【講演会レポート】講演会「菩薩の条件」が開催されました
2011年5月3日
以下、政治に関連する内容の要約です。
幸福実現党ニュースより
http://www.hr-party.jp/new/2011/5641.html
宗教間の憎しみを乗り越えよ
アルカイダの指導者、ウサマ・ビンラディンが米軍の急襲を受けて殺害されたというニュースが流れました。ビンラディンは「キリスト教徒とユダヤ教徒は殺せ」と命じていたので、(この戦いは)ある意味での宗教戦争性を帯びていたと思います。宗教間の根深い不信感や対立、憎しみを何とかして乗り越えていけるようになりたいものだと思います。
仏教の不戦論的考え方が、現代においてそのまま実現できるかどうかは、微妙なところがあると思っています。日本人は、「とにかく何もしないことが平和なのだ」と考えがちですが、世界の有力国の人たちは、「神の正義が地上に実現されること」が平和の実現だと考えています。「神の反対側、悪魔の側にあるものが積極的に活動しておりながら共存していることをもって、平和とは考えない」という考えがあるようです。日本人が戦後、考えていた平和の思想とは違うものがあります。
「正義」と「平和」を結びつけて考えられるか、あるいは、結びつけないで「現在の状態を維持すること」をもって平和と称するかということは、ひとつの哲学的な問題だと思います。
ビンラディンがパキスタンに潜んでいたことが明らかになりましたので、パキスタンの関与があるのではないかとアメリカは疑うはずですから、このままで済むだろうかと考えています。ブッシュとは正反対に「チェンジ」を掲げてきたオバマ大統領であっても、何らかのことを考えるかもしれません。
「独裁はいけない」「軍隊が民衆に銃を向けるということは許しがたい」というのが、正義の根拠であろうと思います。しかし、相手が中国のような大国であれば、それだけの理由で攻撃することはできないはずです。「世界におけるこれからの正義とは何か」ということを考えることは、とても難しいことだと思います。
幸福の科学は、宗教を理由にした対立はすべきではないと考えています。世界の国々は、自国中心の歴史観の中でお互いを理解できずにいます。私は、そうした違いを理解させるべく、幸福の科学という新しい宗教を今立ち上げて、日本に広げると同時に、世界の隅々にまで広げることによって、紛争や戦争の種を根本から絶とうとしています。
クリスチャンの方々は「マホメットは悪魔の子だ」と思っているに違いないと思いますが、そうではありません。イスラム教徒は、キリスト教やユダヤ教も教えの中においては認めているのですが、現実の空爆を見ると、キリスト教のほうが地獄さながらの行為をしているのではないかと、疑っている面もあると思います。やはりこの根本的なすれ違いを埋めていくのが、幸福の科学の教えであると思います。
日本さえよければよいという意味での、一国国粋主義ではありません。世界に対して義務と責任を負えるような大国になるべきです。何らの判断もすることができず、自由の行使もできないような国であってはなりません。
「自由の大国アメリカ」が、9.11以降の10年間、テロとの戦いを続ける中で神経をすり減らし、恐怖と取り越し苦労の中で、人々がピリピリとしている姿を見て、かつてのアメリカらしさがなくなっていることを、非常に憂いていました。今回の悲劇を通り越して、世界がよい方向に向かっていくことを強く願っています。
今必要なのは、人類の未来を創りだしていける思想を持った人であり、そういう人たちを輩出することだと思います。私たちはこれまで、さまざまな苦難や困難を乗り越えてきました。一過性のことでうろたえたり、判断を間違えたりしないようにしていきたいものです。「正義とは何か」を判断するに当たっても、結果的に「その選択が、最終的に多くの人類を幸福にする方向に向かっているか」という観点から考えていきたいと考えています。
※上記は、「菩薩の条件」の要約の一部です。「菩薩の条件」は、全国の幸福の科学精舎・支部で、映像にて見ることができます。
以下は 『菩薩の条件』後半のメモ です。
