。

2004.10.19(火)
 血液検査の結果、抗癌剤の副作用が未だ回復していない
  ・昨日の血液検査の結果、白血球、血小板が減少している状態のため組織検査は来週になりそうと言われた。

2004.10.22(金)
 血液検査の結果、未だ状態が変わらず
  ・本日の血液検査の結果、白血球、血小板は横ばい状態で上がってこない
  ・正直、入院が長引いても金銭的には問題ないので、回復するまで入院していたい。
  ・主治医がきて、予定通り月曜日に組織検査を行うことを告げられた。
  ・CTを取らないのか?と確認したところ、少し考えて(いつ撮ったかを聞いて)入院中に撮りましょうと言った。
2004.10.25(月)
 組織の最終検査のための手術
  ・血液検査の結果を見てから手術をするのかと思っていたが、あまり関係ないようで、先週の説明は何だったのかな?
  ・手術といっても、処置室で部分的に麻酔注射をして、歯肉の一部を切り取った。
  ・麻酔を注射するときに針を刺す痛みが結構強かった(覚めてからの痛みはこの痛みだったきがする。)

2004.10.26(火)
 退院の日が決まった?
  ・一応、遅くとも来週の月曜日に検査結果が出るので、その翌日に退院となる予定。
  ・もし、今週中に検査結果が出れば、土曜日に退院ができるかも・・・・・微妙な気分
  
2004.10.28(木)
 組織検査の結果が出た
  ・先日採取した組織の検査結果が「問題なし」であったことを告げられた。
  ・予測はしていたが、わずかに不安はあったので、とても嬉しい気持ちであった。
  ・後は血液検査の結果待ちで、月曜日に良好な結果が出ればその週に退院となる。

 本日の血液検査の結果がでた
  ・今日、血液検査の結果が出たが、残念なことに白血球、血小板の値が少し前回より下がっていた。
  ・未だ、副作用の影響だそうだが、早く回復の兆しが見えないと退院が見えない。

2004.11.01(月)
 退院日が決まった(血液検査の結果が少し上向いた)
  ・白血球の数値が1つだけ上がった。下がりどまりと判断できるということだそうだ。
  ・朝の診察で光藤先生から4日に退院でいいですか?といわれ、予定通り4日に退院が決まった。

2004.11.04(木)
 待ちに待った退院の日である。
  ・よく眠れなくて、暗いうちから朝食の時間が待ち遠しかった。

こうして、終わってみるとあっという間の闘病生活だった。
退院しても顔はまだ放射線の被曝によって赤いカールおじさんだった。