弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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「業務の遂行に通常必要とされる時間」(労基法38条の2第1項ただし書き)

2010-10-11 | 日記
「業務の遂行に通常必要とされる時間」(労基法38条の2第1項ただし書き)とは,どのような時間のことを意味するのでしょうか?
阪急トラベルサポート事件東京地裁平成22年7月2日判決(労経速2080-3)は,以下のように述べて,本条1項ただし書きの「業務の遂行に通常必要とされる時間」も,2項,3項と同様に解釈され,一定の時間を意味し,「各日の状況や従事する労働者等により実際に必要とされる時間には差異があっても,平均的にみて当該業務の遂行に必要とされる時間」を意味すると判示しています。

労基法38条の2第1項ただし書きについて検討する前提として,本条2項,3項について述べる。
本条2項,3項は,1項ただし書きによる通常必要時間のみなし制が,通常必要労働時間数の判定等運用上の困難のみならず紛争のきっかけを含むことから,その実態を熟知している労使間で協議した上で決めることが適当であるとの趣旨で定められている。
本条2項の労使協定について,労基法施行規則24条の2の第3項の届出は,様式第12号によるものとし,様式第12号は一日単位の協定労働時間,つまり,1日あたり何時間という具体的な時間を定めるものとされている。
本条についての解釈例規(昭和63年1月1日労働基準局長通達第1号)は,事業場外労働における労働時間の算定方法につき,「(イ) 原則」について,「労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において,労働時間を算定し難いときは,所定労働時間労働したものとみなされ」,「(ロ) 当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合」について,「なお,当該業務の遂行に通常必要とされる時間とは,通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要とされる時間であること」,「(ハ) 労使協定が締結された場合」について,「(ロ)の当該業務の遂行に通常必要とされる時間については,業務の実態が最もよくわかっている労使間で,その実態を踏まえて協議した上で決めることが適当であるので,労使協定で労働時間を定めた場合には,当該時間を,当該業務の遂行に通常必要とされる時間とすることとしたものであること」としている。
以上のことからすれば,本条1項ただし書きの「業務の遂行に通常必要とされる時間」も,2項,3項と同様に解釈され,一定の時間を意味すると解すべきである。
そして,本条が「通常」必要とされる時間と規定していることから,各日の状況や従事する労働者等により実際に必要とされる時間には差異があっても,平均的にみて当該業務の遂行に必要とされる時間を意味すると解される。

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「労働時間を算定し難いとき」(労基法38条の2第1項)の判断方法

2010-10-11 | 日記
「労働時間を算定し難いとき」(労基法38条の2第1項)の判断方法について,阪急トラベルサポート事件東京地裁平成22年7月2日判決(労経速2080-3)は,以下のように判示しています。
これによれば,みなし労働時間制が適用される「労働時間を算定し難いとき」とは,
① 使用者が,自ら現認することにより確認し,記録すること
② タイムカード,ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し,記録すること
では,労働時間を確認できない場合のことを指すことになります。

事業上外みなし労働時間制は,事業上外業務に従事する労働者の実態に即した合理的な労働時間の算定が可能となるように整備されたものであり,言い換えると,事業上外での労働は労働時間の算定が難しいから,できるだけ実際の労働時間に近い線で便宜的な算定を許容しようという趣旨である。
これは,労働の量よりも質に注目した方が適切と考えられる高度の専門的裁量的業務について実際の労働時間数にかかわらず一定労働時間だけ労働したものとみなす裁量労働制(労基法38条の3)とは,異なった制度である。
次に,労基法は,使用者に対し,労働時間を把握することを求めている(同法108条,労働基準施行規則54条1項5号,6号)。
また,時間外労働割増賃金の支払を使用者に対する罰則をもって確保している(同法37条,119条1号)。
この労働時間を把握する方法として,平成13年4月6日労働基準局長通達第339号「労働時間の適正な把握のための使用者が講ずべき措置に関する基準」(以下「労働時間把握基準」という。)は,「使用者は,労働時間を適正に管理するため,労働者の日ごとの始業・終業時刻を確認し,これを記録すること」とされ,その方法として原則として
「ア 使用者が,自ら現認することにより確認し,記録すること。
 イ タイムカード,ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し,記録すること。」
とし,例外として自己申告制を規定する(書証略)。
これらによれば,みなし労働時間制が適用される「労働時間を算定し難いとき」とは,労働時間把握基準が原則とする前記ア及びイの方法により労働時間を確認できない場合を指すと解される。
なお,労働時間把握基準は,みなし労働時間制が適用される場合には,適用がないものとされている。
ここで,例外である自己申告制によって労働時間を算定することができる場合であっても,「労働時間を算定し難いとき」に該当する場合があると解される。
なぜなら,もし,自己申告制により労働時間を算定できる場合を事業上外みなし労働時間制から排除するとすれば,事業上外労働であって,自己申告制により労働時間を算定できない場合は容易に想像できず,労基法が事業上外みなし労働時間制を許容した意味がほとんどなくなってしまうからである。

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阪急トラベルサポート事件東京地裁平成22年7月2日判決(労経速2080-3)