HS会員 レオのブログ様より転載
http://platon-swedenborg.seesaa.net/article/199299957.html
みなさまが、菩薩としての使命を果たすことを望みますが、それは、2600年前の仏教の菩薩よりも、もっと幅広く、大きいものだと考えてください。
インド・ネパールの仏教を超えて …
私たちは、(世界で)対立しているものを、対立しているまま手を結ばせようとしているのではなく、双方に共通するシンプルな部分でもって結ばせようとしています。それ以外の枝葉のところを取り去って、もう一度、大本にあるものは何なのかを知ってほしい。
世界にある考え方の違いを説明するだけでは不十分なので、今、宇宙人の考え方なども出している。
間違った自分教で、自分を膨らませてはいけない。
自分あっての世界じゃない。他を愛するための自分。
行き過ぎたところは反省しないといけない。そのためには謙虚でありなさい。努力精進する自分でありなさい。より高い、神仏への道へと、自らを引きあげていかねばなりません。そのためには向かうべき …
信仰が必要、信仰が大事です。信仰がなければ、何も始まりません。
信仰がなければ、いくら真理を追究しようとも、心に届くことはない。 …
私は個人的な崇拝を求めているわけではない。元なるものを述べているだけです。
わたしは、宇宙の文明のあり方や、教えが何であったのかも説くことが出来るんです。それがどういう意味かを知ってください。 …
信ずることがなければ、聴くことも出来ず、学ぶことも出来ない。心に染み入ることはない。 …
未来の人たちへも指針を残さないといけないのです。最低限3000年は残らなければ、わたし自身としては合格点にはならない。現代の人がどうあろうとも、未来の人へ向けて説かねばならない。 …
この地球が一つの実験場として、大きな繁栄を …
アメリカの大統領や日本の政治家(首相?)を時々叱ったりもしていますが、それは人間・大川隆法が言っているのではなく、真理がそう言わしめている。
日本文明、惜しい、惜しい … 。これで終わりにしたくないんです。
世界に対して、義務と責任を果たせる大国になってほしい。
イスラム教徒の中にも、神のために … といって働いている人もいるとは思います。しかしその行動が本当に未来へ向かっていくものなのかどうか。
今必要なのは、人類の未来を創りだしていける思想を持った人であり、そういう人たちを輩出することだと思います。
皆さま方に戻りまして、宗教者として、様々な学習・活動に専念していると思いますが、 …
本来、菩薩とは、仏を目指して精進している人。より多くの人を助け、幸福にしていこうとする人。真理を求めて、修行している人を菩薩と呼んでいたんです。
名前だけ高名であっても、死んであの世に帰れば、
この世的にいかに地位、名誉、学歴、財産、そんなものを持っている人間だったとしても、
そうした、あなた方が自分よりも偉いと思っている人よりも、私の教えを素直に信じ、他の人にその教えを伝えようとしている人のが、ずっとずっとエライんです。先生なんです。
批判している人は、教えを聴くにも値しないような問題児の生き方をしているんです。
この世の人の、間違った考えは幻影、幻想にしか過ぎないと知ってください。あなたたちはそのことを、あの世に帰って知るでしょう。
怯まないでください。必要なのは勇気です。信ずる心に基づいて、勇気を持って行動してください。
いくら物質的繁栄をしても、それだけでは不十分です。
彼らの無明を打ち破り、人々の多くを三帰信者に導いてください。
それが菩薩になるための道です。
(レオ注*)
聴き間違えているところがあったり、ニュアンスを間違えて変換しているところなどあったら、ご勘弁を。後半の、畳み掛けるような圧倒的な言霊を、出来るかぎりそのまま復元したくて、言葉調にしたかったのですが、やはりメモが追いつかず、言葉の欠落がかなり多いと思います。
まだ5月研修真っ最中なので、支部・精舎へ行けば、録画された法話映像が拝聴させてもらえると思います。ぜひ実際の拝聴をおすすめ致します。
