Youth worker Support【未来を創る若者たちへ】

「はたらいて幸せになろう!」仕事は自分を成長させ、人を幸せにします。そんな仕事を楽しむための情報をお届けします。

企業合同説明会で迷子になっている方へ・・・

2016-03-19 | 仕事

新たに就活を開始した学生の多くが、合同説明会に参加しては企業研究に苦戦します。

なにしろ初めての経験ですから、とりあえず参加してはみたものの、何をどうやってしたら良いのやら皆目見当もつかないという人がたくさん訪れるのも、この時期ならではの光景です。

今回は、合同説明会(企業研究)について書きます。

すでに参加している人が多いこの時期だからこそ、すこしだけ落ち着いて整理して欲しいと思うことをお伝えします。

結論から言うと、合同説明会への参加目的の一つは「方向付け」にあります。

合同会社説明会などのイベントに足しげく通うにつれ、なぜか悩みを増幅させている学生が多いのは、あれも・これも・どれも・それも、見聞きすることが全部良く映り、どちらに進むべきか分からない状態になるからです。

例えば、見知らぬ街のど真ん中に立ちすくみ、地図もガイド本もスマホも持たずに、ただ「美味しいものを食べたい」と思っているようなものです。周囲を見渡せば、何やら美味しそうな店が沢山あるのは分かるものの、行き交う人に聞いてみたら、あそこが美味いとか、ここの店が良いなどまちまちです。たまに「どんなもの食べたいの?」と聞かれても「いや~特にないですゥ~」と答える始末。

ただ、はっきりしているのは「まずいものだけは食べたくない(失敗したくない)」という思いだけで、結局何も決まらず、何も食べられず、ただそこにいる・・・

このような状況の学生が、合同説明会を賑わしているのが、日本の就活の特徴の一つです。

いったいなぜ、そんなことになるのでしょうか?

そこには大きく二つの要因があると、私は考えています。

まず一つ目は、合同説明会には何らかの答えが待っているはず!と思い込んで参加している学生が多い点です。いざ行ってみれば大きなお祭りに出店が沢山並んでいるのと同じような光景が待っているだけなので、答えが待っているどころか、探すことすらできません。

つまり、誰かが方向性を指示してくれる、まるで”お告げ”を待っているかのような状況に陥るのが一つの要因です。

悲しいかも知れませんが、これまで随分「あれをしろ」「これをしろ」「あれはダメ」「これもダメ」と言って来たはずの大人たちも、いざ就職になったら「自分で決めなさい」と言い始めます。 当然です。何しろ就職は人生の方向付けだからです。

そして二つ目が、自分のことをよく理解していないままに行動しているという点です。

例えば、旅行に行くとしたら、行き先を決めて、そこにたどり着くまでの道順や交通手段を調べ、出発時間を設定して必要なものなどを事前に準備するというパターンと、反対に当てもなく飛び出して、行きあたりばったりで道中を楽しみながら、流れ流れてどこかにたどり着くというパターンがあります。(他にもあると思いますが…)

貴方は、どちらのタイプの人ですか?またはどちらが好きですか?

就活も、これとまったく同じことです。

自分に合った行動パターンを理解しないまま、ただそこにいるだけでは、迷子と同じです。

自分は用意周到型?流動型?考えて行動する派?行動しながら考える派?読む方?聞く方?などなど、人には必ずそのパターンがあると言われています。

まだ始まったばかりの就活です。できるだけ早く自分の行動パターンを理解することをお勧めします。

 

 


長所や短所の答えは、自分の外にある。

2016-03-12 | 仕事

長所や短所、または強みや弱み、さらには得手不得手など、就活には自分を相対的に分析することが求められます。

一般論としては、自分を客観視できているのかを問うためだと言われていますが、この手の分析はどうしても自己判断しがちで、特に学生の場合は長所・強み・得意に当たる部分は過小評価に、その逆は過大評価になります。