2010-10-11 | 日記
本判決は,本件海外ツアー添乗業務は,「労働時間を算定し難いとき」(労基法38条の2第1項)に該当すると判断し,事業場外みなし労働時間制が適用されると判断しました。
その上で,「業務の遂行上通常必要とされる時間」は11時間と認定し,日当1万6000円は,8時間の労働に対する対価と認定しました。
会社側は,11時間の対価が1万6000円であると主張したのですが,労基法32条2項が1日の労働時間の上限を8時間としており,労基法13条が「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については無効とする。この場合において,無効となった部分は,この法律で定める基準による。」と規定していることから,労基法の強行的直律的効力により労働契約の労働時間11時間という部分は無効となり,労基法の定める8時間となると解されるとしています。
このため,割増賃金の基礎となる賃金は,日当1万6000円÷8時間=2000円とされました。
その上で,1時間あたり2500円の時間外割増賃金,1時間あたり700円の休日割増賃金,未払割増賃金の合計額と同額の付加金の支払いが命じられています。

なお,阪急トラベルサポート事件東京地裁平成22年5月11日判決(労経速2080-15)では,同じ会社の国内旅行の添乗業務の添乗員について,「労働時間を算定し難い」とはいえず労働基準法38条の2第1項は適用されないと判断されています。
海外と国内での勤務実態の違いに着目した判断なのか,東京地裁民事36部田中一隆裁判官と東京地裁民事11部鈴木拓児裁判官との考え方の違いなのか,様々な考え方はあると思いますが,控訴されているのであれば,東京高裁がどのような判断をするのかが楽しみです。

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X社事件東京地裁平成22年4月20日判決(労経速2079-26)

2010-10-11 | 日記
本件は,被告X社に勤務していた原告が,
① 被告C(原告の上司)の度重なるセクシャルハラスメントにより精神的苦痛を被ったなどと主張して,被告らに対し,不法行為(被告会社については使用者責任)に基づき,連帯して損害賠償420万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年12月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払い
を求め,
② 被告会社の業務外しや嫌がらせにより精神的苦痛を被ったなどと主張して,被告会社に対し,不法行為等に基づき,損害賠償230万円及びこれに対する上記と同様の遅延損害金の支払い
を求めた事案です。
本判決は,①②いずれについても否定し,請求を棄却しました。

本判決は,①について,軽度のセクハラがあった事実を認定しつつ不法行為が成立しないとしている点が特徴的です。
セクハラが軽度のものであったことも結論に影響を与えていますが,セクハラが起こった後の対応(謝罪,処分等)を適切に行うことの重要性が分かる判決だと思います。

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H社事件東京地裁平成22年4月9日判決(労経速2079-14)

2010-10-11 | 日記
本件は,被告と雇用契約を締結して労務を提供し解雇された原告が,被告に対し,解雇の無効を主張して,雇用契約上の権利を有する地位の確認を求め,賃金請求権に基づいて,平成19年10月から平成20年10月までの13か月分の賃金合計325万円,平成19年12月及び平成20年6月に支給されるはずであった業績給又は考課給40万円並びに平成19年8月までの給与から控除した69万9000円の合計未払賃金434万9000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年11月11日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払,平成20年11月から毎月25日限り25万円の割合による賃金の支払を求めた事案です。
本判決は,本件解雇の有効性を認め,請求の中心的部分については請求棄却としていますが,賃金から69万9000円の控除がなされた点については,原告の明示ないし黙示の承諾があったものとは認め難く,被告によって一方的になされた本件各家賃控除は賃金の全額払の原則(労働基準法24条1項本文)に反して認められないと判断し,原告の請求を認めています。

原告は問題行動が多かったため,解雇が有効と判断されましたが,そのような場合であっても,賃金の全額払は,当然,行わなければならないことに注意が必要です。
実務上多いのは,労働者の問題行動が酷いため解雇が有効であることに争いはない(あるいは労働者が自発的に退職した)ものの,残業代をしっかりと支払っていなかったため,割増賃金の請求を会社が受けるケースです。
たとえ問題社員であっても,労基法32条で定める時間を超えて残業すれば労基法37条に基づく割増賃金の請求ができることになります。
問題を起こした社員に対し,大金を支払うことに場合,残った社員の納得を得られないことになりかねません。
そのようなことがないよう,最低限,労基法等の法律は守るようにしなければなりません。

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京都新聞COM事件京都地裁平成22年5月18日判決(労経速2079-3)

2010-10-11 | 日記
本件は,被告に契約社員として雇用されていた原告らに対し,被告が平成21年3月31日限り,予備的に平成22年3月31日限り,上記雇用契約を更新しない旨の通知をしたことについて,原告らは,主位的に,原告らと被告との雇用契約は更新が繰り返された結果,期間の定めのない雇用契約に転化しており,上記の雇止めは無効であると主張して,予備的に,期間の定めのある雇用契約であったとしても解雇権の濫用にあたると主張して,被告に対し,雇用契約上の地位にあることの確認(主位的に期間の定めのない雇用契約,予備的に期間の定めのある雇用契約)と賃金の支払を求めた事案です。

