懲戒解雇を通知した場合に,懲戒解雇の意思表示は,同時に普通解雇の意思表示でもあるという主張は認められますか。
この問題は,結局のところ,当該解雇 の意思表示の解釈(事実認定)の問題であり,事案ごとに検討するほかありません。
懲戒解雇 のみを行ったことが明らかな場合は,普通解雇 であれば有効な事案であっても,懲戒解雇の意思表示が同時に普通解雇の意思表示でもあるという主張は認められません。
裁判例の中には「使用者が,懲戒解雇の要件は満たさないとしても,当該労働者との雇用関係を解消したいとの意思を有しており,懲戒解雇に至る経過に照らして,使用者が懲戒解雇の意思表示に,予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合には,懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が内包されていると認めることができる」とするもの(岡田運送事件東京地裁平成14年4月24日判決)もありますが,「使用者が懲戒解雇の意思表示に,予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合」を広く考えることはできません。
解雇する時点で,普通解雇にするのか,懲戒解雇にするのか,その理由はどのようなものなのかを明確にしておくべきであり,懲戒解雇とともに普通解雇も合わせて行うのであれば,解雇通知書にその旨明記しておくべきでしょう。
懲戒解雇した時点で既に存在していたものの使用者に判明しておらず,当初は懲戒理由とされていなかった非違行為が後から判明した場合,懲戒解雇の有効性を根拠付ける理由とすることはできますか?
懲戒解雇 した時点で既に存在していたものの使用者に判明しておらず,当初は懲戒理由とされていなかった非違行為が新たに判明した場合,懲戒解雇の有効性を根拠付ける理由とすることができるかに関し,山口観光事件最高裁第一小法廷平成8年9月26日判決(労判708号31頁)が,「使用者が労働者に対して行う懲戒は,労働者の企業秩序違反行為を理由として,一種の秩序罰を課するものであるから,具体的な懲戒の適否は,その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって,懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから,その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである。」と判示していますので,懲戒解雇した時点で使用者が認識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,懲戒解雇の有効性を根拠付ける理由とすることはできません。
この点は,原則として解雇 事由の追加主張が認められる普通解雇 と大きく異なります。
懲戒解雇した時点で認識していなかった非違行為が新たに判明した場合は,
① 山口観光事件最高裁平成8年9月26日判決のいう「特段の事情」があるかどうか
② 懲戒解雇の意思表示が同時に普通解雇の意思表示でもあると評価することができるか
③ 当初の懲戒解雇とは別途,予備的解雇をする場合の懲戒解雇又は普通解雇の理由とするか
等について検討していくことになります。
フジ興産事件最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決が「使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則において懲戒の種類及び事由を定めておくことを要する」「そして,就業規則が法的規範としての性質を有する…ものとして,拘束力を生ずるためには,その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。」と判示していることからすれば,就業規則に懲戒解雇事由を定め,就業規則を周知(従業員が就業規則の存在や内容を知ろうと思えばいつでも知ることができるようにしておくこと。)させておかなければ,労働者が重大な企業秩序違反行為を行った場合であっても,通常は懲戒解雇 することはできないと考えられます。
もっとも,フジ興産事件最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決は,労働組合との労働協約に懲戒の種類及び事由が定められていて当該労働者に労働協約の効力が及んでいる場合や,個別労働契約において懲戒の種類及び事由が定められているような場合であっても懲戒解雇することができないとまでは言っておらず,これらの場合に懲戒解雇することができないと考えるべき理由もありませんので,私見ではこれらの場合にも懲戒解雇することができるものと考えています。
私見によっても,就業規則に懲戒の種類及び事由が定められて周知されておらず,労働組合との労働協約に懲戒の種類及び事由が定められていて当該労働者に労働協約の効力が及んでいる場合でもなく,個別労働契約において懲戒の種類及び事由が定められてもいない場合には,労働者が重大な企業秩序違反行為を行った場合であっても,懲戒解雇することはできず,普通解雇 や退職勧奨 等で対処することになります。
労働契約上の根拠規定がなくても民法627条により行うことができる普通解雇とは大きく異なる点です。
解雇 される社員の気持ちを考えてのことなのだとは思いますが,本当のことを伝えると角が立つから解雇の本当の理由を伝えられないというのでは,会社経営者としてなすべき仕事から逃げていると言わざるを得ません。
会社経営者は,社員に言いたくないことであっても,会社を経営していく上で必要なことであれば言わなければなりません。
解雇の理由が,勤務態度が悪いことや能力が極端に低いことなのだとすれば,まずはその事実を伝えて理由を説明するとともに,改善を促すのが本筋でしょう。
労働契約を終了させなければならないほど勤務態度の悪さ,能力不足の程度が甚だしいことを証拠により立証できるのでしょうか?