私は、その逆、つまり長所などを過大評価し、短所などを過小評価している学生に、未だかつて出会ったことがありません。

単にそう言わないだけで、実は心では思っているという人はいるでしょうが、いずれにしても、非常にもったいない気がします。

何故かというと、長所や強みを過大評価するほど自身に満ち溢れた若者たちの出現を、大人たちは熱望しているからです。

そもそも、自分の相対的分野を正確に分析できる人などいません。ましてや学生ならなおさらです。

就活の自己分析は、物理的な身体のサイズや健康状態など、医学の見地から分析するのと訳が違うからです。

就活における自己分析は、実体的な”見える物”の分析ではなく、意識という”見えないもの”の分析になります。

つまり、見えないので、標本や写真と見比べて判断する事など出来ず、その時々の方向性によって判断基準が変わる分、結果も変わるので、当てにならないのです。

もちろん、私が自分自身の相対的な分析をしても同じ事です。

その瞬間、それに至る背景においては正確だったかも知れない分析結果が、わずか数秒後に何らかの衝撃が加わることでガラッと変わるかも知れないし、変わらないかも知れないのです。

もっと厄介なことに、人間には無意識というコントロールし難い意識まであるから、なおさら判断基準が曖昧になってしまいます。

その無意識に引っ張られて、知らず知らずのうちにリスクを軽減するために、自然と長所を過小評価してしまう人が実に多いと、私は感じています。

少し難しい話になりましたが、要するに、自分の判断基準は曖昧だと言いたかったのです。

どうせ曖昧な判断しか出来ないなら、良いところを大きくしておけばいいんじゃないの?と私は言いたいのです。

ついでに言うと、自分自身のことを自分だけで考えて下した判断は、得てして後悔につながるものですよ。

良かれと思って・・・でも誰かに相談しておけばよかった・・・という経験を持つのは、私だけではないと思いますよ。

では、どうすればいいのか?

私は必ず「長所も短所も人に聞け」と言っています。それは自己判断は曖昧だからという理由もあるし、もう一つ大きな理由があります。

実は、長所も強みも得意も、全部他人が規定するものだからです。

「自分では長所」ではなく、「人に認識されている長所」がいわゆる「長所」だからです。

当然「自分では短所」ではなく、「人に認識されている短所」がいわゆる「短所」です。

自分では「優しくて思いやりがあるところが長所だ」といくら思っていても、周囲の人がそう認識していなかったら、それは長所になりません。それは「優しくて思いやりがあるところが長所だと勝手に思い込んでいる人」として存在するだけになります。

過小評価がもったいないと思うのは、まさにそれがおきている人が多いからです。

過小評価して自身が持てないから、優しくて思いやりがある行動を抑制してしまい、周囲に知られないままに思いだけが残っている悲しい状況に陥っている人が本当に多い、と私は感じています。

逆に、「飽きっぽいところが短所だ」といくら思っていても、周囲の人がそう認識していなかったら、それは短所になりません。それは「飽きっぽいところが短所だと勝手に思い込んでいる人」として存在するだけになります。

つまり、短所の過大評価も余計な心配を増やしてしまっていることになるのです。

過小評価して本当の長所が分からず、活かせず、否定してしまうのは、大変もったいないことですよ。

そして本当は短所じゃないかも知れないことを、勝手に短所だと決めつけているのも、実にもったいないことなんですよ。

だから、判断が曖昧な自分ではなく、周囲の人に素直に聞いて、素直に受け止めたらどうでしょうか?

私も貴方も、世間の大勢の方も、人のことなら何故かよく観ていますから・・・

人は、他者の認識によって存在しています。だから、長所も短所も自分の外にその答えがあります。

ただし、外にある答えと、自己認識が同じかどうかは問題ではありません。

むしろ必ずと言っていいほど違います。大切なのは、その分自分も他者をそんな風に(違って)観ていることに気づくことです。

 