地裁判決は,まず,原告らと被告との間の雇用契約が期間の定めのない雇用契約に転化した,あるいは実質的に期間の定めのない雇用契約と異ならない状況になったといえるかについて検討し,これを否定しました。

次に,原告らが雇用継続の合理的期待を有するに至ったかについて検討し,「期間の定めのある雇用契約は3年を超えて更新されないというルール」(3年ルール)について説明をしたことを理由として原告らにおいて契約期間満了後も雇用継続を期待することは合理的ではなかったとする被告の主張は採用できないとした上で,
・ 契約期間が原告Aについては勤続年数7年9か月,更新回数10回,原告Bについては勤続年数4年11か月,更新回数は4回に及んでいること
・ 原告らの業務は,広告記事の作成やイベントの運営など,新聞編集等の業務と比べると軽いものではあるが,ほぼ自分の判断で業務を遂行しており,誰でも行うことができる補助的・機械的な業務とはいえないこと
・ 原告らは,契約の満了時期を迎えても,翌年度に継続する業務を担当しており,当然に更新されることが前提であったようにうかがえること
などからすると,原告らとしては,契約の更新を期待することには合理性があるといえるとしました。

その結果,「したがって,原告らと被告との間の雇用契約については,期間の満了により直ちに雇用契約が終了するわけではなく,使用者が更新を拒絶するためには,社会通念上相当とされる客観的に合理的な理由が必要であると解される。」という流れになりました。

合理的理由の有無についてのあてはめ,検討の部分は,以下のとおりです。
論理の流れからすると,「被告についての経営状態が明らかではなく,」という部分が,主な理由となっているようにも読めます。

被告は,この点について,被告を含めた京都新聞社グループの経営状態が極めて厳しく,原告らとの契約を更新しないことについて合理的な理由がある旨主張する。
確かに,京都新聞社における主要な収入源の一つである広告収入が大幅に減少しており,京都新聞社の営業利益は,平成20年度は赤字となり,平成22年度の正社員の募集をしなかったなど,解雇もやむを得ないことをうかがわせる事情はあるが,被告についての経営状態が明らかではなく,これまで原告らに対し3年ルールを十分に周知せずに契約の更新が重ねられてきたことなどからすると,3年ルールの告知がされてから未だ3年に満たない時期にされた本件雇止めを相当とする合理的理由があるとまではいえない。
したがって,本件雇止めは無効であるから,原告らは,現在も被告において期間の定めのある契約社員としての地位にあるといえる。



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労働組合に対する便宜供与

2010-10-11 | 日記
使用者は,労働組合から,労働組合の掲示板設置,会社施設の利用,組合事務所の無償貸与,電話等の無償利用等の要求を受けることがあります。
使用者は,組合に対して便宜供与する義務はなく,便宜供与するかどうかは,あくまでも交渉の問題ということになるのが原則です。
ただし,複数の労働組合が併存している場合には,中立保持義務に対する配慮が必要となります。
ある労働組合には便宜供与していながら,別の労働組合には便宜供与しないという扱いをすることは,事案によっては,便宜供与を与えない労働組合の活動力を低下させその弱体化を図る支配介入(不当労働行為)と評価されることがありますので,注意が必要です。

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通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止

2010-10-11 | 日記
短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条では,通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止が規定されています。
同条1項では,事業主は,
① 業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者(職務内容同一短時間労働者)
であって,
② 当該事業主と期間の定めのない労働契約を締結しているもの
のうち,
③ 当該事業場の慣行その他の事情からみて,当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの(通常の労働者と同視すべき短時間労働者)
については,短時間労働者であることを理由として,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,差別的取扱いをしてはならない。
と規定されています。
そして,同条2項において,
前項の期間の定めのない労働契約には,反復して更新されることによって期間の定めのない労働契約と同視することが社会通念上相当と認められる期間の定めのある労働契約を含むものとする。
と規定されています。

①②③の要件を全て満たすパートタイマーはそれほど多くはない会社が多いとは思いますが,仮に,①②③の要件全てを満たすようなパートタイマーについては,それなりの対処が必要となります。
本条の義務は,努力義務にとどまらないことに注意が必要となります。

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労働審判制度の主な特徴

2010-10-11 | 日記
 労働審判法は,
① 労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(個別労働関係民事紛争)に関し,
② 裁判所において,裁判官(労働審判官)及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者(労使双方から1名ずつ選任される労働審判員合計2名)で組織する委員会が,当事者の申立てにより事件を審理し,
③ 調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み,
④ その解決に至らない場合には,労働審判(個別労働関係民事紛争について当事者間の権利義務関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な審判)を行う手続(労働審判手続)を設けることにより,
⑤ 紛争の実情に即した迅速,適正かつ実効的な解決を図ること
を目的とするものです(労働審判法1条)。

