2006.6.7 REVOLUTIONARY WEALTH 富の未来(下)
第10部 地殻変動 P.310~P.329
第50章 目にみえないゲームのゲーム
革命的な富の将来は、個々人にとっても世界にとっても、市場の相互作用だけで決まるわけではない。誰が何を得て、誰が何を作るのかは、いくつかの理論でそう論じられていることはあるが、実際には市場の力だけで決まったことはない。富はどこでも権力、文化、政治、国によって形作られている。世界のレベルではこれまで数世紀にわたって、国家が基本的な要因になってきた。(中略)
各国政府は慣れた領域で、国民国家ゲーム盤とも呼べる領域で、これまで以上に激しく争っていくが、これはどの国にとっても、勝てる望みのない戦いになる。国民国家の政府がどう思おうと、国という制度は力を失う方向にある。大国といえども、それほどの力をもたなくなっている。アメリカも例外ではない。
新しいゲーム
その理由は、新しいゲームでもはや、国が唯一の強力な要素ではなくなっていることにある。(中略)ゲームのルールは単純な線型ではなく、個々の動きの後に変化し、その最中にすら変化する。~重要なのは国のゲームと企業のゲーム、そして両者の相互作用だけではない。国と企業は、急成長する非政府組織(NGO)など、新しい勢力にも対応しなければならない。
急成長のNGO
多数のNGOがモンサント、マクドナルド、シェルなどの企業と戦っている。前述のように、自由貿易と再グローバル化に反対している。平和運動を行っている。クジラを守るため、森林を守るために運動している。こうした運動がマスコミに取り上げられる。
(中略)
NGOはコンピュータ、インターネット、最新の通信機器を駆使し、弁護士や医師、科学者などの専門家の支援を受けて、国際的な勢力として急成長しており、国や企業は今後、NGOと権力を分け合わなければならなくなっていく。(以下略)
明日のNGO
いまのところ地方か国の範囲で活動しているNGOも近く、世界の舞台で活動するようになると予想できる。環境保護運動、女性解放運動、公民権運動なども、まずは地方の運動としてはじまり、やがて全国的な運動になり、その後に世界的な課題だと主張するようになっている。(中略)間もなくあらわれてくる倫理的な問題はきわめて深刻だし、感情的になるものなので、そこから新たに狂信的な運動が生まれ、世界的なテロ組織になることも容易に想像できる。いまですらNGOは全体として、情熱、アイデア、早期警戒信号、社会的イノベーションが良いものも悪いものも煮えたぎる大鍋のようになっている。すでに、政府やその官僚制度よりも素早く組織化し、行動できる(これも非同時性の重要な例だ)。今後、世界経済での富の生産と分配に大きな影響、それも大部分が予想外の影響を与えることになろう。そこで、最大のNGOともいえる宗教についてみていくことにしよう。
宗教経済学
世界人口の増加率は低下しているが、世界の二大宗教、キリスト教とイスラム教では信者数の伸び率が上昇している。どちらも今後数十年に、技術の進歩と世界の富の劇的な再分配から影響を受けることになる。宗教と金銭の関係でもっとも関心を集めているのは、テロリズムのコストに関する点である。オサマ・ビン・ラディンはイスラム教徒過激派による9・11の攻撃で、アメリカ経済に1兆ドルを超える打撃を与えたと自慢した。しかし、実際にアメリカが被った損失ははるかに小さい。~自然災害の場合にそうなるように、復興がはじまればコストの多くは取り戻せるのだから、損失とみえても、実際には資金が経済のある部分から別の部分に振り向けられたにすぎないものが多い。(中略)
だが、原理主義のテロリズムが魔法のように消えたとしても、今後十数年、宗教は世界経済に大きな影響を与えるだろう。
移動する神
アメリカはイスラム教過激派からは「信仰心がない」と非難され、ヨーロッパ人からは「宗教的すぎる」と評されているわけだが、今後の世界は、世俗主義が強まった工業時代とは逆の方向に動いていくと見られる。(中略)キリスト教でもイスラム教でも、地理的に、つまり空間要因でみて、大きな変化が起こっている。~宗教が成長し、空間的に移動していることは、歴史的な出来事であり、今後、世界全体で富が移転する動きに少なくともある程度の影響を与えるし、逆にこの動きから影響を受けるだろう。