内定獲得数は勲章にならないかもしれない。

2016-03-08 | 仕事

2016年度の就活がスタートして早一週間。新卒応援ハローワークには続々と新就活生がやって来ます。

いち早く内定をもらって、とりあえず安心したい。と考えている学生は多いと思います。

今回はあえて、内定を多く獲得した学生の動向や、就職後のエピソードをいくつか紹介します。

ケース1:内定なんか取らなきゃよかった。

10月1日に内定式を控えた9月下旬に、2か所の内定を持ったままどちらにするか選べずに途方に暮れて相談に来た学生のケース。

6月上旬に2か所の内定を得て、本命の公務員が8月の最終選考なので、もし本命がダメだったことを想定して何故かどちらにも内定承諾書を送ってしまった。結局本命には落ちてしまったが、来年再チャレンジしたいという気持ちもあり、1年見送って公務員に注力するか、内定先のどちらかにするか考えて家族にも相談したが、「自分で決めなさい」と言われ、ますます分からなくなって悩んでいたら内定式の招待状が届き、ほとんどパニック状態で相談に来た女性。

結局、公務員を目指すことにして、もともと勢いで応募した会社を直ぐにお断りして、もう片方の会社には気か引けると言って内定式には出席したものの年末にお断りました。

人事の人がとても良い方で断り難いと思って年末にまってしまったとのことでした。

その彼女が年末に言ったのが「内定なんか取らなきゃよかった。」です。

翌年、見事に公務員に合格しました。

 

ケース2:私は内定を5つももらったのよ!

大手量販店に入社するも、先輩からきつく当たられたり、パートのおばさまには子供扱いされたりで、半年後には辞めたいと思ったケース。

入社早々から、厳しい研修がスタートして自己嫌悪の毎日だった。その最中いつも「わしは内定を5つももらったのよ!ふざけんな!!」という気分になって、いらいらしていた。その後も失敗して叱られる度に、同じ言葉を心で叫んでいた。

結局は、合わないところを選んだ自分の責任だと分かっていても、あんなに頑張って就活したのに・・・という悔しい気持ちを抱えたまま相談に来た女性。

彼女は、変なプライドがまとわり付いて、向上心を奪われていたことに気付けなかったのです。

内定を5つも取るのは確かに凄いと思いましたが、それが逆に足枷になり、私は特別なのよという変なプライドとなっていたようです。

現に、職場では心底仲の良い関係は作れず、何事も知っているかのように振る舞っていたようです。

「内定を勲章のように思っているうちは、いつまで経っても成長できないよ。」と言ったら、彼女は泣き出しましたが、直ぐに理解してくれました。さすがに5つも内定をもらっただけあって、呑み込みが早いと感心しました。

 

ケース3:あっちの会社にすれば良かった。

広告業界を熱望していて、見事に2つの会社から内定を得たのは良いが、悩みに悩んだ末に決断した会社で思わぬ展開が待っていたケース。

地元が本社の中堅広告会社にするか、大手広告会社の福岡営業所勤務にするかで随分悩んだ末に、大手に行くと決めていよいよ入社式を迎えたと思いきや、数日後に電話があり「やっぱり地元の会社にすれば良かったと思うんですが、また応募できますか?」という相談をする男性。

状況を聞くと、大手企業だけあって研修と称して関東の印刷工場にしばらく出向との辞令が出ていたようで、話が違うと激怒するも、内定式の時に説明したはずだが・・・との返答に何も言えず、しかしこのまま研修に行くのは嫌だと思い、今なら間に合うと思って連絡したとのことでした。

翌週には関東に旅経つ彼に、私は「悩んで出した答えが出向だなんて思わずに、研修を終えてからもう一度考えてみたらどうですか。」と言ってすぐに電話を切りました。

結局彼はまだ、大手広告会社にいるようです。

 

このようなケースがまだまだたくさんありあす。

私は、内定がかえって悩みの種になる学生や新社会人と出会う度に、内定って厄介だなぁ~と考えてしまいます。

多くの内定を獲ることにそれほど価値があるのか?

身体は一つなのに、いくつも欲しがるのが人間の嵯峨ってやつなのか、それとも周囲の大人がけしかけた幻想なのか、よく分からないのが本音ですが、明日も内定を欲しがる学生のために頑張ろうと思います。


就活生の皆さん、3月病に要注意。

2016-03-06 | 仕事

毎年この時期は、新就活生がぞくぞくとやって来ます。

もう4年生だし、いよいよ就活!!

