明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

今日の視点(43)東京都知事選挙で考えた事

2024-07-10 22:20:50 | 私の意見

都知事選は予想を裏切って、夕方にはあっさりと小池氏の3期目継続で終わった。テレビのワイドショーで見ると、圧勝だったみたいである。千葉県民の私にはさしたる切実さは無かったが、それでも多少は思うところがあったので取り上げてみた。つまり、有権者にとって「選挙とは何か?」ということを改めて考えてみたい。

一つには例えば東京都知事の場合、4年に一度選挙の時だけ誰かを選んで、それで後は任っせきりというのは有権者として果たして「正しい選挙行動」なんだろうか?、という疑問がある。

民間の会社であれば答えははっきりしていて、企業の所有者または株主の意向(大概は利益を出す事であるが)を実現できる者がリーダーとなって業務の全体を運営する。もし社長を社員全員が選挙で選ぶような会社があれば(もしもあったら・・・という例え話だが)、社員は自分の生活に直接かかわる事だけに「誰が社長になったら、どうなるか?」を、それこそ「必死になって」考えるだろう。例えばもしAさんが社長になったら自分は昇進すると思えばAさんに投票するだろうし、もしAさんが社長になり自分も昇進するとしても、そのAさんが社長としての仕事に不適格で「会社を潰しかねない」恐れがあると内心思っていたら、自分は昇進を逃すかもしれないが「Bさんを選ぶ」場合だって、絶対無いとは言い切れないと思う。自分の損得はハッキリとした選択肢の一つではあるが、会社を潰してまで自分の利益を求めるかと言えば「そこは分別」が働くんじゃないだろうか。

ここでは極端な例をあげたが要するに、社長に立候補する者と有権者である社員の間には誰を選ぶかの「明確な選択基準」があるのではないかということである。それは掻い摘んで言えば「一番できる人間」を選ぶ、である。会社の業務は目的がハッキリしているので、成績を上げたものが上位に来る。そうして段々と出世の階段を昇って行って単に成績を上げるだけじゃなく、徐々に多くの部下もついて来るようになると「いよいよ社長に」という声もチラホラ聞こえて来るようになるわけだ。これがリーダーを選ぶ場合の「一般的な例」だと言えよう。

では今回の東京都知事選の場合、石丸氏や蓮舫氏に比べて小池氏の方が「仕事のデキる人」だったのか?。別の言い方をすれば「何をもってしてデキる人と称するのか?」である。

その点については私は全然わからないし、一般市民の有権者にも「それが分かる」という人は何人もいないのじゃないだろうか。選挙は現職が有利だと言う。小池氏は過去二期8年間の実績を見て頂きたいと言っていたようだが、果たして彼女の実績はどうだったのか。今回の都知事選の争点は、「今の政治をそのまま続けるのか?それとも新しい知事で再スタートするのか?」、である。

そこで私なりにここ何年かで小池都知事がやった大きな問題を書き出して見た。
① 築地の移転問題
② 東京オリンピックの費用負担と施設の再利用問題
③ コロナ対策問題
④ 外苑の樹木伐採問題
⑤ 保育園の待機児童問題
等々が挙げられて、その他にも将来を見据えての問題として
⑥ 少子化問題
⑦ 防災計画
等々の重要な問題を抱えているのが現状である。

で、小池氏は都知事として、それらの課題を「見事に処理し」て東京都民の生活をより良いものに出来たのか?、というのが評価されてしかるべきだと私は思っている。それが「デキる人」の意味ではないだろうか。

正直な感想を言えばどれも曖昧なまま「なし崩し的」に推移していて一方では円安の物価高が全体に影を落としているがそこが国の問題として上手く逃げ、他方ではコロナ終息後の「インバウンド景気」と東京都の「莫大な税収」に支えられて問題の本質が埋もれてしまった、ように私には思われる。つまり、本来であれば東京都をどういう街にするかの「現実的な青写真」を描いて人々の意見をまとめ上げ、それを実現するべく個々の問題を徹底的に議論しつつ、取捨選択しながら「一個一個の着地点」を段階的に明確にし、結果を検証して次の対策を練る「プロジェクト管理」が、小池氏には出来ていないんじゃないか?、という印象が拭いきれないのである。そして一番大事な事は、例えばコロナ対策で「三密を避けよ」という風なキャッチ―なスローガンは思いつくのだが、じゃあ逼迫した医療体制をどう再構築してコロナ禍から「都民を守っていく」のかといった「具体的な施策」を矢継ぎ早に打ち出す、という所までには至らなかったように思う(他の人なら出来たか?と言われれば難しい比較ではあるけれど、少なくとも現状の分析と解決方法の提案は出来たのじゃないだろうか)。

つまり「アイディアと実行力」に欠けている。これが小池氏への私の評価です。

勿論、いつもそばにいて彼女の一挙手一投足を見ている訳ではないので本当の所は「想像」でしかない。それに他の候補者例えば石丸氏や蓮舫氏が「アイディアと実行力」に優れているか?、と聞かれれば、それは未知数というしか無い点は確かである。

