「ふたりのイーダ」 1976年 日本
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監督 松山善三
出演 上屋健一 原口祐子 倍賞千恵子 山口崇 高峰秀子 森繁久弥
声の出演 宇野重吉
ストーリー
直樹は小学四年、妹のゆう子は三歳。
二人は雑誌記者の母親相沢美智と一緒に、夏休みを利用し、広島の祖母の家へいくことになった。
東京駅へ見送りにきた美智の同僚カメラマンにゆう子は「イーだ!」をした。
それはゆう子の可愛いあいさつであった。
都会をはなれ、田舎で大はしゃぎの二人。
久しぶりに会う祖父母にゆう子は例の可愛いあいさつ「イーだ!」を繰り返した。
直樹は、カラスアゲハ蝶を見つけ、それに誘導されるかのように後を追いかけていった。
すると、「イナイ、イナイ」とつぶやき声がきこえた。
そして、おどろくことに椅子が歩いて来るではないか。
そして彼が不思議に思っている間に椅子は雑木林へと入っていく。
彼は一瞬ためらったが、決心して雑木林の中へ入っていくと、そこには古びた洋館があった。
直樹は館へ入り、中を見ると椅子がしゃべりながら歩いていた。
そして、直樹は恐しさのあまり急いでとんで帰って行った。
翌日、昼寝をしているはずのゆう子の姿が見えないので直樹はもしやと思い雑木林の洋館へ行ってみた。
そこでは、ゆう子と例のしゃべる椅子が仲良く話をしていた。
直樹は椅子からゆう子を離し、椅子を二度ばかり蹴倒した。
その夜、直樹は熱を出し、取材に出ている美智に早く帰ってきてほしいと椅子の話をしようとするが美智はとり合わなかった。
そして、その美智に、同僚の広岡が愛をうちあけた・・・。
寸評
松山善三は人間の持つ優しさを描き続けた監督である。
ここでも原爆問題を優しいまなざしで描いているのだが、ちょっと中途半端になってしまった。
子供たちに見せたい映画であるが、そうするには大人の話も入り込んできていて余計なお世話的だ。
大人たちのために美智と広岡の恋を入れ込んだのだろうが、どうもそれが浮いてしまっている。
森繁久弥、高峰秀子、倍賞千恵子とネームバリューのある俳優が出ているにもかかわらず、たいした宣伝もされずひっそりと公開されたのもうなずける内容である。
子供向けの教育映画のような内容でありながら、大人の恋を絡ませた一般映画の様でもあり、その立ち位置を中途半端なものにしている。
椅子が話すのだからファンタジー作品なのだが、テーマとして原爆による被害者を取り上げているので心ウキウキするようなおとぎ話的ファンタジーではない。
直樹とゆう子は幼い兄妹で、三歳のゆう子は親愛の証として、相手に「あっかんべー」ならぬ「いーだ!」をする。
一方、椅子が待ちわびている持ち主は「イーダちゃん」と呼ばれていた少女である。
イーダちゃんはおじいさんと暮していたようだが、原爆にあって亡くなってしまっているようである。
以来、屋敷は住む人がいなくなって荒れるに任せているが、そのなかで少女の愛用の椅子は主人の帰宅を待ちわび探し回っている。
イーダちゃんと思われたゆう子は椅子と戯れ、それを見た直樹と椅子の交流が始まる。
椅子の背もたれは人の顔のようなデザインである。
直樹は戦争の事、原爆のことを知らない。
廃墟となった屋敷で直樹は8月6日のカレンダーを発見する。
我々日本人にとって8月6日と言えば、広島に人類初の原爆が投下された日を置いて他にない。
直樹はじいちゃんから原爆の話を聞くが、それが直樹に与えた衝撃はあまり伝わってこない。
一家は8月6日に広島での慰霊祭に参加し精霊流しを行う。
原爆で亡くなった数多の人々の墓碑を映されても何か迫ってくるものがない。
その原因は墓参の場に広岡がいることである。
広岡は美智にプロポーズしている。
美智は被爆者で、自らの発病を恐れているし、子供たちへの遺伝的影響を懸念している。
そんな美智を理解する広岡ではあるが、子供と椅子によるファンタジー作品の中にあっては異質な物語だ。
美智はジャーナリストで原爆の取材をしているが、インタビューを試みた僧侶から拒絶される。
僧侶はマッチに火をつけ自分の指をかざす。
美智にも同じ行為を迫るが、美智にはできない。
被爆者はもっと熱い思いをして死んでいったのだと告げるのだが、僕が一番感銘を受けたシーンだった。
年月は過ぎ去り、戦争はこんなだった、原爆はこんなだったと語る人が減り、次には戦争や原爆はこんなだったらしいと語る人が増え、やがて戦争自体が忘れ去れてしまうかもしれない。
これは戦争の、原爆のむなしさを受け継ぐために子供たちに見せたい映画である。
その思いは消え去るものではないが、子供たちは美智と広岡の話を消化できるのだろうか。