早くしないといい会社に就職できなし、早く内定取らないと卒論もあるし、髪も染めたいし、バイトもしたいし、旅行も行きたいし・・・

日々会社説明会のスケジュールに追われながら、毎日滝のように届くメールチェックにエントリーシートの準備や写真撮影、それに加えてグループディスカッションの練習に面接対策、さらにOB訪問もはやく始めなくては・・・

不安や焦りを感じている暇はない。無理やりにでもやる気を振り絞って皆に後れを取らないよう付いて行かなければ・・・

こんな感じの学生が多い時期です。

 

しかし、だいたいの人が5月連休の頃には「思考停止活動」に切り替わります。(しかも無意識に…)

3月のスタートダッシュの時に「とりあえず訳分かんないけど、とにかく活動しなきゃ不安」と思っている人によく見られる傾向です。

それは、思考がほぼ停止したままで、身体は会社説明会の椅子にあり、ノートとペンは持っているけど、会社名を書いて、商品名を書いて、理念を書いて後は話を聞いた振りをして、次のブースに行く。といった、就活生の動向のことです。

ちなみに、活動休止状態に入る人も出てきます。

私は毎年、こういった状態に陥っていて、夏休みを向えた頃に我に返り、もう遅いと勝手に諦めて肩を落として来所する学生と何人も話してきました。

私はよくそういう学生に「3月病ですね」と言います。

つまり、皆と同じように勢いよく活動は始めたものの、その方向性が定まらないがために情報過多になり処理能力の限界を超えているにも関わらず、これが就活だと言い聞かせてさらにインプットしようと頑張るので、脳がフリーズ状態になっているのです。

もともと明確な方向性が見出せていないので、取捨選択が出来ずどんな情報も大切に思えてくる。だから最初のうちはノートはぎっしり、会社案内やパンフレットはマーカーだらけになるものの、だんだんとノートの文字数は減り、資料は溜まる一方となり、最終的には自分ではどう処理していいのか分からず、手に負えなくなるのです。

深刻なのは、そういった状態を周囲に言えないで抱え込んでしまうことです。

友人も皆就活頑張っているから言えない。親には心配をかけたくない。大学の就職相談では、そんなの当たり前と言われそう。(そんなことはないと思うけどね)

そのまま人に言い出せなくて、結局半年以上も活動休止に陥る学生も案外多いと思います。

秋から冬にかけて訪れる学生にそういう状態だったと言う人が多いからです。

でも、大丈夫です。

就活は3月にスタートしたからと言って、必ず上手く行く保証などないし、むしろ一旦挫折を味わった方が上手く行くケースも少なくないので、いつからでも出直しが出来ると思って下さい。

 

しかし、3月病にはなりたくないと思う人は、出来るだけ早く良き相談者を見つけましょう。

3月は、もう就職活動に入ったからこそ、何でも相談できる相手の大切さが分かる時期でもあるのです。

3月病になる前に、身近に相談できる相手を見つけて、自分の進みたい方向性を明確にする努力をして下さい。

 

まだよく分からないという人は、焦らずとも大丈夫です。

やりたいことが分からないのは、決して恥ずかしいことではありません。

新卒応援ハローワークでは、自分がよく分からなくて不安を抱えた方の支援も引き受けていますよ。

 


私だけの仕事の流儀 (吉田さん)

2016-03-05 | 仕事

「私だけの仕事の流儀」5人目は、熱い魂を持つ日本男児の登場です。

 

ニックネームは「吉田さん」です。

福岡市在住 38歳

現在は、介護講師として活躍中です。  はなそう屋主宰・福岡介護福祉学校

 

 

今回は、私からの半ば強制的な要望に応えて頂いて実現したインタビューでした。

私がどうしても吉田さんのお話を聞きたいと思ったのは、彼のブログを目にして、そこに書かれている事がとてもシンプルでありながら、深く考えさせられることが多かったことが一番の動機です。