(中略)何世紀にもわたって、世界経済でのイスラム世界の力は、中東がアジアとヨーロッパを結ぶ貿易の主要な中継点として、戦略的で高付加価値の位置を占めていることに起因していた。ヨーロッパなどの貿易商が先進的な航海術によって中東を迂回し、アフリカの南端を通る航路を開発したことから、中東は経済的に有利な立場を失った。現在、中東はふたたびもっとも重要な富の源泉を失おうとしており、それとともに、金融、文化、宗教の面でも影響力を失おうとしている。この場合の富の源泉とはもちろん、石油である。
石油の時代の終わり
中国、インド、そしてあまり注目されていないがブラジルが経済力をつけてきたことから、2005年には原油価格が急騰し、2002年の水準の2倍になった。この結果、代替エネルギーの競争力が高まった。また、原油資源がいつまで続くのかが疑問になっている。(中略)中東各国の政府がいまの段階で、石油後の知識集約型経済に向けた計画を立てなければ、中東地域から巨額の富が流出し、貧困と絶望感がさらに深刻になって、テロがさらに活発になりかねない。(中略)サウジアラビアの支配層は巨額の石油収入を、イスラム教でもとくに戒律の厳しいワッハ-プ派の影響力を世界各地に広めるために使ってきた。この資金は、イスラム教徒の若者が経済的に価値の高いスキルを獲得できるように教育するために使えたはずだ。
そうせず、宗教だけを教える学校に資金を注ぎ込んだ結果、アフガニスタンでタリバンが生まれ、世界各地に職がなく、希望がなく、怒れる若者が増え、いま、サウジアラビア政府の転覆を目指しているテロリストすら生まれた。外部からみれば、イスラム社会ではすでに戦争がはじまっている。ただし、この戦争では、「敵」は反イスラム教で帝国主義のアメリカではないし、他の非イスラム国でもない。欧米ですらない。中東各国の多くを長年にわたって支配してきた指導者、貪欲で偏狭で近視眼的な指導者、第三の波に乗って明るい未来を築くために石油マネーを使おうとしなかった指導者なのだ。
過去のユートピア
中東各国の指導者がどうすべきだったか、そして意気消沈したイスラム世界の若者に希望を与えるにはどうすべきかを、エコノミストでヨルダンの元副首相、国連開発計画(UNDP)アラブ局長のリマ・ハラフ・フネイディがこうまとめている。「知識は富と貧困、能力と無力、達成と挫折を分ける要因になってきた。知識を活用でき、広められる国は開発の水準を急速に高めることができ、すべての国民が成長し繁栄できるようにすることができ、21世紀の世界の舞台で適切な地位を確保できる」(中略)概要はアラブ世界の現状を冷静に分析し、「アラブの経済活動はかなりの部分、一次産品に集中しており、たとえば農業は大部分が伝統的なものである。そして、資本財産業や高度技術を使う産業の比率が低下を続けている」と指摘する。(中略)基礎的条件の深部にある時間、空間、そして何よりも知識との関係で、イスラム教原理主義のテロリストは外部世界に殺人をもたらすだけであり、イスラム世界の内部には惨めさをもたらすだけだ。以上でイスラム教と中東に、そこで失われた機会にページを割いてきたのは、これがいま緊急の課題になっているからだが、アフリカと中南米も未来に直面しなければならない。アフリカと中南米では、大土地所有、都市の貧困、アグリビジネス、先住民族、民族性、環境をめぐって波の衝突が煮えたぎっており、人種差別とドラッグ密売組織のテロのために、問題がますます複雑になり激化している。アメリカは中東に関心を奪われて、他の火山の鳴動には無関心すぎる状況にある。とくに南アメリカでは、怒りが爆発寸前になっている。
力の脆弱さ
いずれ避けがたい危機は、前述のゲーム盤のそれぞれで起こり、しかも、単純な線型ではなく、複雑さを増し、相互作用が深まり、変化が加速していく「メタ・ゲーム」を背景とするものになるだろう。そのため、中国、アメリカなどの国がどれほどすぐれた国家戦略を策定しても、NGOや宗教など、メタ・ゲームの他の参加者の動きを考慮していない場合には、効果が薄くなるか、逆効果になるか、意味のないものになりかねない。アメリカがイラク政策で失敗を重ねているのはかなりの部分、国の役割を重視しすぎ、反戦NGO、宗派、部族など、国以外の勢力の役割を過小評価した結果である。
(中略)
