上村悦子の暮らしのつづり

日々の生活のあれやこれやを思いつくままに。

村上春樹チャン!?

2023-12-25 15:22:58 | エッセイ

ある集まりに参加した時のことだ。
2~3人ほど離れた場所に座る高齢の女性が、
隣の人に話しているのをこぼれ聞いた。
「作家の村上春樹って知ってる?」

『えーえー、知っていますとも! 大好きな作家です!』
と、心の中で即、反応してしまった私。

村上春樹の小説に出会って、もう何十年になるだろう。
デビュー作の『風の歌を聴け』を皮切りに、新作が出るたびに買い求め、
時には夫とどちらが先に読むかともめながら、それでも読み終わると独特な世界の余韻に浸った。

70年代のジャズ喫茶、こだわりのスパゲティーやビール、
反逆と自由、独特な気怠さーーなど、同世代的な共鳴感が強く、
また謎めいた言葉の渦の中に巻き込まれていく不思議さが心地よく、
小説、エッセイ集、ノンフィクションなどほとんどの本を読んできた。

その女性は、こう続けた。
「春樹ちゃんの家、うちの実家と隣同士やってん」
『えー、春樹チャン!?』
もう黙っていられず、人越しに質問してしまった。
「あのー、村上春樹とお家が隣同士やったんですか?」
「そう、うちの父親が教師やって、春樹ちゃんのお父さんも同じ学校の国語教師でお隣さんやったんよ」
「ヘエーー」
「私が5歳の頃やけど、記憶にあるのはベビーカーに座ってる春樹ちゃん」
『村上春樹がベビーカー……?』
「ということは、赤ちゃんの村上春樹なんですかー?」
意味不明の質問をする私。
彼女は、
「そうやねん」と笑った。

赤ちゃんの村上春樹を想像することなど絶対できないし、
あえて想像もする必要もないだろう。
村上春樹にまつわるあれこれが網羅された辞典的な本もあるが、
まさか赤ちゃんの村上春樹までは出てこないはずだ。

女性の話はそれだけだったが、その後数週間、私の頭の中には
ベビーカーに座った想像上の春樹チャンが何度も登場した。

私たちは生まれて成長していく間、その後も社会で働き、
新しい家庭を持つなど、その後もずっといろんな人と出会っていく。
その小さなシーンごとにさまざまな人とすれ違い、関わっていくわけだが、
それぞれの人の記憶の中に、あらゆるシーンのさまざまな顔の自分自身が残されていくのだ。

想像もしていない誰かの記憶の中に、泣いたり、笑ったり、怒ったり、偉そぶったり遜ったり、
それどころか目を覆いたくなるような無様な私が
現れている可能性があることを思い知らされた……。



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