 労働審判手続の特徴はどれも重要なものですが,私が特に注目しているのは,①迅速な解決が予定されていることと,②裁判官(労働審判官)が直接関与して権利義務関係を踏まえた調停が試みられ,調停がまとまらない場合には労働審判が行われ,労働審判に対して異議を申し立てた場合には,訴訟に移行することの2点です。

 まず,①迅速な解決という点ですが,労働者の大部分は,使用者に対して不満を持ったとしても,余程の事情がなければ,1年も2年も長期間の裁判を続けることは望まないことが多く,裁判手続を取ることを躊躇することが多かったのではないかと私は考えています。
 しかし,労働審判手続は,原則として3回以内の期日で審理を終結させることが予定されており(労働審判法15条2項),申立てから3か月もかからないうちにかなりの割合の事件が調停成立で終了しますので,労働者としては,利用しやすい制度と評価することができるでしょう。
 これを使用者側から見れば,従来であれば表面化しなかった紛争が表面化しやすくなるということになります。

 次に,②裁判官(労働審判官)が直接関与して権利義務関係を踏まえた調停が試みられ,調停がまとまらない場合には労働審判が行われ,労働審判に対して異議を申し立てた場合には,自動的に訴訟に移行する(労働審判法22条)という点も重要と考えています。
 裁判官(労働審判官)と労働関係に関する専門的な知識経験を有する労働審判員2名によって権利義務関係を踏まえた調停がなされるため,調停内容は合理的なもの(社内で説明がつきやすいもの,労働者が納得しやすいもの)となりやすくなります。
 調停がまとまらなければ,たいていは調停案とほぼ同内容の労働審判が出され,労働審判に対して当事者いずれかが異議を申し立てれば自動的に訴訟での解決が行われることになりますが,訴訟で争っても,裁判官(労働審判官)が関与し,権利義務関係を踏まえて出された労働審判の内容よりも自分に有利に解決する見込みが大きい事案はそれほど多くはありません。
 労働審判に対して異議を申し立てれば,直ちに訴訟に移行しますので,うやむやなまま紛争が立ち消えになることは期待できません。
 訴訟が長引けば労力・金銭等での負担が重くなり,コストパフォーマンスが悪くなってしまいます。
 これらの点が相まって,ある程度は譲歩してでも調停をまとめる大きなモチベーションとなり,労働審判制度の紛争解決機能を飛躍的に高めているものと考えています。

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労働審判を申し立てられた場合における,使用者側の主な注意事項

2010-10-11 | 日記
 労働審判は,第1回期日まで(答弁書の記載内容等,第1回期日での説明)が勝負です。
 裁判官からも同様の発言を聞いたことが,何度もあります。
 第1回期日終了時までに形成された心証に基づいて調停が試みられ,労働審判が出されるのが通常です。
 訴訟を提起された場合は,差し当たり,請求棄却を求め,請求の原因については「追って認否する。」とだけ記載した答弁書を提出し,第2回期日までに認否反論を準備すれば足りることも多いですが,労働審判ではそれは許されません。

 また,第1回期日の変更は原則として認められません。
 少なくとも,準備不足を理由とした第1回期日の変更は認めてもらえません。
 労働審判手続では,当事者双方及び裁判所の都合のみならず,忙しい労働審判員2名のスケジュール調整が必要なため,期日の変更が通常の訴訟よりも難しくなっているようです。
 第1回期日の変更が例外的に認められた事案の大部分は,申立書が裁判所から届いて1週間から10日程度までの時期,労働審判員の選任が完了していない時点に,裁判所に連絡して日程調整した事案のようです。

 第1回期日は,原則として申立てから40日以内の日に指定されますから(労働審判規則13条),相手方(主に使用者側)としては,準備する時間が足りないから第1回期日を変更したい,あるいは,主張立証を第2回期日までさせて欲しいということになりがちですが,いずれについても実際は難しいということになります。
 したがって,たとえ不十分であっても,第1回期日までに全力を尽くして準備していく必要があります。


 なお,弁護士は随分先までスケジュールが入りますから,のんびりしていると第1回期日の日時に別の予定が入ってしまいます。
 依頼したい弁護士がいるのであれば,申立書が会社に届いたら直ちにその弁護士に電話し,第1回期日の予定を空けておいてもらうなどの対応が必要となります。
 私のところに労働審判の相談に来た時期が第1回期日まで1週間を切った時期(答弁書提出期限経過後)だったため,即日,急いで作成した答弁書を提出せざるを得ず,第1回期日が指定された日時は私のスケジュールが既に埋まっていたため,第1回期日に私が出頭できなかった事案もありました。