だが、この見方は単純すぎる。もっと重要な問題は、脆弱ともいえるアメリカの富がどこまで経済的な支配的地位に依存しているのかである。(中略)アメリカはいま押し寄せてくる経済、政治、文化、宗教の強力な変化を管理できない。最善でも、自国の経済と国内の制度を変えながら、外的な脅威を防ぎ、あらゆる人が直面している共通の危険のいくつかを和らげる努力ができるだけである。
ナノ秒のいま
陰謀論によれば、アメリカには資本主義者の秘密結社があって、世界を乗っ取り、世界経済の方向を管理する戦略を練っていることになっている。実際には、アメリカは一貫性のある戦略や長期的な戦略に近いものすらまったくもたないまま、歴史上はじめて三つの富の体制に分かれた世界に直面している。アメリカだけではない。そうした戦略は、誰ももっていない。~現在の大急ぎのながら族にとって、「いま」ははるかに短く、「ナノ秒のいま」になっている。
アメリカの政治家もごくまれに長期的な観点から問題を指摘することがあるが、たいていは個別の制度や狭い分野の政策が対象になっていて、国全体の将来にかかわる問題は対象にしていない。任期を超える期間にわたる問題を取り上げると、頭が混乱し、夢を語るだけで、非現実的だと反対勢力に嘲笑される。アメリカ政府のある高官は、数十年先の大きな問題を考える人物だが、こう嘆いている。「議会は一年か二年の予算が戦略だと考えている」(中略)
戦略も、欠陥のある人間が作るものなのだから、かならず欠陥がある。そしてもちろん、柔軟でなければならず、素早く改定できなければならない。戦略を賢明なものにするには、いまの変化の速さを考慮するのはもちろん、今後、変化がさらに加速することを考慮しなければならない。もちろんこれは、言うは易く行うは難しの典型のようなことだ。だが戦略を捨てて敏捷さを重視するのは、近くの空港に大慌てで駆けつけ、そのときの人の流れに乗って、行き先を確認しないまま、飛行機に乗るようなものだ。もちろん、行き先がどこでもいいのであれば、これでいい。テキサスでも東京でもテヘランでも、荷物が一緒に運ばれれば地の果てのティンプクトゥでもいいのなら。だが実際には、どこでもいいというわけにはいかない。行き先をしっかり確認すべきだ。未来を手中にできるのは、行き先をしっかり確認した人なのだから。アメリカの内部でも外部でも。
第10部 地殻変動 P.310~P.329
第50章 目にみえないゲームのゲーム
革命的な富の将来は、個々人にとっても世界にとっても、市場の相互作用だけで決まるわけではない。誰が何を得て、誰が何を作るのかは、いくつかの理論でそう論じられていることはあるが、実際には市場の力だけで決まったことはない。富はどこでも権力、文化、政治、国によって形作られている。世界のレベルではこれまで数世紀にわたって、国家が基本的な要因になってきた。(中略)
各国政府は慣れた領域で、国民国家ゲーム盤とも呼べる領域で、これまで以上に激しく争っていくが、これはどの国にとっても、勝てる望みのない戦いになる。国民国家の政府がどう思おうと、国という制度は力を失う方向にある。大国といえども、それほどの力をもたなくなっている。アメリカも例外ではない。
新しいゲーム
その理由は、新しいゲームでもはや、国が唯一の強力な要素ではなくなっていることにある。(中略)ゲームのルールは単純な線型ではなく、個々の動きの後に変化し、その最中にすら変化する。~重要なのは国のゲームと企業のゲーム、そして両者の相互作用だけではない。国と企業は、急成長する非政府組織(NGO)など、新しい勢力にも対応しなければならない。
急成長のNGO
多数のNGOがモンサント、マクドナルド、シェルなどの企業と戦っている。前述のように、自由貿易と再グローバル化に反対している。平和運動を行っている。クジラを守るため、森林を守るために運動している。こうした運動がマスコミに取り上げられる。
(中略)
NGOはコンピュータ、インターネット、最新の通信機器を駆使し、弁護士や医師、科学者などの専門家の支援を受けて、国際的な勢力として急成長しており、国や企業は今後、NGOと権力を分け合わなければならなくなっていく。(以下略)
明日のNGO
