明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

全国迷処紀行リターンズ 千葉房総半島(2)

2019-05-19 19:59:49 | 歴史・旅行
6、館山・灯台・リゾートホテル
北条海岸の海沿いの柵に描かれたペイントを眺めて走っていると、こういう地中海風の眩しい景色が心地よく目に飛び込んでくる。海は穏やかで快適な道路をアクセルをふかして疾走すると、屋根を開けたオープンの風が潮の香りを運んできた。内房も、館山に入ると急に南国情緒が風景に色濃く出る。道なりにどんどん走っていくと、洲崎灯台への分岐に差し掛かかる。試しにここは一応曲がってみる。余り細い道だと対向車が来たりして困るが、田舎には珍しくセンターラインのある舗装道路だから気分は良い。私は免許を取るのが遅かったので運転は大して上手くない(というか、マジ下手!)。それで「先の見えない狭いカーブ」とか「すれ違いに窮する急勾配」とか「車幅ギリギリのトンネル」とかは、間違っても入らないように気をつけているのだ。その危険を予測する目安が「センターラインの有無」である。私の一番のモットーが、運転は「ゆっくり安全に楽しく走る」というのが分かってもらえただろうか。なので選んだ車が2シーターのオープンカーである(なんでやねん!)。この車の良い点は、第一に「お友達をちょっと駅まで送って」とか「デパートの買い物で荷物運びをして」とか、要するに「混雑した場所に乗り入れる」ような用事には不向きだということだ。荷物もろくに積めないし、家族も当てにしてないから、常にオーナー専用車である。まあ、「役立たず」ともいうが・・・。第二に、ゆっくり走ってもそれなりに楽しめることである。母一人を助手席に乗せて何度かドライブに行ったのが、今にして思えば唯一の親孝行だったのかなと思う。もう少し若いうちに免許を取っておけばよかったのだが、私が遅くに免許を取ったせいで「駅とか繁華街とかの込み入った場所」に行くのを極度に不安がる性格もあって、余りドライブを楽しんでもらうまでには至らなかった。それに年を取るとトイレが近くなって、出歩くのがだんだん億劫になる。春遅い頃、調布の家の近くの桜並木の下をくぐり抜けて、ハラハラと落ちる桜吹雪を親子で堪能したのが最後のドライブになってしまった。だいぶ経ってからある時、実家から帰る別れ際に、母が「またドライブ行こうよ」と言ったのが最後の言葉である。車での一人旅を思い返すと、そんな哀しい事も思い出してしまう。真っ白な洲崎灯台の直ぐ先に、くすんだ壁の色の古びたリゾートホテルが一軒建っていた。名前は覚えていない。太陽の光を空いっぱいに浴びて、愛車は草深い半島をぐるっと走っていった。

7、フラワーロードと植物園とジャングル風呂
花で飾られたフラワーロードを快走していると、愛車の左側に低い植物園の屋根が遠望できる。今はどうなっているか知らないが、当時は割と有名だったと思う。物珍しさも手伝って、一度だけ車を停めて入ったことがあった。インドネシアとかバリ風の熱帯植物園で、「なになにのゾーン」的な建物を2、3ヶ所回った挙げ句に、ロクに観察もせず出てしまったが、興味のある人は行ってみても面白い「かも」知れない。その先に有名なジャングル風呂があるのだが、私の記憶では「入江を回って右カーブした後に、急な崖の下をぐるりと左に曲がる際(キワ)」に、登り坂のエントランス進入路が出てくるはずだ。その入江というのが、ちょっとした漁船のひしめき合っている漁港だった気がするのだが、いま「google地図」を見る限りは、道は入江というより「少し内陸を走っている」ように見える。記憶があやふやなのは毎度のことであるから仕方がないが、ポツンポツンとしか覚えてないから、人に道順を言うのが大の苦手なのだ。お察しの通り、このジャングル風呂も、見ただけで一度も寄ってない。私のドライブ話はこればっかりである。この辺りは走っていることが気持ちいいので、流れる景色は「うっすら」と頭に残っている程度である。そう言えば一度、海岸べりに波打ち際の洒落た喫茶店を見つけてコーヒーを飲みに立ち寄ったことがあって、広い窓から岩に打ちつける太平洋の荒波を眺めた後、そこから出る時に「実はラブホテルだ」と分かって驚いたことがあった。星空を見て波の音を聞きながらのワイルドな感じってのも、味があっていいかも。そこから房総半島最南端の野島埼灯台を通って白浜のリゾートホテル群を抜けると、そこはもう「南国」千倉海岸である。会社の後輩に千倉温泉をすごく褒めていた人がいて、それで千倉は何となく良いイメージで覚えているのだが、その人も脳梗塞を患って今はどうしているか知らない。この辺りから鴨川までは、緩やかな海岸線に沿ってなだらかにカーブする道がずっと続く。いわば私の中では、お気に入りの「ドライブの醍醐味を満喫できる道」の一つだ。箱根ターンパイクから伊豆半島一周という連続したワインディングも楽しいが、観光地なだけに「むやみにゆっくり」走っているわけにはいかないのがちょっと困る。その点、房総半島は車も少ないし、渋滞もないから一番気持ちがいい。それに私好みの地中海風の喫茶店もいくつか道沿いに点在していて、「喫茶ダイヤモンド」とか「渚カフェ」とか、通りすがりに名前を見るだけでもちょっと入ってみようかなと思う開放的なシーサイド・カフェが並んでいる黄金ロードだ。スッゲー暇な喫茶店で、窓から外の景色をぼーっと眺めながらコーヒーを飲む。これ以上の休日の過ごし方があるだろうか。