 当事者は,裁判所(労働審判委員会)に対し,主張書面だけでなく,自己の主張を基礎づける証拠の写しも提出するのが通常ですが,東京地裁の運用では,労働審判委員には,申立書,答弁書等の主張書面のみが事前に送付され,証拠の写しについては送付されない扱いとなっています。
 労働審判員は,他の担当事件のために裁判所に来た際などに,証拠を閲覧し,手控えを取ったりしているようですが,自宅で証拠と照らし合わせながら主張書面を検討することはできません。
 また,労働審判官(裁判官)も大量の事件を処理していますので,答弁書を読んだだけで言いたいことが明確に伝わるようにしておかないと,真意が伝わらない恐れがあります。
 労働審判委員会は,申立書,答弁書の記載内容から,事前にそれなりの心証を形成して第1回期日に臨んでいます。
 第1回期日は,時間が限られており,その場で言いたいことを言う機会が十分に与えられるとは限りません。
 したがって,労働審判手続において相手方とされた使用者側としては,重要な証拠内容は答弁書に引用するなどして,答弁書の記載のみからでも,主張内容が明確に伝わるようにしておくべきことになります。
 陳述書を答弁書と別途提出するかどうかは当事者の自由ですが(答弁書の記述で足りるのであれば,陳述書を出す必要はありません。),重要ポイントについては,答弁書に盛り込んでおくことが必要となります。

 第1回期日おける審理では,代理人弁護士の発言はほとんど認められず,代理人が発言すると制止されることが多いので,会社担当者が事実説明をしていくことになります。
 したがって,期日には代理人弁護士が出頭するだけでは足りず,紛争の実情を把握している会社担当者が2名程度,出頭する必要があります。
 しかし,会社担当者は裁判所の手続に不慣れなことが多いため,緊張して事実を正確に伝えることができなくなりがちです。
 言いたいことが言えないまま終わってしまうことがないようにするためには,事前に提出する答弁書に言いたいことをしっかり盛り込んでおいて当日話さなければならないことをできるだけ減らしておくべきでしょう。

 労働審判の第1回期日にかかる時間についてですが,2時間程度はかかるものと考えておく必要があります。
 私がこれまでに経験した労働審判事件の第1回期日は,1時間20分~2時間30分程度かかっています。
 事案の難易度にもよりますが,同程度の事件であれば,申立書,答弁書において,充実した主張反論がなされているケースの方が,所要時間が短くなる傾向にあります。

 第2回以降の期日は,第1回期日で実質的な審理が終了し,労働審判委員会から調停案が示されていたような場合には,解決金の金額を中心とした調停内容についての調整がなされることになり,当事者双方が調停案を直ちに受け入れたような場合は,期日は30分足らずで終了することになります。
 ただし,第2回以降の期日であっても,当事者双方が調停案を直ちに受け入れなかったものの,もう少しで調停が成立しそうな状況だったため,その日のうちに調停を成立させるために交渉が継続され,約2時間30分かかったことがありました。
 念のため,長めにスケジュールを空けておいた方が無難かもしれません。

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小野リース事件最高裁第三小法廷平成22年5月25日判決(労経速2078-3)

2010-10-11 | 日記
本最高裁判決は,まず,以下のとおり,訴訟に先立って行われた労働審判手続において労働審判官として労働審判に関与した裁判官が本件の第1審判決をしたことに違法はないと判断しています。
東京地裁では,労働審判手続において労働審判官として労働審判に関与した裁判官と,訴訟移行後の裁判官が同じ裁判官ということにはならない運用とされていますが,裁判官の数が少ない地方では問題となり得たところです。

民訴法23条1項6号にいう「前審の裁判」とは,当該事件の直接又は間接の下級審の裁判を指すと解すべきであるから(最高裁昭和28年(オ)第801号同30年3月29日第三小法廷判決・民集9巻3号395頁,最高裁昭和34年(オ)第59号同36年4月7日第二小法廷判決・民集15巻4号706頁参照),労働審判に対し適法な異議の申立てがあったため訴えの提起があったものとみなされて訴訟に移行した場合(労働審判法22条参照)において,当該労働審判が「前審の裁判」に当たるということはできない(なお,当該労働審判が同号にいう「仲裁判断」に当たらないことは明らかである。)。
したがって,本件訴訟に先立って行われた労働審判手続において労働審判官として労働審判に関与した裁判官が本件の第1審判決をしたことに違法はない。

本最高裁判決は,上記判断がなされた点が注目されていますが,それとは別に,地裁,高裁では相当性を欠き不法行為となると判断されていた解雇が,著しく相当性を欠いて不法行為を構成するものということはできないと判断され,結論がひっくり返っています。
使用者側から見て,地裁敗訴,高裁敗訴,最高裁勝訴,ということになります。
懲戒処分などの解雇以外の方法を講じずにした解雇の相当性が問題となっていますので,本件の地裁裁判官(裁判官近藤幸康),高裁裁判官(裁判長裁判官小磯武男,裁判官山口均,裁判官岡田伸太)と最高裁裁判官(裁判長裁判官那須弘平,裁判官堀籠幸男,裁判官田原睦夫,裁判官近藤崇晴)との感覚の違いを理解する上で,分析しておくのが有益と考えます。
以下,該当箇所を抜粋します。