いまのところ地方か国の範囲で活動しているNGOも近く、世界の舞台で活動するようになると予想できる。環境保護運動、女性解放運動、公民権運動なども、まずは地方の運動としてはじまり、やがて全国的な運動になり、その後に世界的な課題だと主張するようになっている。(中略)間もなくあらわれてくる倫理的な問題はきわめて深刻だし、感情的になるものなので、そこから新たに狂信的な運動が生まれ、世界的なテロ組織になることも容易に想像できる。いまですらNGOは全体として、情熱、アイデア、早期警戒信号、社会的イノベーションが良いものも悪いものも煮えたぎる大鍋のようになっている。すでに、政府やその官僚制度よりも素早く組織化し、行動できる(これも非同時性の重要な例だ)。今後、世界経済での富の生産と分配に大きな影響、それも大部分が予想外の影響を与えることになろう。そこで、最大のNGOともいえる宗教についてみていくことにしよう。
宗教経済学
世界人口の増加率は低下しているが、世界の二大宗教、キリスト教とイスラム教では信者数の伸び率が上昇している。どちらも今後数十年に、技術の進歩と世界の富の劇的な再分配から影響を受けることになる。宗教と金銭の関係でもっとも関心を集めているのは、テロリズムのコストに関する点である。オサマ・ビン・ラディンはイスラム教徒過激派による9・11の攻撃で、アメリカ経済に1兆ドルを超える打撃を与えたと自慢した。しかし、実際にアメリカが被った損失ははるかに小さい。~自然災害の場合にそうなるように、復興がはじまればコストの多くは取り戻せるのだから、損失とみえても、実際には資金が経済のある部分から別の部分に振り向けられたにすぎないものが多い。(中略)
だが、原理主義のテロリズムが魔法のように消えたとしても、今後十数年、宗教は世界経済に大きな影響を与えるだろう。
移動する神
アメリカはイスラム教過激派からは「信仰心がない」と非難され、ヨーロッパ人からは「宗教的すぎる」と評されているわけだが、今後の世界は、世俗主義が強まった工業時代とは逆の方向に動いていくと見られる。(中略)キリスト教でもイスラム教でも、地理的に、つまり空間要因でみて、大きな変化が起こっている。~宗教が成長し、空間的に移動していることは、歴史的な出来事であり、今後、世界全体で富が移転する動きに少なくともある程度の影響を与えるし、逆にこの動きから影響を受けるだろう。
(中略)何世紀にもわたって、世界経済でのイスラム世界の力は、中東がアジアとヨーロッパを結ぶ貿易の主要な中継点として、戦略的で高付加価値の位置を占めていることに起因していた。ヨーロッパなどの貿易商が先進的な航海術によって中東を迂回し、アフリカの南端を通る航路を開発したことから、中東は経済的に有利な立場を失った。現在、中東はふたたびもっとも重要な富の源泉を失おうとしており、それとともに、金融、文化、宗教の面でも影響力を失おうとしている。この場合の富の源泉とはもちろん、石油である。
石油の時代の終わり
中国、インド、そしてあまり注目されていないがブラジルが経済力をつけてきたことから、2005年には原油価格が急騰し、2002年の水準の2倍になった。この結果、代替エネルギーの競争力が高まった。また、原油資源がいつまで続くのかが疑問になっている。(中略)中東各国の政府がいまの段階で、石油後の知識集約型経済に向けた計画を立てなければ、中東地域から巨額の富が流出し、貧困と絶望感がさらに深刻になって、テロがさらに活発になりかねない。(中略)サウジアラビアの支配層は巨額の石油収入を、イスラム教でもとくに戒律の厳しいワッハ-プ派の影響力を世界各地に広めるために使ってきた。この資金は、イスラム教徒の若者が経済的に価値の高いスキルを獲得できるように教育するために使えたはずだ。
そうせず、宗教だけを教える学校に資金を注ぎ込んだ結果、アフガニスタンでタリバンが生まれ、世界各地に職がなく、希望がなく、怒れる若者が増え、いま、サウジアラビア政府の転覆を目指しているテロリストすら生まれた。外部からみれば、イスラム社会ではすでに戦争がはじまっている。ただし、この戦争では、「敵」は反イスラム教で帝国主義のアメリカではないし、他の非イスラム国でもない。欧米ですらない。中東各国の多くを長年にわたって支配してきた指導者、貪欲で偏狭で近視眼的な指導者、第三の波に乗って明るい未来を築くために石油マネーを使おうとしなかった指導者なのだ。
過去のユートピア