2011年5月3日
以下、政治に関連する内容の要約です。
幸福実現党ニュースより
http://www.hr-party.jp/new/2011/5641.html
宗教間の憎しみを乗り越えよ
アルカイダの指導者、ウサマ・ビンラディンが米軍の急襲を受けて殺害されたというニュースが流れました。ビンラディンは「キリスト教徒とユダヤ教徒は殺せ」と命じていたので、(この戦いは)ある意味での宗教戦争性を帯びていたと思います。宗教間の根深い不信感や対立、憎しみを何とかして乗り越えていけるようになりたいものだと思います。
仏教の不戦論的考え方が、現代においてそのまま実現できるかどうかは、微妙なところがあると思っています。日本人は、「とにかく何もしないことが平和なのだ」と考えがちですが、世界の有力国の人たちは、「神の正義が地上に実現されること」が平和の実現だと考えています。「神の反対側、悪魔の側にあるものが積極的に活動しておりながら共存していることをもって、平和とは考えない」という考えがあるようです。日本人が戦後、考えていた平和の思想とは違うものがあります。
「正義」と「平和」を結びつけて考えられるか、あるいは、結びつけないで「現在の状態を維持すること」をもって平和と称するかということは、ひとつの哲学的な問題だと思います。
ビンラディンがパキスタンに潜んでいたことが明らかになりましたので、パキスタンの関与があるのではないかとアメリカは疑うはずですから、このままで済むだろうかと考えています。ブッシュとは正反対に「チェンジ」を掲げてきたオバマ大統領であっても、何らかのことを考えるかもしれません。
「独裁はいけない」「軍隊が民衆に銃を向けるということは許しがたい」というのが、正義の根拠であろうと思います。しかし、相手が中国のような大国であれば、それだけの理由で攻撃することはできないはずです。「世界におけるこれからの正義とは何か」ということを考えることは、とても難しいことだと思います。
幸福の科学は、宗教を理由にした対立はすべきではないと考えています。世界の国々は、自国中心の歴史観の中でお互いを理解できずにいます。私は、そうした違いを理解させるべく、幸福の科学という新しい宗教を今立ち上げて、日本に広げると同時に、世界の隅々にまで広げることによって、紛争や戦争の種を根本から絶とうとしています。
クリスチャンの方々は「マホメットは悪魔の子だ」と思っているに違いないと思いますが、そうではありません。イスラム教徒は、キリスト教やユダヤ教も教えの中においては認めているのですが、現実の空爆を見ると、キリスト教のほうが地獄さながらの行為をしているのではないかと、疑っている面もあると思います。やはりこの根本的なすれ違いを埋めていくのが、幸福の科学の教えであると思います。
日本さえよければよいという意味での、一国国粋主義ではありません。世界に対して義務と責任を負えるような大国になるべきです。何らの判断もすることができず、自由の行使もできないような国であってはなりません。
「自由の大国アメリカ」が、9.11以降の10年間、テロとの戦いを続ける中で神経をすり減らし、恐怖と取り越し苦労の中で、人々がピリピリとしている姿を見て、かつてのアメリカらしさがなくなっていることを、非常に憂いていました。今回の悲劇を通り越して、世界がよい方向に向かっていくことを強く願っています。
今必要なのは、人類の未来を創りだしていける思想を持った人であり、そういう人たちを輩出することだと思います。私たちはこれまで、さまざまな苦難や困難を乗り越えてきました。一過性のことでうろたえたり、判断を間違えたりしないようにしていきたいものです。「正義とは何か」を判断するに当たっても、結果的に「その選択が、最終的に多くの人類を幸福にする方向に向かっているか」という観点から考えていきたいと考えています。
※上記は、「菩薩の条件」の要約の一部です。「菩薩の条件」は、全国の幸福の科学精舎・支部で、映像にて見ることができます。
以下は 『菩薩の条件』後半のメモ です。