これまで、ある勉強会では顔を合わせることがありましたが、二人だけでじっくりお話をするのは今回が初めてだったので、少しの緊張感と大きな期待感の中でインタビューを始めました。

私のイメージしていた通り、話を始めた途端に彼の熱い情熱が言葉に乗って心に入って来るのを感じながら、私もそれに応えようと熱い心で会話を楽しみました。

今回は、そのほんの一部を紹介します。

 

● これまで経験したお仕事・またはその一部

自動車整備工(約5年) 介護職(約10年) 介護講師(約4年)

 

● もっとも印象深い仕事と、その内容

介護士として利用者の最期をみとる時です。

私は今まで10名以上の利用者の死に向き合って来ました。介護の世界では多い方だと思います。

その中でも特に忘れられないのは、「もう今夜がヤマ」と医師に告げられていた利用者に、私は最期だと思って声掛けしに病室に赴き「また明日来るから待っててね。」と声をかけました。本当に大好きだった利用者に、1日でも長く生きてほしいという思いから出た言葉でした。

翌日、覚悟を決めて再び会いに行くと、その人は私を待っていてくれたのです。

そして、人生最後の約束を果たして下さったその30分後に、安らかに息を引き取られました。

 

● その仕事を振り返って、今思うこと

私は、介護の仕事は聖職だと確信していると同時に、その仕事に誇りを持っています。

介護という仕事は、人に真正面から向き合う仕事です。それは命を扱うことに直結し、時には人の死に向き合うことを意味します。

利用者の最期をみとる度に、人間の“生”を全うしようとする強烈な意志を感じてきました。

そういう瞬間に立ち会えること、人間の命を実感できることこそ、介護職が聖職である証だと思います。

 

● 忘れられない仕事での失敗談

介護の世界に身を投じて1年目のこと、ある女性利用者の愛情を受け止めてあげることが出来なかったことです。

99歳になるその女性は、どういう訳か私をとても気に入って下さり、会う度に「私とつきあって。」と言っては熱い視線を送ってこられましたが、当時の私はそういった時、頭ではすべてを受け止めてあげると分かっていても、実際にどういった応対をすればいいのか分からず、ただ仕事として冷静に受け流すような態度を取っていました。

しかし、その利用者がお亡くなりになり、自分の取った行動を思い返す度に、「自分は仕事(作業)はしかもしれないが、彼女に向き合ったのか?」という思いが出てきました。

彼女は、素直に愛情を口に出しては、私の気持ちを求めていたにも関わらず、私はその思いに応えるどころか、介護という作業だけをするのが精一杯だった。それは、本当に相手を満足させたことにはならないのではないか、と考えるようになりました。

今では、利用者との心のつながりを最優先に仕事に向かうことが出来ますが、そのおばあちゃんとの出会いは、今でも大きな教訓として心に残っています。

 

● 仕事で影響を受けた人

介護の世界では二人います。

まず、介護実習でお世話になった、カトリック系施設の生活相談員の方です。

彼女から介護士と利用者の関係性について学ぶことが出来ました。

その教えは、介護講師となった私にとって、受講者の方に最初に話す重要項目であり、セミナーや個別相談の基礎的な部分を担ってくれています。(詳しい内容は企業秘密ということで…)

そして、私が最初に介護の仕事に就いた時の先輩には、「介護のいろは」をじっくり学ぶことが出来ました。今でも、良き相談相手になって下さり、とても感謝しています。

 

● 仕事で楽しいと思う瞬間

利用者やその家族、さらに相談相手や受講者から、笑顔でありがとうと言ってもらえた時です。

介護の現場にいた時は、利用者の「お疲れさん!」という何気ない一言に、全てが報われるような気持ちになっていました。

 

● 今になって思う、仕事のために、やっておけば良かったこと

やっておけばと言うよりも、感情的な部分で「母親のような愛情」をもっと持ちたかったと思います。

先ほどの99歳のおばあちゃんとの関係も、自分がもっと母性を持っていたら、彼女を大きな愛情で包み込んであげることが出来たかもしれないと、今になって思います。

 