中東各国の指導者がどうすべきだったか、そして意気消沈したイスラム世界の若者に希望を与えるにはどうすべきかを、エコノミストでヨルダンの元副首相、国連開発計画(UNDP)アラブ局長のリマ・ハラフ・フネイディがこうまとめている。「知識は富と貧困、能力と無力、達成と挫折を分ける要因になってきた。知識を活用でき、広められる国は開発の水準を急速に高めることができ、すべての国民が成長し繁栄できるようにすることができ、21世紀の世界の舞台で適切な地位を確保できる」(中略)概要はアラブ世界の現状を冷静に分析し、「アラブの経済活動はかなりの部分、一次産品に集中しており、たとえば農業は大部分が伝統的なものである。そして、資本財産業や高度技術を使う産業の比率が低下を続けている」と指摘する。(中略)基礎的条件の深部にある時間、空間、そして何よりも知識との関係で、イスラム教原理主義のテロリストは外部世界に殺人をもたらすだけであり、イスラム世界の内部には惨めさをもたらすだけだ。以上でイスラム教と中東に、そこで失われた機会にページを割いてきたのは、これがいま緊急の課題になっているからだが、アフリカと中南米も未来に直面しなければならない。アフリカと中南米では、大土地所有、都市の貧困、アグリビジネス、先住民族、民族性、環境をめぐって波の衝突が煮えたぎっており、人種差別とドラッグ密売組織のテロのために、問題がますます複雑になり激化している。アメリカは中東に関心を奪われて、他の火山の鳴動には無関心すぎる状況にある。とくに南アメリカでは、怒りが爆発寸前になっている。
力の脆弱さ
いずれ避けがたい危機は、前述のゲーム盤のそれぞれで起こり、しかも、単純な線型ではなく、複雑さを増し、相互作用が深まり、変化が加速していく「メタ・ゲーム」を背景とするものになるだろう。そのため、中国、アメリカなどの国がどれほどすぐれた国家戦略を策定しても、NGOや宗教など、メタ・ゲームの他の参加者の動きを考慮していない場合には、効果が薄くなるか、逆効果になるか、意味のないものになりかねない。アメリカがイラク政策で失敗を重ねているのはかなりの部分、国の役割を重視しすぎ、反戦NGO、宗派、部族など、国以外の勢力の役割を過小評価した結果である。
(中略)
だが、この見方は単純すぎる。もっと重要な問題は、脆弱ともいえるアメリカの富がどこまで経済的な支配的地位に依存しているのかである。(中略)アメリカはいま押し寄せてくる経済、政治、文化、宗教の強力な変化を管理できない。最善でも、自国の経済と国内の制度を変えながら、外的な脅威を防ぎ、あらゆる人が直面している共通の危険のいくつかを和らげる努力ができるだけである。
ナノ秒のいま
陰謀論によれば、アメリカには資本主義者の秘密結社があって、世界を乗っ取り、世界経済の方向を管理する戦略を練っていることになっている。実際には、アメリカは一貫性のある戦略や長期的な戦略に近いものすらまったくもたないまま、歴史上はじめて三つの富の体制に分かれた世界に直面している。アメリカだけではない。そうした戦略は、誰ももっていない。~現在の大急ぎのながら族にとって、「いま」ははるかに短く、「ナノ秒のいま」になっている。
アメリカの政治家もごくまれに長期的な観点から問題を指摘することがあるが、たいていは個別の制度や狭い分野の政策が対象になっていて、国全体の将来にかかわる問題は対象にしていない。任期を超える期間にわたる問題を取り上げると、頭が混乱し、夢を語るだけで、非現実的だと反対勢力に嘲笑される。アメリカ政府のある高官は、数十年先の大きな問題を考える人物だが、こう嘆いている。「議会は一年か二年の予算が戦略だと考えている」(中略)
戦略も、欠陥のある人間が作るものなのだから、かならず欠陥がある。そしてもちろん、柔軟でなければならず、素早く改定できなければならない。戦略を賢明なものにするには、いまの変化の速さを考慮するのはもちろん、今後、変化がさらに加速することを考慮しなければならない。もちろんこれは、言うは易く行うは難しの典型のようなことだ。だが戦略を捨てて敏捷さを重視するのは、近くの空港に大慌てで駆けつけ、そのときの人の流れに乗って、行き先を確認しないまま、飛行機に乗るようなものだ。もちろん、行き先がどこでもいいのであれば、これでいい。テキサスでも東京でもテヘランでも、荷物が一緒に運ばれれば地の果てのティンプクトゥでもいいのなら。だが実際には、どこでもいいというわけにはいかない。行き先をしっかり確認すべきだ。未来を手中にできるのは、行き先をしっかり確認した人なのだから。アメリカの内部でも外部でも。