8、安房小湊から内陸へ入る竹垣のワインディング
一日中なんだかんだとドライブして夕方日没が迫るころに、ようやく安房小湊のY字路に差し掛かる。ここから左の旧道に入って、私の一番のお気に入りスポットへと向かうのだ。これが千葉房総半島のクライマックスである。その先の少し狭くなった道を左に曲がり、上を線路が通っているコンクリートの小さなトンネルをくぐると、「待ちに待った山道」に入る。崖下のワインディングを目一杯アクセウを踏んで右に左にハンドルを切れば、気分はWRC王者カンクネンか、はたまたF1チャンピオン「アイスマン」キミ・ライコネンになったつもりである。時間は夕闇が下りてくる7時過ぎ、対向車は全く影すら見えない「一人旅の静寂」の中を走り抜ける。私の愛車カルタスは2シーターで重量配分がシート辺りにくるスポーツ仕様になっており、急カーブを車体が「水平のまま回転するような感覚」で抜けていくところが実にカッコよく、好きな点である。上手い人から見ればただ「のろい」だけかも知れないが、運転している本人にしてみれば「精一杯のチャレンジ」を行っている。県道27号線だと記憶しているが、私の車ライフでの「数少ないテクニック養成コース」とはこの道のことである。しばらく山間部のワインディングを走り、やっと抜けたかと思うと竹垣に囲まれた家並みの間を、ひたすら右・左に直角に曲がる細い道が現れる。外はもう日が落ちて、暗闇が辺りを支配している夜の時間だ。私は一段ギアを上げて、天空の星空の中を疾走する快感に酔いしれていた。考えてみれば実に危ない無謀運転で、事故が起きなかったのが不思議な位である。まあ、千葉の草深い田舎じゃ、夜にジョギングしたりする人は皆無だからいいようなものだが。

9、県道27号線沿いの自動販売機
竹垣を抜けてちょっと開けた場所に出ると、そこに何故か駐車スペースと「小さな小屋」があって、簡易テーブルの食事スペースが備わった「自動販売機の無人食堂」らしき店がポツンと建っている。自動販売機だから勿論24時間営業だ。特に冬寒い時には暖かいうどんやそばが嬉しい。私はレトルトのインドカレーが好きで、表にある古い土管に腰掛けてカレーを食べたあと、田舎の湿った空気を楽しみつつ、食後の缶コーヒーをゆっくり味わいながら、最後に一本タバコに火を点けるのが決まりだった。店はひっそりとして何度か利用したが、お客は私以外には誰にもあったことは無い。私はこういう人気のない、自然の中でも孤独を感じさせる場所がたまらなく好きなのだ。寂れた漁村の突堤の上で吹く海風とか、山間の坂道の木々を洩れ来る鳥の鳴き声とか、あるいは峠を下りながら見下ろす水田の稲穂のざわめきなど、じっと耳を澄まして聞いていると、いつしか心を洗われる思いがする。ドライブをしていて楽しいのは、こういう「自然の中に溶け込む瞬間」である。タバコの最後の一口をゆっくりと吐き出すと私は車に戻った。県道27号線の茂原を抜けて、51号線で成田付近をうろちょろし、最後は79号線の滑川から利根川べりを走る356線に出る。何だか千葉房総半島を縦断する「秘境大冒険」をやっているかのようだ。記憶を確かめるためにGoogleマップを開いてみる。地図でみると私の記憶は「何度かドライブに行ったときの記憶をゴチャまぜした」みたいである。そんな曖昧な記憶の中でも、茂原の郊外のラーメン屋は何度も店の脇を通ったことがある店で、いつか食べてみようと思っていながらとうとう入らずじまいだった。いつだったか、その店の表の駐車スペースに、黄色のランボルギーニらしき車が停まっているのを見かけたことがある。やっぱり千葉だなぁ、とその時は思って笑った。それが今は、私がその千葉の住民になったのだから何とも不思議な縁を感じずにはいられない。また今度、車で「房総半島一周の旅」にチャレンジするのも、いいかな・・・と思っている。

人生の終わりに旅に出るのは長年の私の夢である。旅の果てに死す、西行も芭蕉も夢見た漂泊の旅である。

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