自主制作映画「バトルハンター」は1992年に完成。
数々のコンテストや映画祭に出品され
当時の大阪の自主制作映画界ではかなり話題になったと聞きました。
俺は1991年の10月に上京したので
そのあたりのことは詳しく知らないのですが・・・
「バトルハンター」本編が完成する前に
“予告編”が先に完成したので
高松監督はTV番組、「三宅裕司のえびぞり巨匠天国」(通称“えび天”)
にも応募し、見事、予選選考を通過。
TVで「バトルハンター」“予告編”が放映されることになったのです。
1991年、夏・・・
高松監督とシネマフォースの面々は東京の収録スタジオに出向き
作品の紹介とともにTV出演もしたのだ!ちょっとだけやけど・・
もちろん俺もバイクをぶっ飛ばして東京に行きました。
しかし「バトルハンター」“予告編”は予想していたよりも低評価で
審査員であった市川○一氏とか高○剛氏に
「何が言いたいのかよくわからない」と酷評されてしまった。
確かにこの“予告編”のデキはイマイチだったことは認めます。
しかしもう少しマシな評価してくれると思っていた。
そんな中、1人だけ大絶賛してくれた審査員が・・・俳優の大鶴義丹さんです。
「いやー、好きだなーこういうの。
僕も若い頃は同じようなことやってましたよ!」
といって満点の評価をしてくれた。
数年後、
東京でプロのスタントマンとして仕事をしている時に
あるドラマの撮影で
なんと大鶴さんの吹き替えスタントを
俺が演じることになったのです。(背中から海に飛び込むシーンでした。)
その時に大鶴さんに「えび天」のことを話したら
「ああー、憶えてるよ!
バイクでめちゃくちゃやってたやつでしょ!スタントがんばってねー」
っと爽やかに言ってくれました。
大鶴義丹さん、○ルシアさんと別れられた頃からか
最近TVで見かけることが少なくなっちゃいましたけど(すみません、素人の正直な意見です)
相変わらずクルマとバイクが大好きなようです!
『大鶴義丹・不思議の毎日』
自主制作映画「バトルハンター」
撮影からもう20年も過ぎてしまいましたが・・
俺にとっては“マッドマックスごっこ”を思いっきり楽しめた作品です。
高松監督はじめ当時の関係者の方々ありがとうございました。
・・といっても
当時のスタッフ、キャストの人たちとも
ほとんど音信不通になってしまいましたが・・
みなさん元気なのかな・・
“ジャッカル”を演じた後藤ひろひと氏は
「バトルハンター」以降は予想どおり
プロの役者としてベストセラー作家として脚本家として演出家としてタレントとして
そのマルチな才能を発揮し大活躍されております!
今後も更なる活躍が期待され、芸能界の“大王”になる日が来るのではないでしょうか。
「バトルハンター」を観てみたい!
というコメントも何件かいただきましたが・・
残念ながら今となっては上映会もビデオの再販なども行われないでしょう。
しかし、
ダイジェスト版でもつくって
動画共有サイトででも公開したいなーと俺個人的には考えております。
でも「何を今さら・・」と思われる方もいるかもしれないし
監督・主演の高松さんやその他のメンバーの承諾を得てからになりますので
しばらく時間がかかりますが実現させたいです。
では今回で自主制作映画「バトルハンター」のお話は最終回とさせていただきます。
連載を読んでくれた方、どうもありがとうございました。
また今後もおもろい自主制作映画ネタ書きますので興味のある人は読んでくださいね!