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。
(1) 本件解雇の時点において,被上告人の勤務態度の問題点は,本件規定に定める解雇事由に該当する。
(2) しかし,社長は,本件欠勤まで,被上告人に対し,勤務態度や飲酒癖を改めるようはっきりと注意や指導をしておらず,かえって被上告人を昇進させたために,被上告人に自分の問題点を自覚させることができなかった。
また,上告人は,本件欠勤の後も,取締役の解任,統括事業部長職の解職,懲戒処分など,解雇以外の方法を講じて被上告人が自らの勤務態度の改善を図る機会を与えていない。
このような事情からすると,上記の他の手段を講じることなくなされた本件解雇は,社会通念上相当として是認することができず,被上告人に対する不法行為になる。
4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。
その理由は,次のとおりである。
前記事実関係によれば,被上告人は,入社直後から営業部の次長ないし部長という幹部従業員であり,平成19年5月以降は統括事業部長を兼務する取締役という地位にあったにもかかわらず,その勤務態度は,従業員からだけでなく,取引先からも苦情が寄せられるほどであり,これは被上告人の飲酒癖に起因するものであったと認められるところ,被上告人は,社長から注意されても飲酒を控えることがなかったというのである。
上記事実関係の下では,本件解雇の時点において,幹部従業員である被上告人にみられた本件欠勤を含むこれらの勤務態度の問題点は,上告人の正常な職場機能,秩序を乱す程度のものであり,被上告人が自ら勤務態度を改める見込みも乏しかったとみるのが相当であるから,被上告人に本件規定に定める解雇事由に該当する事情があることは明らかであった。そうすると,上告人が被上告人に対し,本件欠勤を契機として本件解雇をしたことはやむを得なかったものというべきであり,懲戒処分などの解雇以外の方法を採ることなくなされたとしても,本件解雇が著しく相当性を欠き,被上告人に対する不法行為を構成するものということはできない。

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エース損害保険事件東京地裁平成13年8月10日決定(労判820-74)

2010-10-11 | 日記
エース損害保険事件東京地裁平成13年8月10日決定において示された解雇権濫用についての判断基準は以下のとおりです。
もう10年近くも前の裁判例ですが,日本において正社員を解雇することがいかに難しいかということについて,特に強調して理由が述べられています。

就業規則上の普通解雇事由がある場合でも,使用者は常に解雇しうるものではなく,当該具体的な事情の下において,解雇に処することが著しく不合理であり,社会通念上相当として是認できない場合は,当該解雇の意思表示は権利の濫用として無効となる。
特に,長期雇用システム下で定年まで勤務を続けていくことを前提として長期にわたり勤続してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇する場合は,労働者に不利益が大きいこと,それまで長期間勤務を継続してきたという実績に照らして,それが単なる成績不良ではなく,企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり,企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し,かつ,その他,是正のため注意し反省を促したにもかかわらず,改善されないなど今後の改善の見込みもないこと,使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと,配転や降格ができない企業事情があることなども考慮して濫用の有無を判断すべきである。

正社員を解雇するのに「企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり,企業から排除しなければならない程度に至っていること」まで要するとしているのが妥当かどうかは問題ですが,少なくとも,これに近い発想があるということは認識する必要があります。
「これでは,企業経営ができない。」という声がたくさん聞こえてきそうですが。

解雇する前提として,「是正のため注意し反省を促したにもかかわらず,改善されないなど今後の改善の見込みもないこと」が要求されますので,「証拠」として残しておく必要があります。
事前の対処としては,懲戒処分などの解雇以外の方法を講じて自らの勤務態度の改善を図る機械を与えてから,解雇すべきでしょう。

それと,「使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと,配転や降格ができない企業事情があること」という点も,重要です。
労働者が問題行動に出ていたとしても,それが使用者の行動により誘発されたものであるときは,重視してもらえないことがあります。

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充実した労働審判のために必要なこと

2010-10-11 | 日記
判例タイムズ№1324において,東京地方裁判所民事11部の松田典浩裁判官が,『東京地裁労働部の事件概況』という記事を寄稿しています。
その中で,充実した労働審判の手続運営ができるようにするためには,
当事者及び代理人が
① 当該事件をどのように解決していくか,明確なビジョンを持つこと
② これに基づき,予想される争点に的を絞ったわかりやすい申立書及び答弁書を作成すること
③ これらを補うものとして,厳選された書証を提出し,審尋期日においてインパクトのある説明をするなど,制度の目的を踏まえた十分な準備をすること
が必要不可欠と考えられる。
と述べています。

②③は当然のことですが,①について,よく認識しておく必要があります。
松田裁判官は,重要な②③よりも前に,①を掲げています。
私は,東京地裁の他の裁判官からも,①と同趣旨の話を聞いたことがあります。
それだけ,裁判所は,①が重要だ考えているということです。

想像してみて下さい。
「調停をまとめた方がいいのか,訴訟で戦い続けた方がいいのか,全く分かりませんが,とりあえず,労働審判を申し立ててみました。でも,これからどうすればいいのか,全く分かりません。」
といった状態では,労働審判手続の充実は期待できません。
本人申立ての場合は,ある程度,やむを得ないこともあるかもしれませんが,代理人がついた場合は,このようなことがないよう,事前に方針を決めておくべきなのです。

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ビクターサービスエンジニアリング事件 東京高裁平成22年8月26日判決

