Q21アスベスト(石綿)に関する安全配慮義務違反の具体的事実としては,どのような事項が検討されるのですか?
大阪地方裁判所平成22年4月21日判決が,作業環境管理義務違反,作業条件管理義務違反,健康等管理義務違反の有無について検討した上で,「被告は,原告Aに対し,粉じん作業に常時従事する労働者に対して行うべき作業環境管理,作業条件管理ないし健康等管理の義務を怠ったものであるから,安全配慮義務等に違反したものといわなければならない。また,被告によるこれら義務違反が原告Bに対する関係で不法行為に該当することも明らかである。」と判示しているのが,参考となると思います。
ア 作業環境管理義務違反
(ア) 前記認定のとおり,旧労基法,旧安衛則及び昭和33年通達により,粉じんが発散する屋内作業場における局所排気装置の設置が指導され,じん肺法では,粉じんの発生の抑制,保護具の使用その他について適切な措置を講ずることが定められた。また,前記昭和46年1月5日付け通達,旧特化則及びその後の法規制においても,粉じんの発散源を密閉する措置,局所排気装置の設置等の措置,ないしは,粉じんの飛散を防止する措置を講ずるよう,法規制が行われてきたものである。
(イ) ところが,原告Aが従事した第2又は第5工場におけるクラッチ組立作業は,作業時に粉じんの飛散する状態であったこと,少なくとも昭和54年ころまでは,第2又は第5工場内でブレーキライニングの研磨作業が行われた部分と組立作業が行われた部分との間仕切り等もなかったことなどは,前述のとおりである。
しかも,被告は,クラッチ組立作業については,これを粉じん作業として取り扱っていなかったことから,これらの作業が粉じん作業であることを前提にして,粉じんが発生する場所において,被告が粉じんの飛散を防止するような局所排気装置,全体換気装置等の設置又は湿潤化等が行われた事実は認められない。
(ウ) 被告は,本件工場のうち,粉じんが発散する屋内作業場の発散源には,サイクロン付き集じん機等局所排気装置を設置してきたものであり,遅くとも昭和35年4月1日以降実施してきた粉じんの測定結果も,基準値の10分の1程度に止まっていた旨主張する。そして,なるほど,第4工場にサイクロン付き集じん装置が設置されたこと並びに第4及び第5工場に設置された研磨機等の周辺において,昭和51年及び昭和53年ないし55年に実施された環境測定結果が,法規制の基準値を明らかに下回るものであったことは,前述のとおりである。
しかしながら,上記測定値は,被告が年1回民間業者に委託した際の測定結果にとどまるから,必ずしも当時の本件工場内の空気環境が常時問題のなかったことを認めるに足りるものであるとはいえない。このことに,被告による局所排気装置等の設置状態やその変遷も明らかではないこと,昭和50年以前については環境測定結果等がないため,空気環境に問題のなかったことを直接認めるに足りる証拠はないこと,同年以降は,そもそも被告における石綿の全体的な取扱量が減少したことがうかがわれること及び原告Aが,現に石綿の高濃度ばく露によって生ずるとされる石綿肺に罹患していることなどの前記認定事実をも勘案すれば,被告の上記主張は採用できない。
(エ) 以上によれば,被告において,適切な局所排気装置等の設置による粉じん発生の抑制等の措置をとる義務等の履行がされたものと認めることはできず,同義務の懈怠があったものというべきである。
イ 作業条件管理義務違反
(ア) 以上のとおり,被告において,局所排気装置の設置等による粉じん発生の抑制等の措置をとる義務の懈怠があったことに加え,原告Aらクラッチ組立班の従業員らに適切なマスク等の保護具の着用が指示された事実も認められないことは,前記認定のとおりである。
なお,被告は,労働基準監督署の担当者の指導に従って,各従業員に対し,マスク,手袋を交付して着用を義務付けていた旨主張する。そして,被告が昭和46年に粉じん発散のおそれのある作業場における作業用に保護マスク等を購入したことは,前記認定のとおりである。しかしながら,原告Aがマスクを着用せず,また着用するよう被告から指導されたこともなかったことは,前記認定のとおりである。そして,本件全証拠によっても,原告Aが当該マスク着用の対象者とされていたことを認めることはできない。
(イ) また,原告らは,新特化則38条に定められた洗顔,洗身又はうがいの設備,更衣設備及び洗濯のための設備の設置及びこれを労働者に実施させるよう指導する義務,石綿を含む金属粉じんばく露時間の短縮措置をとる義務を履行しなかったから,この点について安全配慮義務等違反がある旨主張する。