● ズバリ、仕事とは何か

仕事=プロフェッショナル

介護においては、全てを受け入れる大きく深い気持ちが先、技術だけでは追いつけない。

相手に合わせるのはプロではない。相手に徹底的に寄り添うのがプロの仕事である。

 

● 自分にとっての仕事の意味価値とは

仕事は自分で創るものだと思う。

私は「ゆっくりと、しかし着実に」という言葉が好きです。意志を貫くには決して焦らず、一歩、1センチ、心の決断を繰り返すことが大切だと思う。

 

● 未だ社会に出ていない若者へ、贈る言葉

「今ここ」の自分を感じよう。今、どんな自分になって何をするのかが重要。

そして、どんなことでも安心して語ることが出来る真の仲間を一人でも多く見つけよう。

きっとそいつが何か困った時に必ず助けてくれるし、自分も困っている仲間のために頑張れるはずだから。

 

★ 私だけの仕事の流儀

プロ意識を持つこと。「俺は一流だ」と自分の在り方を規定すること。

それは、自分に自信を持って行動すると同時に、自分を過信しないということ。

決して気を抜かず、深い愛情を持って仕事に向き合うことこそ、私だけの仕事の流儀です。

 

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このインタビュー中、私は吉田さんから言葉と共に溢れ出る情熱を何とか受け止めようと必死になりながら、彼の介護職にかける誇りというものが、その言葉の強さ以上に熱く本物だと心に突き刺さったように感じていました。

そんな吉田さんの言う「プロ意識を持って相手に寄り添う」という言葉は、私自身に向けた熱いエールだと受け止めています。

また、彼は約2時間の話の中で、ほとんど介護現場の実情に対する愚痴はおろか、行政や制度に対する疑問や不満といった話をしなかったことも、後になってすごいなぁ~と感じた次第です。

私は当初、ある程度は現場の大変な実情の話が出てくると思っていましたが、彼の次元は既にそんな段階は通り越しており、今は介護講師としての立場から、そういう現場の受け止め方、認識の仕方を指導しているそうです。

私は仕事柄、現役の介護職の方や、辞めた方の再就職相談を受けることもしばしばあるので、自分なりに介護という現場がどれほど大変なのか、職員の方々がどれだけ頑張っているのか、頭では分かったつもりでいましたが、吉田さんの話を聞いて、そのイメージが大きく変わりました。

彼は、「介護職は聖職だ」と言い切りました。

それは、単なるプライドという言葉では収まらない、人間としての生きざまを仕事にぶつける彼の魂が籠った言葉でした。

出来れば、これから介護の世界を目指す若者たちに直接聞かせたい瞬間でもありました。

今後は、彼のような講師が多く育って行き、現場を改革してくれることを、心から願っています。

 

今回のインタビューで、私はキャリア支援のプロとして、介護のプロである吉田さんに尊い教えを頂きました。そして、人の人生や命と直結する現場で、日々ご活躍されている介護職の方々に改めて敬意を表したいという気持ちになり、この仕事に人生を掛けて取り組んでいる人たちの熱い思いを少しでも伝えたいという意志をもちました。

今、吉田さんは「はなそう屋」という場創りを新たに計画中で、近日にもオープンする予定だとお聞きしました。介護職に限らず、誰もが気軽に訪れ、本音でアウトプットしあいながら様々な学びを得る場にしたいと話してくれました。

私も是非参加してみたいと思っています。

話の後半に、彼は私に「こうちゃん。言い切ること、大事よ。」と笑顔で言ってくれました。

確かにその通りだと思います。

10歳も年下ですが、なんだか兄貴のような言葉にとても嬉しい気持ちになれたインタビューでした。

吉田さん、本当にありがとうございました。

 

最後に、彼の決め台詞を拝借して終わりたいと思います。

 

 

また会おう!!

 

 

2016.3 Youth workerSupport 「私だけの仕事の流儀」