事業場外労働のみなし労働時間制を適用することができるというためには,以下の2つの要件を満たす必要があります。
① 「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合」であること
② 「労働時間を算定し難いとき」に当たること
変形労働時間制を採用すれば,残業代(割増賃金)請求対策になりますか。
変形労働時間制は,一定の期間を単位として,週当たりの平均労働時間が週40時間を超えないことを条件に,所定労働時間が週40時間又は1日8時間の労働時間を超えて労働させることを許容する制度に過ぎず,残業代 (時間外・休日・深夜割増賃金)の支払義務を免除する制度ではありません。週40時間又は1日8時間を超える所定労働時間が定められた場合,週40時間又は1日8時間を超える部分は残業代(時間外割増賃金)の支払が義務づけられる時間外労働には当たらないことになるため,その限度で残業代(時間外割増賃金)の支払を免れることがあるに過ぎません。
変形労働時間制は,週当たりの平均労働時間が週40時間を超えないことが必要ですので,労働時間が週40時間未満又は1日8時間未満で足りることもあるのであれば,結果として残業代(時間外割増賃金)請求対策になる可能性がありますが,恒常的に1日8時間週5日労働させる必要がある会社では,残業代(時間外割増賃金)請求対策にはなりません。
休日・深夜に労働させた場合は,通常どおり,残業代(休日・深夜割増賃金)を支払う必要がありますので,変形労働時間制を採用したとしても,残業代(休日・深夜割増賃金)請求対策にはなりません。
1か月単位の変形労働時間制を採用する場合,就業規則・労使協定に労働時間制の枠組みを定めるだけで労働時間を特定せずに,具体的な労働時間を使用者が任意に定めることができるようなもので構いませんか。
1か月単位の変形労働時間制を導入するためには,法定労働時間を上回る週又は日を特定し,単位期間を平均して1週間あたりの労働時間が週法定労働時間を超えないことを明らかにするために,各週・各日の所定労働時間を就業規則又は労使協定に定める必要があります。
業務の性質上事前の特定が困難な場合は,変形の期間,上限,勤務のパターンなどの変形制の基本事項を就業規則又は労使協定に定めた上,変形期間の開始前に,具体的な勤務割りで特定することも認められますが,就業規則・労使協定に労働時間制の枠組みを定めるだけで労働時間を特定せず,具体的な労働時間を使用者が任意に定めることができるようなものは認められません。
労働時間の規制緩和のための制度や労働時間等に関する規定の適用を除外する制度にはどのようなものがありますか。
労働時間の規制緩和のための制度としては,
① 変形労働時間制(労基法32条の2,32条の4,32条の5)
② フレックスタイム制(労基法32条の3)
③ 事業場外労働のみなし労働時間制(労基法38条の2)
④ 裁量労働制(労基法38条の3,38条の4)
などがあります。
⑤ 管理監督者及び機密事務取扱者(労基法41条)
については,そもそも,労働時間等に関する規定の適用が除外されます。
残業代(割増賃金)の支払を命じる判決を放置していたところ,強制執行されてしまいました。強制執行のため源泉所得税を源泉徴収できなかったのですから,源泉所得税を納付しなくても構いませんよね。
最高裁判所平成23年3月22日第三小法廷判決は, 所得税法28条1項に規定する給与等の支払をする者が,その支払を命ずる判決に基づく強制執行により賃金の回収を受ける場合であっても,源泉所得税の源泉徴収義務を負うと判断していますので,使用者は,強制執行のため源泉所得税を源泉徴収できなかった場合であっても,源泉所得税の源泉徴収義務を負い,源泉所得税を納付する必要があります。