この点については,本件全証拠によっても,被告が粉じんの発生を抑制するために,本件工場にいかなる設備を設置したのかどうかや,原告Aら従業員に対し,いかなる指導をしたのかどうかを認めるに足りる証拠はないから,その実態は,明らかでないというより他ない。
もっとも,前記認定事実によれば,被告には,じん肺法,特化則等に照らし,そもそも,事業所における粉じん作業及び同作業に従事する労働者を把握すべき義務があったにもかかわらず,原告Aが従事するクラッチ組立作業において粉じんの飛散を生じる実情があったこと,原告Aが粉じん作業であるクラッチフェーシングの研磨作業に従事していることを把握しておらず,これに応じた労務管理や粉じん作業従事者であることを前提とした指導を怠ったことが推認されるものであり,これを覆すに足りる証拠はない。
(ウ) 以上によれば,被告について,安全配慮義務等違反のあったことは明らかである。
ウ 健康等管理義務違反
(ア) 前記認定のとおり,昭和31年通達は,特殊健康診断の受診を勧奨し,昭和35年に制定されたじん肺法3条,7条は,じん肺健康診断及び一定の場合には,結核精密検査や心肺機能検査の実施を,同法6条は,常時粉じん作業に従事する労働者に対するじん肺に関する予防及び健康管理のために必要な教育の実施を定めている。また,改正特化則39条は,定期的な特殊健康診断の実施を定めている。
そして,原告Aが,本件工場内の石綿を取り扱う作業場において,粉じんの飛散を伴う組立作業に常時従事し,昭和44年ころ以降は,10日に1度,2時間程度ほぼ継続的に従事していたクラッチフェーシングの研磨作業において,継続的に相当量の石綿粉じんにばく露していたものと認められることは,前記認定のとおりである。
(イ) ところが,前記のとおり,原告Aは,被告が,粉じん作業に従事する労働者と取り扱わなかったことから,じん肺健康診断及び改正特化則による特殊健康診断を受けたことがなかったものである。また,被告が石綿粉じんに関するじん肺予防及び健康管理に必要な教育をした事実も認めることができない。
(ウ) したがって,被告には,安全配慮義務等違反があったものと認められる。
弁護士 藤田 進太郎
大阪地方裁判所平成22年4月21日判決が,作業環境管理義務違反,作業条件管理義務違反,健康等管理義務違反の有無について検討した上で,「被告は,原告Aに対し,粉じん作業に常時従事する労働者に対して行うべき作業環境管理,作業条件管理ないし健康等管理の義務を怠ったものであるから,安全配慮義務等に違反したものといわなければならない。また,被告によるこれら義務違反が原告Bに対する関係で不法行為に該当することも明らかである。」と判示しているのが,参考となると思います。
ア 作業環境管理義務違反
(ア) 前記認定のとおり,旧労基法,旧安衛則及び昭和33年通達により,粉じんが発散する屋内作業場における局所排気装置の設置が指導され,じん肺法では,粉じんの発生の抑制,保護具の使用その他について適切な措置を講ずることが定められた。また,前記昭和46年1月5日付け通達,旧特化則及びその後の法規制においても,粉じんの発散源を密閉する措置,局所排気装置の設置等の措置,ないしは,粉じんの飛散を防止する措置を講ずるよう,法規制が行われてきたものである。
(イ) ところが,原告Aが従事した第2又は第5工場におけるクラッチ組立作業は,作業時に粉じんの飛散する状態であったこと,少なくとも昭和54年ころまでは,第2又は第5工場内でブレーキライニングの研磨作業が行われた部分と組立作業が行われた部分との間仕切り等もなかったことなどは,前述のとおりである。
しかも,被告は,クラッチ組立作業については,これを粉じん作業として取り扱っていなかったことから,これらの作業が粉じん作業であることを前提にして,粉じんが発生する場所において,被告が粉じんの飛散を防止するような局所排気装置,全体換気装置等の設置又は湿潤化等が行われた事実は認められない。
(ウ) 被告は,本件工場のうち,粉じんが発散する屋内作業場の発散源には,サイクロン付き集じん機等局所排気装置を設置してきたものであり,遅くとも昭和35年4月1日以降実施してきた粉じんの測定結果も,基準値の10分の1程度に止まっていた旨主張する。そして,なるほど,第4工場にサイクロン付き集じん装置が設置されたこと並びに第4及び第5工場に設置された研磨機等の周辺において,昭和51年及び昭和53年ないし55年に実施された環境測定結果が,法規制の基準値を明らかに下回るものであったことは,前述のとおりである。