2010-10-11 | 日記
ビクターサービスエンジニアリング事件については,東京地裁判決が,本件個人代行店の労組法上の労働者性を否定していたところですが,平成22年8月26日,東京高裁で判決が出され,東京地裁の判断が維持(労組法上の労働者性が否定)されました。
労使の対立が激しい争点ですので,(私個人の憶測に過ぎませんが)新国立劇場運営財団事件,INAXメンテナンス事件とともに,最高裁の判断がなされることになると思います。

労組法上の労働者の意義について,高裁判決は,まず,以下のような判断をしています。
「同法上の労働者は,同法の目的に照らして使用者と賃金等を含む労働条件等の交渉を団体行動によって対等に行わせるのが適切な者,すなわち,労働契約,請負契約等の契約の形式いかんを問わず,労働契約上の被用者と同程度に,労働条件等について使用者に現実的かつ具体的に支配,決定される地位にあり,その指揮監督の下に労務を提供し,その提供する労務の対価として報酬を受ける者をいうと解するのが相当である。」
その上で,「同法条の労働者の意義について原判決の説示するところも,これと同趣旨をいうものと解される。」としています。
つまり,労組法上の労働者の意義について,「地裁の考えと同趣旨の考え方をしていますよ。」と言っているわけです。
高裁判決では,「その指揮監督の下に労務を提供し,」という文言が加わっていますが,高裁判決が地裁と同趣旨だと言っているのですから,異なる判断をしたわけではないのでしょう。
より意義を明確化するため,加筆したということだと思いますが,やや挑戦的な印象もあります。

参考までに,地裁判決の該当箇所を引用すると,以下のとおりとなります。
「労務を提供する者が,労働契約上の被用者でなくても,労務提供を受ける者から,被用者と同視できる程度に,その労働条件等について現実的かつ具体的に支配,決定されている地位にあると認められ,かつ,当該労務提供の対価としての収入を得ていると認められる場合には,当該労務提供者は,同条の労働者に当たるものと解するのが相当である。」

ビクターサービスエンジニアリング事件東京高裁平成22年8月26日判決は,さらに,以下のように述べています。
「そして,同法の労働者に該当するか否かは,上記要件の徴憑となる事実,具体的には,労務提供者に業務の依頼に対する許諾の自由があるか,労務提供者が時間的・場所的に拘束を受けているか,労務提供者が業務遂行について使用者の具体的な指揮監督を受けているかなどについて,その有無ないし程度,報酬が労務の提供の対価として支払われているかなどを想像考慮して判断すべきものと解される。また,本件は被控訴人と個人代行店が業務委託契約を締結している場合であるところ,業務委託契約を締結して受託者が業務に従事する場合,委託者と受託者との間に労働条件等についての現実的かつ具体的な支配,決定の関係が存在しないときでも,委託者の必要に応じて受託業務に従事する以上,委託内容により拘束,指揮監督と評価できる面があるのが通常であるから,契約関係の一部にでもそのように評価できる面があるかどうかによって労働者性を即断するのは事柄の性質上相当でなく,委託契約に基づく委託者と受託者の関係を全体的に見て,上記の労組法の目的に照らし,使用者による現実的かつ具体的な支配関係が認められるか否かという観点に立って判断すべきものと考えられる。」
その上で,このような観点なども理由として,労組法上の労働者性を否定しました。

類似の発想は,いずれも東京高裁第15民事部で出されたINAXメンテナンス事件高裁判決,新国立劇場運営財団事件高裁判決で既に示されていましたが,第19民事部でも同様の判断がなされたことから,これは,東京高裁の主流の考え方と言ってもよさそうです。
あとは最高裁の考え方次第ということになるのではないでしょうか。

控訴人及び補助参加人らは,本件個人代行店は,①~⑥のような事由を勘案すると労組法上の労働者に該当すると主張をしましたが,本高裁判決では,全て排斥されています。

① 個人代行店は,被控訴人の主要業務の一つである修理業務に関して,恒常的に不可欠な労働力として被控訴人の企業組織に組み込まれて労務を提供していること
② 同代行店が締結している業務委託契約の内容が,事実上又は契約上,被控訴人により一方的に決定されていること
③ 同代行店は,その業務遂行に関して,被控訴人から,時間的・場所的な拘束を受け,休日の設定,変更について規制を受け,作業内容のみならずその遂行の態様にまで及ぶ具体的な指示を受けているなど,被控訴人の指揮監督の下で業務を遂行していると評価することができること
④ 同代行店には,被控訴人から発注された業務の受注について諾否の自由がないこと
⑤ 同代行店の報酬は,出来高払いとされているが,労務提供の対価としての性格を有していること
⑥ 同代行店は被控訴人への専属性が高いこと
の各事由を総合的に勘案すると,同代行店は,被控訴人との関係において,通常の商取引関係にある事業者と見るのは相当でなく,被控訴人の指揮監督の下に労務を提供し,その対価として報酬を受け取っている者として,労組法上の労働者に該当すると主張する。

