狂犬病に食肉業者の脅威。改善途上にあるタイの野犬事情とNGOの奮闘
2016年04月22日
観光大国タイにはいまだに狂犬病がある。
狂犬病は、日本では1957年(昭和32年)以降、動物にも人間にも発生がなく、あまり身近な病気ではなくなっている。しかし、世界保健機構(WHO)の推計では年間およそ5.5万人が狂犬病に感染して亡くなり、そのうち3万人以上がアジアでの死亡者だという。
タイでもよほど下手な行動を取らない限りは脅威になることはないが、郊外の路地の奥などでは特に夜になると犬が徒党を組んで人を襲うこともあるので、旅行や長期滞在で注意を怠ってはいけないことのひとつとなる。
殺処分がないタイの野犬収容施設
日本の保健所に相当するバンコク都公共獣医局が公表しているバンコクを徘徊する野良犬の数はおよそ10万匹だ。毎年6000~8000匹が保護され、年平均で6000匹が獣医局の施設で飼われている。
同局に寄せられる野良犬に関する苦情は年間4500件におよび、最も多いものは狂犬病に感染している恐れのある犬の通報、2番目が凶暴で人を襲ってくる野良犬、3番目が吠えたりなどの騒音に関する苦情となっている。寄せられた情報を元に公共獣医局は野良犬の捕獲や状況の改善を実施する。
捕まえられた野良犬たちはまずタイの玄関口であるスワナプーム国際空港に近いバンコク都プラウェート区の施設に運び込まれる。収容されると獣医によってワクチンの接種や健康状態の確認が2週間に渡って行われ、問題がないと判断されるとタイ北部にあるウタイタニー県でバンコク都が設立した施設へと移送される。タイの収容施設に救いがあるのは、日本の保健所と違い殺処分がない点だ。敬虔な仏教徒が多いタイなので殺生はしないというスタンスだとされる。
そのため、収容した以上はその犬が生涯を終えるまで面倒を見ることになり、飼育費用は莫大になる。餌が500トン、ワクチンが3~4万針分、その他の医療費などがかかり、年間で2450万バーツ(約8160万円)もかかっていると公共獣医局は公表している。一般会社員が屋台で昼食を済ませる場合は1食200円程度という物価レベルから考えるとかなりの額になることがわかる。
そうした問題の解決法として、公共獣医局では、タイ人に限り「絶対に捨てない」ことを宣誓してもらった上で里子に出している。個体認識をするチップの埋め込みも一般化し始めており、宣誓を破り捨て犬にした場合には飼い主に罰則が科せられる。
強化された悪質飼い主への罰則
それまでタイの飼い犬に対する罰則はかなり緩かった。1963年に施行された動物に関する法律は与える餌に関係した法律で、特に豚や鶏などの食肉用の家畜に対するものであった。タイは食品衛生関係の法律は案外に厳しく、安全な食品を作るための法律として施行され、ペットに対するものではなかった。その後、1992年になってペットが他人に迷惑や危害を加えた場合に飼い主は6か月以下の懲役か1万バーツ(約3.3万円)以下の罰金、もしくはその両方というものが施行されたが、虐待したり捨てても罰せられることはなかった。
そして、2014年12月27日になってやっと動物虐待防止および動物愛護法が施行された。この法では理由なく殺害したり虐待すると2年以下の懲役か4万バーツ(約13万円)以下の罰金、もしくはその両方が科せられる。不適切な飼い方をしたり、放置、捨てるなどをしても4万バーツ以下の罰金となる。
最近になってペット飼育に関する環境はタイは一応前進したのである。
「違法食用犬捕獲業者」の暗躍も

犬はする前にわざとストレスを与え、アドレナリンのような分泌物を出させる。すると肉がおいしくなるのだそうだ。そのためか、タイで捕獲した犬はトラックに積み込んだ檻にぎゅうぎゅう詰めにされる。早く救出しないと大半が圧死するほどの量で、犬好きでなくとも許しがたく思える残酷な光景となる。
タイでは犬を食べる習慣は東北地方、サコンナコン県のほんの狭い地域にあるだけで一般的ではなく、そもそもタイでは食用としての犬肉自体が認められていない。タイ警察も情報をキャッチすれば摘発に動く。その際に大きな役割を果たすのがタイ国内にあるNGO団体だ。捜査への協力はもちろん、救出した犬の保護も行う。警察が摘発したところで、野良犬たちは結局行き場がない。そんな犬たちの最後の望みとなるのがNGO団体なのだ。
野犬保護を行うNGOの活躍
タイの野良犬などに関係したNGO団体で最も有名なのが「Soi Dog」である。
ソイというのはタイ語で裏通りや小路のことで、野良犬をタイ風英語でソイ・ドッグと呼ぶ。この「Soi Dog」はタイ人ではなくGill Dalley氏ら3人の欧米人によって2003年に発足された団体で、彼らのミッションは食べられてしまう犬を救うことだけでなく、野良犬の予防接種や保護と里親を探すことも行っている。
本拠をタイ南部のリゾート地プーケットに置いており、シェルターは現在、プーケットとタイ東北地方のブリーラム県にある。バンコク事務所はクリニックを兼ねており、直接「Soi Dog」に通報があった野良犬を回収し、獣医が適切な処置を施して狂犬病を減らすことに尽力している。
シェルターには常時1300匹程度の野良犬が保護されており、常に里親を探している。ここから犬を引き取ったという日本人女性は、「野良犬は好きで野良犬になっているわけではありません。野良犬だから悪い犬だと決めつけないでください。野良犬はそれまでの生活環境からあまり吠えなくなっています。ですので飼い犬として来てもらう場合、無駄吠えがないのでとてもいい子ばかりなんですよ」と語る。

タイは近年経済的に大きく発展した。人々の生活も豊かになり、ペットを飼う人も急増している。しかし、ペットを飼うことへの責任やモラルが欠如している人もタイではまだまだ多く、捨て犬などもあとを絶たない。そのため、「Soi Dog」を始めとしたNGO団体の活動は今後も長く続きそうである。