有効に解雇できるだけの証拠がそろった状態でそのように仰っているのであればまだいいのですが,普通解雇 (狭義)も懲戒解雇 もできない状態でその台詞を言ってみても,全く説得力がありません。
「勤務態度が悪いとか,能力が低いと言ったら,労働者が反発して解雇の効力が争われる可能性が高いが,整理解雇 であれば本人に落ち度があると言っているわけではないから,解雇の効力が争われるリスクが減るのではないか。」と考えている,といった程度の話ではないかと疑われてしまいます。
整理解雇の有効要件を満たしていないのに整理解雇したところ,社員が整理解雇の効力を争ってきた場合,そのまま整理解雇が有効であると押し通しても勝てませんから,解決金を支払って合意退職してもらうか,解雇を撤回して出社を命じることになるのが通常です。
整理解雇しないと失業手当を受給する上で解雇された社員が不利になるということもありません。
解雇した場合であっても,重責解雇と評価されなければ,解雇された労働者は特定受給資格者に該当し得ることになり,失業手当を受給する上で不利に取り扱われません。
退職勧奨 により合意退職した場合も同様です。
④手続の相当性については,どのようなことを検討する必要がありますか?
労働協約で整理解雇 に先立ち労働組合と協議する義務が規定されているような場合は,労働組合と協議せずに行った整理解雇は原則として無効となります。
事前協議義務を定める労働協約がない場合であっても,裁判所は,使用者は労働者に対して整理解雇の必要性と時期・規模・方法について説明を行った上で,誠意を持って協議すべき信義則上の義務を負うと考える傾向にあります。
使用者が労働者の理解を得るための努力をどの程度したのかが問題となるわけですが,説明に十分な時間をかけず,資料の提示を行わず,抽象的な説明に終始したような場合には,この要素を満たさないと判断されることになります。
整理解雇を検討せざるを得ない場合には,労働者に対し,人員削減が必要な理由,時期・規模・方法等について,できる限りの説明をして下さい。
その説明ができない段階では,未だ整理解雇に踏み切る準備ができていないと考えるべきでしょう。
③人選の合理性については,どのようなことを検討する必要がありますか?
③人選の合理性に関しては,人選基準そのものの合理性と実際のあてはめの合理性を検討する必要があり,その基準は使用者の恣意が入らない客観的なものであることが必要です。
人選基準を設けなかった場合や客観性・合理性を欠く人選基準に基づいて整理解雇 がなされた場合は,③人選の合理性を欠くと判断されることになります。
まずは客観的で合理的な人選基準の設定を行い,人選基準に基づいて整理解雇の対象となる労働者を選定して,後日,訴訟になった場合には,客観的で合理的な人選基準に基づいて整理解雇を行ったことを説明できるようにしておいて下さい。
①人員削減の必要性については,どのようなことを検討する必要がありますか?
①人員削減の必要性は,整理解雇 が有効とされる上で必要不可欠の要素であり,他の要素の要求水準を設定する役割も有しています。
裁判所は,人員削減の必要性の有無について詳細に検討しますが,使用者の経営判断を尊重する傾向にあり,明白に人員削減の必要性がない場合を除けば,人員削減の必要性自体は肯定されるのが通常です。
ただし,人員削減の必要性がそれ程高くないにもかかわらず実施された整理解雇は,②解雇 回避努力が尽くされていないなどの理由から解雇権の濫用と判断されることが多いため,人員削減の必要性の程度についても慎重に検討した上で,整理解雇に踏み切るかどうかを判断する必要があります。
①人員削減の必要性では,整理解雇の前後で新規採用を行っている事実が問題とされることが多く,整理解雇の有効性を判断する上で不利に斟酌されることがあります。