上記①~⑥の要素については,控訴人処分行政庁である中央労働委員会代表者会長である菅野和夫先生の『労働法 第九版』514頁~515頁に挙げられている諸事情と同様のものとなっています。
『労働法 第九版』514頁~515頁では,熟練技能や特殊技能を供給する点で指揮命令や拘束性が希薄な請負・委任等の契約形態で労務を提要する者について,
① 労務供給による報酬に依存して生活しており(いわゆる経済的従属性)
② 労務供給の報酬その他の諸条件が供給相手によって一方的に決定され(交渉力格差)
③ 使用者の事業組織に組み入れられてその組織的統制下に労務を供給する点で,労務供給の諸条件が集団的に基準化される(労働の組織的集団的性格)
人々であれば,労働契約による労務供給者に準じて労働条件の基準化のための団体交渉の保護を及ぼす必要性と適切性を認められる労務供給者として,労働法上の「労働者」に含まれる。
とした上で,より具体的基準として,以下のように述べています。
・労務供給者が供給相手の事業者の事業に不可欠の労働力を提供する者として,その事業組織に組み込まれているか
・労務供給の諸条件が,供給相手の事業者によって一方的・定型的に決定されているか
・業務の依頼に対する諾否の自由の有無
・労務供給が,供給先の事業者の指揮命令を受け,時間的場所的に拘束されて行われるか
・労務供給の対価が額・支払形態において賃金・給料とどれほど類似しているか
などの諸事情に照らして上記の労働契約上の労務供給者またはこれに準じて団体交渉の保護を及ぼす必要性と適切性を認められ労務供給者か否かを,総合的に判断すべきである。なお,そのように認められるためには,上記の要素がすべて充足される必要はなく,充足の程度も労働契約上の労働者と同程度である必要はない。

中央労働委員会の判断としては,このような事案の自営業者を広く労組法上の労働者と認定されることが予想されます。
他方,裁判所の判断としては,比較的限定された範囲で,労組法上の労働者と認定されることが予想されます。
とすると,使用者側弁護士としては,「裁判所で争えば労組法上の労働者性が否定される可能性も十分にありますが,中央労働委員会では労組法上の労働者性が肯定される可能性が高いです。」などといったアドバイスをしなければならなくなる事案も出てくることになるでしょう。
地労委が労組法上の労働者性を肯定した事案に対する不服申立ては,中労委に対してするのではなく,直ちに地方裁判所に対して取消請求訴訟を提起したほうがいい事案が増えるかもしれません。

最高裁の判断が出されれば,裁判所の判断は統一されてていくことになりますが,中央労働委員会が直ちに最高裁の判断に従うかというと,一概にはそう言えません。
場合によっては,最高裁の判断基準に従わないまま,労組法上の労働者性を判断し続ける可能性もあります。
その場合,使用者側弁護士として,どのようなアドバイスをしなければならないのか,よく考える必要があります。

労組法上の労働者性に関する私の個人的見解としては,無限定に労組法上の労働者の範囲を拡大することは相当でないと考えており,基本的には裁判所のスタンスで行くべきと考えています。
それで具体的不都合が生じるのであれば,それは「立法」により解決すべき問題であって,既存の条文を拡大解釈することにより解決すべき問題ではないと考えています。

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「労働審判制度利用者調査」への協力について

2010-10-11 | 日記
現在,東京大学社会科学研究所が労働審判制度を利用した方々にアンケート調査をお願いしています。
http://www.courts.go.jp/about/topics/2207.html
アンケートにお答えいただく方にはお手数をおかけしますが,より良い労働審判制度にしていくために必要なことですので,ご協力の程,よろしくお願いします。

裁判所
 この度,国立大学法人東京大学の附置研究所である「東京大学社会科学研究所」(以下「研究所」という。)が,労働審判制度の利用者の評価の実情及び構造を体系的・系統的に調査・分析する目的で,労働審判制度を利用した方々に対する郵送によるアンケート調査を行うことになり,裁判所もこれに協力することといたしました。調査の概要及び裁判所の協力の内容は以下のとおりです。皆様のご理解ご協力をお願いいたします。

○ 調査の対象となる方
 7月12日(月)から11月11日(木)までの間に労働審判手続期日が実施され,かつ,当該期日に当事者双方(代理人のみが出頭した場合を含む。)が出頭し,労働審判又は調停成立により事件が終局(終了)した方のうち,調査に協力していただける旨を回答された方

○ 裁判所が行う協力の内容
 裁判所は,調査の対象となる方に対し,調査に関する書類等が入っている封筒を交付いたします。

○ 今回の調査と裁判所の関係
 裁判所は,上記の封筒を交付するほかは,調査には一切関与いたしません。

 調査の実施方法,調査内容などについてご質問のある方は,以下の研究所の窓口に直接お問い合わせください。

★お問い合わせは★
〒113-0033
東京都文京区本郷7-3-1
東京大学社会科学研究所「労働審判制度についての意識調査」事務局
電話 フリーダイヤル
0120-585-135
0120-585-137

(問い合わせ受付時間 平日10:00~12:00・13:00~17:00)

ウェブサイト:http://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/roudou/

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