HS会員 レオのブログ様より転載
http://platon-swedenborg.seesaa.net/article/199299957.html
みなさまが、菩薩としての使命を果たすことを望みますが、それは、2600年前の仏教の菩薩よりも、もっと幅広く、大きいものだと考えてください。
インド・ネパールの仏教を超えて …
私たちは、(世界で)対立しているものを、対立しているまま手を結ばせようとしているのではなく、双方に共通するシンプルな部分でもって結ばせようとしています。それ以外の枝葉のところを取り去って、もう一度、大本にあるものは何なのかを知ってほしい。
世界にある考え方の違いを説明するだけでは不十分なので、今、宇宙人の考え方なども出している。
間違った自分教で、自分を膨らませてはいけない。
自分あっての世界じゃない。他を愛するための自分。
行き過ぎたところは反省しないといけない。そのためには謙虚でありなさい。努力精進する自分でありなさい。より高い、神仏への道へと、自らを引きあげていかねばなりません。そのためには向かうべき …
信仰が必要、信仰が大事です。信仰がなければ、何も始まりません。
信仰がなければ、いくら真理を追究しようとも、心に届くことはない。 …
私は個人的な崇拝を求めているわけではない。元なるものを述べているだけです。
わたしは、宇宙の文明のあり方や、教えが何であったのかも説くことが出来るんです。それがどういう意味かを知ってください。 …
信ずることがなければ、聴くことも出来ず、学ぶことも出来ない。心に染み入ることはない。 …
未来の人たちへも指針を残さないといけないのです。最低限3000年は残らなければ、わたし自身としては合格点にはならない。現代の人がどうあろうとも、未来の人へ向けて説かねばならない。 …
この地球が一つの実験場として、大きな繁栄を …
アメリカの大統領や日本の政治家(首相?)を時々叱ったりもしていますが、それは人間・大川隆法が言っているのではなく、真理がそう言わしめている。
日本文明、惜しい、惜しい … 。これで終わりにしたくないんです。
世界に対して、義務と責任を果たせる大国になってほしい。
イスラム教徒の中にも、神のために … といって働いている人もいるとは思います。しかしその行動が本当に未来へ向かっていくものなのかどうか。
今必要なのは、人類の未来を創りだしていける思想を持った人であり、そういう人たちを輩出することだと思います。
皆さま方に戻りまして、宗教者として、様々な学習・活動に専念していると思いますが、 …
本来、菩薩とは、仏を目指して精進している人。より多くの人を助け、幸福にしていこうとする人。真理を求めて、修行している人を菩薩と呼んでいたんです。
名前だけ高名であっても、死んであの世に帰れば、
この世的にいかに地位、名誉、学歴、財産、そんなものを持っている人間だったとしても、
そうした、あなた方が自分よりも偉いと思っている人よりも、私の教えを素直に信じ、他の人にその教えを伝えようとしている人のが、ずっとずっとエライんです。先生なんです。
批判している人は、教えを聴くにも値しないような問題児の生き方をしているんです。
この世の人の、間違った考えは幻影、幻想にしか過ぎないと知ってください。あなたたちはそのことを、あの世に帰って知るでしょう。
怯まないでください。必要なのは勇気です。信ずる心に基づいて、勇気を持って行動してください。
いくら物質的繁栄をしても、それだけでは不十分です。
彼らの無明を打ち破り、人々の多くを三帰信者に導いてください。
それが菩薩になるための道です。
(レオ注*)
聴き間違えているところがあったり、ニュアンスを間違えて変換しているところなどあったら、ご勘弁を。後半の、畳み掛けるような圧倒的な言霊を、出来るかぎりそのまま復元したくて、言葉調にしたかったのですが、やはりメモが追いつかず、言葉の欠落がかなり多いと思います。
まだ5月研修真っ最中なので、支部・精舎へ行けば、録画された法話映像が拝聴させてもらえると思います。ぜひ実際の拝聴をおすすめ致します。