しかしながら,上記測定値は,被告が年1回民間業者に委託した際の測定結果にとどまるから,必ずしも当時の本件工場内の空気環境が常時問題のなかったことを認めるに足りるものであるとはいえない。このことに,被告による局所排気装置等の設置状態やその変遷も明らかではないこと,昭和50年以前については環境測定結果等がないため,空気環境に問題のなかったことを直接認めるに足りる証拠はないこと,同年以降は,そもそも被告における石綿の全体的な取扱量が減少したことがうかがわれること及び原告Aが,現に石綿の高濃度ばく露によって生ずるとされる石綿肺に罹患していることなどの前記認定事実をも勘案すれば,被告の上記主張は採用できない。
(エ) 以上によれば,被告において,適切な局所排気装置等の設置による粉じん発生の抑制等の措置をとる義務等の履行がされたものと認めることはできず,同義務の懈怠があったものというべきである。
イ 作業条件管理義務違反
(ア) 以上のとおり,被告において,局所排気装置の設置等による粉じん発生の抑制等の措置をとる義務の懈怠があったことに加え,原告Aらクラッチ組立班の従業員らに適切なマスク等の保護具の着用が指示された事実も認められないことは,前記認定のとおりである。
なお,被告は,労働基準監督署の担当者の指導に従って,各従業員に対し,マスク,手袋を交付して着用を義務付けていた旨主張する。そして,被告が昭和46年に粉じん発散のおそれのある作業場における作業用に保護マスク等を購入したことは,前記認定のとおりである。しかしながら,原告Aがマスクを着用せず,また着用するよう被告から指導されたこともなかったことは,前記認定のとおりである。そして,本件全証拠によっても,原告Aが当該マスク着用の対象者とされていたことを認めることはできない。
(イ) また,原告らは,新特化則38条に定められた洗顔,洗身又はうがいの設備,更衣設備及び洗濯のための設備の設置及びこれを労働者に実施させるよう指導する義務,石綿を含む金属粉じんばく露時間の短縮措置をとる義務を履行しなかったから,この点について安全配慮義務等違反がある旨主張する。
この点については,本件全証拠によっても,被告が粉じんの発生を抑制するために,本件工場にいかなる設備を設置したのかどうかや,原告Aら従業員に対し,いかなる指導をしたのかどうかを認めるに足りる証拠はないから,その実態は,明らかでないというより他ない。
もっとも,前記認定事実によれば,被告には,じん肺法,特化則等に照らし,そもそも,事業所における粉じん作業及び同作業に従事する労働者を把握すべき義務があったにもかかわらず,原告Aが従事するクラッチ組立作業において粉じんの飛散を生じる実情があったこと,原告Aが粉じん作業であるクラッチフェーシングの研磨作業に従事していることを把握しておらず,これに応じた労務管理や粉じん作業従事者であることを前提とした指導を怠ったことが推認されるものであり,これを覆すに足りる証拠はない。
(ウ) 以上によれば,被告について,安全配慮義務等違反のあったことは明らかである。
ウ 健康等管理義務違反
(ア) 前記認定のとおり,昭和31年通達は,特殊健康診断の受診を勧奨し,昭和35年に制定されたじん肺法3条,7条は,じん肺健康診断及び一定の場合には,結核精密検査や心肺機能検査の実施を,同法6条は,常時粉じん作業に従事する労働者に対するじん肺に関する予防及び健康管理のために必要な教育の実施を定めている。また,改正特化則39条は,定期的な特殊健康診断の実施を定めている。
そして,原告Aが,本件工場内の石綿を取り扱う作業場において,粉じんの飛散を伴う組立作業に常時従事し,昭和44年ころ以降は,10日に1度,2時間程度ほぼ継続的に従事していたクラッチフェーシングの研磨作業において,継続的に相当量の石綿粉じんにばく露していたものと認められることは,前記認定のとおりである。
(イ) ところが,前記のとおり,原告Aは,被告が,粉じん作業に従事する労働者と取り扱わなかったことから,じん肺健康診断及び改正特化則による特殊健康診断を受けたことがなかったものである。また,被告が石綿粉じんに関するじん肺予防及び健康管理に必要な教育をした事実も認めることができない。
(ウ) したがって,被告には,安全配慮義務等違反があったものと認められる。
弁護士 藤田 進太郎