強制執行されているため,残業代 (割増賃金)を支払う際に源泉所得税を徴収できないのに源泉所得税を納付しなければならないのは不当だと言いたくなるかもしれませんが,上記最高裁判決が「上記の場合に,給与等の支払をする者がこれを支払う際に源泉所得税を徴収することができないことは,所論の指摘するとおりであるが,上記の者は,源泉所得税を納付したときには,法222条に基づき,徴収をしていなかった源泉所得税に相当する金額を,その徴収をされるべき者に対して請求等することができるのであるから,所論の指摘するところは,上記解釈を左右するものではない。」と判示している以上やむを得ません。使用者としては,源泉所得税納付後,徴収をしていなかった源泉所得税に相当する金額を当該労働者に請求するほかないことになります。
使用者は,強制執行により賃金の回収を受ける場合であっても,源泉所得税の源泉徴収義務を負うとするのが最高裁判所平成23年3月22日第三小法廷判決なのですから,使用者が判決に従い任意に賃金を支払う場合は,当然,源泉徴収義務を負い,源泉所得税を納付しなければならないことになります。したがって,使用者は,債務名義の有無にかかわらず,源泉徴収した上で賃金を支払う必要があります。
もっとも,当該労働者が,源泉徴収しない金額での支払を強硬に主張し,源泉徴収額についても強制執行してきた場合は,「強制執行手続においては,執行債務者が徴収すべき源泉所得税を徴収する手続は予定されていないから,本件のように給与等の債権者がその債務名義に基づいて民事執行法122条2項により弁済を受ける場合には,源泉徴収されるべき所得税相当額をも含めて強制執行をし,他方,源泉徴収義務者は,強制執行により支払った給与等につき源泉徴収すべき所得税を納付した上で,法222条に基づき求償することになる。」(裁判官田原睦夫の補足意見)という手順を採らざるを得ません。そのようなことにならないよう,上記最高裁判例を労働者側に示して,源泉徴収額についてまで強制執行しないよう話し合っておく必要があります。
過去2年分の未払残業代 (割増賃金)を支払った場合,本来の給料日に支払っておくべきだった残業代(割増賃金)が一括して支払われたことになりますので,本来支給すべきであった給料日の属するそれぞれの年分の給与所得となります。国税庁ウェブサイトの「No.2509 給与所得の収入金額の収入すべき時期」 をご確認下さい。
現実に支払った日の属する月の給与所得として源泉所得税の計算をしてしまうと,支払われる未払残業代(割増賃金)額が200万円とか300万円といった金額となる場合,源泉所得税の金額が高額となってしまいます。確定申告して還付を受ければ,最終的な手取額に大きな差はないともいえますが,労働者との間でトラブルになり,紛争が蒸し返されることがありますので,ご注意下さい。
残業代(割増賃金)の請求を受けている労働審判事件で付加金の支払を命じられることがありますか。
労働審判 は判決ではありませんので,労働審判で付加金の支払を命じられることはありません。
労働審判手続申立書において付加金の請求がなされていることは珍しくありませんが,これは,労働審判手続において調停が成立せず,労働審判に対して異議が出されて訴訟に移行した場合に備え,2年の除斥期間を遵守するためのものに過ぎません。
第一審判決で残業代(割増賃金)と付加金の支払を命じられてしまいました。付加金の支払を免れる方法はありませんか。
裁判所は,未払残業代 (割増賃金)がなければ,付加金の支払を命じることができません。
したがって,第一審判決に対して控訴し,未払残業代(割増賃金)の全額について弁済した上で控訴審において未払残業代(割増賃金)弁済の事実を主張立証すれば,未払残業代(割増賃金)の請求も付加金の請求も棄却されますので,付加金の支払を免れることができます。
残業代請求訴訟において,原告代理人が,「和解額は付加金の金額を加算した金額とすべき。」と主張していますが,応じる必要がありますか。
裁判所は,未払割増賃金がなければ,付加金の支払を命じることができません。仮に,和解が成立しなかったとしても,未払割増賃金相当額を原告本人の給与振込口座に源泉徴収した上で振り込んで支払ってしまえば,未払割増賃金請求が棄却されるのは勿論,裁判所は付加金の支払を命じることもできなくなります。
したがって,残業代 請求訴訟における和解額に付加金の金額を考慮するのは筋違いですので,応じる必要はありません。