数々のコンテストや映画祭に出品され
当時の大阪の自主制作映画界ではかなり話題になったと聞きました。
俺は1991年の10月に上京したので
そのあたりのことは詳しく知らないのですが・・・
「バトルハンター」本編が完成する前に
“予告編”が先に完成したので
高松監督はTV番組、「三宅裕司のえびぞり巨匠天国」(通称“えび天”)
にも応募し、見事、予選選考を通過。
TVで「バトルハンター」“予告編”が放映されることになったのです。
1991年、夏・・・
高松監督とシネマフォースの面々は東京の収録スタジオに出向き
作品の紹介とともにTV出演もしたのだ!ちょっとだけやけど・・
もちろん俺もバイクをぶっ飛ばして東京に行きました。
しかし「バトルハンター」“予告編”は予想していたよりも低評価で
審査員であった市川○一氏とか高○剛氏に
「何が言いたいのかよくわからない」と酷評されてしまった。
確かにこの“予告編”のデキはイマイチだったことは認めます。
しかしもう少しマシな評価してくれると思っていた。
そんな中、1人だけ大絶賛してくれた審査員が・・・俳優の大鶴義丹さんです。
「いやー、好きだなーこういうの。
僕も若い頃は同じようなことやってましたよ!」
といって満点の評価をしてくれた。
数年後、
東京でプロのスタントマンとして仕事をしている時に
あるドラマの撮影で
なんと大鶴さんの吹き替えスタントを
俺が演じることになったのです。(背中から海に飛び込むシーンでした。)
その時に大鶴さんに「えび天」のことを話したら
「ああー、憶えてるよ!
バイクでめちゃくちゃやってたやつでしょ!スタントがんばってねー」
っと爽やかに言ってくれました。
大鶴義丹さん、○ルシアさんと別れられた頃からか
最近TVで見かけることが少なくなっちゃいましたけど(すみません、素人の正直な意見です)
相変わらずクルマとバイクが大好きなようです!
『大鶴義丹・不思議の毎日』
自主制作映画「バトルハンター」
撮影からもう20年も過ぎてしまいましたが・・
俺にとっては“マッドマックスごっこ”を思いっきり楽しめた作品です。
高松監督はじめ当時の関係者の方々ありがとうございました。
・・といっても
当時のスタッフ、キャストの人たちとも
ほとんど音信不通になってしまいましたが・・
みなさん元気なのかな・・
“ジャッカル”を演じた後藤ひろひと氏は
「バトルハンター」以降は予想どおり
プロの役者としてベストセラー作家として脚本家として演出家としてタレントとして
そのマルチな才能を発揮し大活躍されております!
今後も更なる活躍が期待され、芸能界の“大王”になる日が来るのではないでしょうか。
「バトルハンター」を観てみたい!
というコメントも何件かいただきましたが・・
残念ながら今となっては上映会もビデオの再販なども行われないでしょう。
しかし、
ダイジェスト版でもつくって
動画共有サイトででも公開したいなーと俺個人的には考えております。
でも「何を今さら・・」と思われる方もいるかもしれないし
監督・主演の高松さんやその他のメンバーの承諾を得てからになりますので
しばらく時間がかかりますが実現させたいです。
では今回で自主制作映画「バトルハンター」のお話は最終回とさせていただきます。
連載を読んでくれた方、どうもありがとうございました。
また今後もおもろい自主制作映画ネタ書きますので興味のある人は読んでくださいね!
やたらインディーズが注目されたように見えたあの時期って、何だったんでしょうね? 北村龍平がデビューした事ぐらいしか成果も無く(あれはTSUTAYAのコンペだけど)、ネタ切れTV局の苦肉の策というか、余裕がもたらすお遊びというか…
我々もそれで夢見させてもらえて大いに楽しんだから文句は無いんだけど、まさにあれこそ僕らインディーズの人間にとってのバブルを象徴する小ブームでしたね。
“トレンディ俳優”って懐かしい言葉ですわ。
時代もバブリーやったけど
自主映画もデジタルビデオカメラ&パソコンでノンリニア編集時代になってから
一気に自主映画人口が増えたんじゃないかなー
昔の「シネマ大好き」とかの“フィルム時代”に変わって“デジタル時代”の到来でしたねー。
でも今はインディーズムービーバブルも弾けちゃったかな・・・