つまり、私が都知事を選ぶとすれば、① まず都民の生活の基盤である東京都を「どのような街」にするのかのビジョンを明確に掲げ、② それに対して東京都の現在抱えている問題を全部「優先順位順にリストアップ」し、それぞれ解決のアイディアをはっきり打ち出すこと、これが都知事に立候補する人間の「最低限の主張」であろう。ここまでのことについては何も選挙の告示が出てから発表する必要はなく、「常日頃から言い続けていなくてはならない」のは当然である。

いつも都政について考え、東京都をどうしたら住みやすく暮らしやすい街にしていけるかのアイディアを「ずっと考え続け」ている、そんな人こそが都知事になるべきだと私は思う。そして、そのような人の中で「アイディアを持ち、判断力と実行力」を兼ね備えている真に有能な人こそが都のリーダーになるべきである(ハードルは高い)。

実はアイディアが無ければいけないと言ったが、アイディアは別の人が考えても構わないのだ。言わば三国志の諸葛孔明のような「希代の戦略家」でも良いし、あるいは秀吉における竹中半兵衛や黒田官兵衛のような「名参謀役」でも良い。つまり、名参謀役が傍にいる前提で、選挙の争点は「実行力の差」に集約されるのだと思う。じゃあ実行力はどこで見分けるのか?

実行力とはすなわち「説得力」である。

勿論、立場や権力を利用して引き上げたり落としたりと「人事に介入して」、そういうからめ手を使って自分を有利にする方法も世の中には沢山あるので難しいがここでは一応それらを除外するとして、例えば会社の利益を上げるという目的が同じであればやり方の是非を「理路整然と話して聞かす」ことが説得力になる。では理路整然と言ってきかせる力というのは何かと言うと、問題の情報を収集し分析して「こうこうの事を行えば、必ずこうなる」という理屈でアイディアを分かりやすく説明する能力のことである。それが緻密で網羅的であればあるほど、その人の説得力は増していく。

前段で「アイディアは参謀役」がいれば構わないといったが、では知事の役目は何かと言うと「分かりやすく説明する」ことではないだろうか。振り返ってみて小池都知事はどうかと言うと、今までに色々な課題をこなすにあたって都民に対して「分かりやすく具体的に説明しただろうか?」。これが私の疑問である。

一つの例を挙げれば、例年行われている関東大震災時の朝鮮人虐殺事件に関して「慣例により東京都知事は哀悼の意を示す手紙を送って来た」が今年はやめたようだ、というニュースが少し前に流れたことがあった。詳細はうやむやで、ハッキリと納得のいく説明はなかったように思う。小池都知事は肝心な所で「自分の意見を隠す」という人間なのだ(あくまで私の推測・感想に過ぎません)。勿論、彼女には「考え」はあると思う。なら、何故堂々と都民の前に発表しないのだろう。だが、それを正面切って口に出し、都民に説明して理解を求めることは一切せずに「だんまり」である。言えばもしかすれと炎上するかも知れないし、炎上しないまでも議論はそこら中で巻き起こる。多分私の想像だが、朝鮮人の件で手紙を送らなかったのは「知事選でどこかの団体と密約を結んだ」のではないだろうか(あくまで私個人の勝手な当て推量ですが・・・)

大事なのは「東京都をどうしたいのか?」である(具体的には肥大化した都庁の事務をスリムで効率的なシステムに改革することから始めて行きたい)。まあ今現実に起きている問題を処理するのであれば、誰がやっても大差はないだろうとは思う。必要なのは「そのような問題が起きないような街づくり」である。それが小池氏からは感じられなかった(勿論、石丸氏にも蓮舫氏にも)。

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色々考えてみたが結論として、都知事を選ぶという事はすなわち東京都をどういう街にするか?に他ならない。今起きている問題点をリストアップし、対策と実行結果を判断・評価してさらに独自なアイディアを捻り出して新たな解決策を導き出す。そういった地道な活動を日頃より行っている人を見つけることが先決なのではないでしょうか?、そう思いました。そういう考えで候補者を判断すれば、その人が「デキる人かそうでない人か」はっきりと分かると思います。

選挙とは難しいものです。選ぶのが難しいのではなく、有権者が自分の意見を持つまでに「物凄い時間と労力をかけて勉強」しなくてはならないからです。これは難題です。もし、自分の住んでいる街を「どういう風にしたいか?」という青写真をはっきり目の前に示してくれて、それを実現する為に「何をどうしなくてはならないか?」を分かりやすく細かく一つ一つ説明してくれる候補者が出て来たとしたならば、その時には「初めて自信を持って」投票することが出来る、そのように感じました。正直いって、私はまだ「誰に投票すればいいか」、決める自信がありません。

我々有権者は、まず「政治の勉強」を一から始めるべきです。そういう勉強会が市や町の公的機関で開催してくれたらいいんじゃないか。そう思いました。例えば自由参加型の意見発表会を毎回テーマを決めて実施するのも効果があると思います。こういう活動を通じて選挙が実施されれば、その時は投票も意味のあるものになる筈です。言わば「村の会合の拡大版」ですね。民主主義の原点はそういう平時の意見交換の場から始まっているんじゃないでしょうか。そういう場では「デキる人とデキない人の差」がはっきり出ると思うのです。これが「リーダーの自然発生システム」だと思います。

新都知事の小池さんがそのような叩き上げのリーダーであることを祈って、私の「選挙の心構え」を終わります。



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